暮色O
2色のガーベラを両手で抱えて帰路につく。空が花びらと同じ色に染まってきていて、わたしの頬もあなたから見ればそうだったかもしれない。風が冷たいのに顔が火照っているのを感じた。手に力を入れすぎないようにして、しずかに、素直に、微動だにしない3本の花の束を握る。ときどき覗き込んでみる。薄くて白い、これといった飾り気のない包装紙が太陽の光を透かして、花びらの色を一層濃くしている。自分の顔の、目尻が下がり、口角が上がっているのを感じる。空気を鼻から吸って香りに近づこうとしても、鼻腔がキンと冷やされて身体ごと縮こまるばかりだった。
ひとのすきな花を知れることが、いつもうれしかった。わたしにいちばんすきな花がなかったころ、だれかのすきな花をわたしのすきな花として愛でることがあった。当時のわたしは知らない。自分のすきな花が相手のすきな花だと知ったときの、虹の足を見つけたようなよころびを。
傾いた日差しを背負ったあなたの輪郭が光っている。とても静かな夕方だった。外からの音は遮断され、建物の中は雪が覆いかぶさった日のようにしんとしている。空気が、ふたりの人間の肺に入っていく音も、出てくる音も聞こえない。声として発された音の振動だけが、互いの耳まで運ばれた。静寂が思考を広げ、会話が時間を縮めた。
山が太陽を隠して、わたしたちの輪郭はぼんやりと暮れ色に溶けていく。その暗さに目が癒やされていくのがわかる。
目を閉じて話してもいいーー
口を出かけたことばは17時のチャイムに遮られて、けれどそれでもよかった。結晶しなかったことばはあなたには届かず、わたしの中にももう残らない。代わりに顔や手指の筋肉を乗っ取り、なんらかの形でその気配を含ませる。
藍色の影に放たれた声は旋律のない歌のようだった。子音がはじけてリズムを転がし、母音の残像がハーモニーを束ねた。語られた内容は意味に変換されるよりも前に、不完全な音楽として鼓膜を揺らす。
定まらない輪郭は交わらないまま、部屋の明かりが点いた。