240212_「建築家 安藤忠雄」を読んで。
2008年に出版されたこの本は、安藤忠雄が何を考え、建築の道に入り、それぞれの時代の中で建築空間と向き合ってきたか、を説き明かしています。
40年の建築家人生を、生み出した多くの作品を、一冊の本に集約することは出来ないけれど、あらゆる空間や出来事、クライアントや案件を取り巻く人と、この方がどのように向き合ってきたか?ということは大まかに捉えられます。
決して建築についての本ではなく、ある建築家の自伝なのです。
本を読み終えて、1番に感じたことは、この本の構成力の高さでした。
安藤先生の講演に行くとわかるのが、まぁ話が上手い、ということ。
何か一つのテーマについて論理的に語る学者のような語り口ではなく、話しながらどんどん話題が移り変わっていく、時々脱線したりもする、要所要所に自虐ネタを入れて笑いも取る、けれど最終的にはどう生きるか?という本質的なテーマに辿り着き、未来に希望を据えて終わる。
この本もまさにそのスタイルで、頭のいい人というのはそうなのかもしれないけれど、決して時系列やルールや段取りに縛られて説明するのではなく、どう感じたか?を優先して、話の流れ…記憶の引出しをフリーにしてあちらこちらに話題が飛びながら、章ごとのコンセプトに沿ってまとめることで、その中で具体的に関連する建物を提示することで、まとまりのある語らいとなっています。
でも、人間の思考や脳みその動きって、確かにそういうものでしょう?
誰かと話す時、会話の流れに沿って言葉を紡ぎながらも、頭の中では関連して様々な方向の話題が浮かんでは消えていく。
ただ、人前で話す時というのは、一般的にはゴールを見定めて逆算します。
そうではなく、マインドマップの流れと勢いに沿って脱線しても、最終的にきちんとゴールに辿り着けるというのは、思考のスピードが速いというだけでなく、人生のどの場面においても自分に嘘をつかずに生きてきて、見栄を張らずに自分を語れる人だから、なのではないでしょうか。
安藤忠雄の記憶の旅は、現在の活動拠点から始まります。
「アーティストと建築家の違いは、活動のための組織を持たねばならない点であり、初めは1人でもやっていけるが、ある程度の段階で社会的な組織を持った個人となることで信用を得られる。
しかし、組織は放っておくと肥大化し、存在を持て余し、自分自身が振り回されかねない、飲み込まれたら終わり。
それを防ぐために、全過程を担当者と1対1で進め、一人ひとりが責任を果たす覚悟をもてるように、担当者に厳しく自覚を問う。」
これは一般企業でも採用し得る手法だけれど、全ての責任を負い全ての案件にアンテナを張る強大なリーダーは、見方を変えれば独裁者になる。
独裁が必ずしも悪いことだとは思わないけれど、ハラスメントが声高に叫ばれる現代で、あらゆるリスクを背負って矢面に立とうという情熱を持つ人はなかなか現れないだろうし、物理的、時間的にものすごいエネルギーを必要とすることで、誰にでも出来ることではありません。
安藤さんがなぜここまで、エネルギッシュに生きられるのか。
その答えの一つが生い立ちにあり、話は子供時代に移ります。
戦後、決して裕福ではない祖母の家で放任されながらヤンチャに自由に育ち、若くしてボクシングに挫折しながらも、誰に促されることもなく自分の頭で人生を考え、モノづくりに面白さを見出していった安藤忠雄は、20代前半に国内から海外へ次々に旅に出たことで、価値観が大きく広がっていきます。
1960年代の当てのない海外旅行は、現代のバックパッカーとは全くレベルが異なり、前人未到の大冒険に出るような勇気が必要であっただろうと思います。
「抽象的な言葉として知っていることと、実体験として知っていることでは、同じ知識でも深さが全く異なる。」
これは、情報量としては至極当たり前のことなのだけど、実感として常に意識している人は、そう多くはないと思う。
人間はあらゆる場面で″言葉″に頼りすぎているから。
学校の授業というシステムがまさにそうだし、こうして自伝を読んだことで何かを″わかった気になっている″今の自分もそうだけど、そもそも人間とは想像上の物語を共有することで群れをなし進化してきた生き物だから、致し方ないのかもしれません。
しかし、″知識と体験は別物である″と意識することは、とても重要なことだと思う。
そして、これが理解できるのは、言葉としての知識を最大限積んだ上で経験を重ねた人だけ、ということです。
ヤンチャなイメージの強い安藤さんですが、何の知識もなく旅に出たわけではなく、大学に行けなかった分手当たり次第に建築の教科書やら図面やら本を寝る間も惜しんで片っ端から読み込んで、自分なりに知識を積み重ねて、それから得た経験だからこそ、より深く″知る″ことができたのだ、ということは忘れてはいけません。
この旅での体験は、安藤忠雄の根幹に大きな影響を与え、「生きるとはどういうことか」という現在まで続く問いを植え付けたきっかけになります。
持ち前の交渉力と粘り強さと強烈なエネルギーで様々な縁を手繰り寄せ、30代のほとんどを個性的な住宅建築家として捧げていった安藤忠雄は、時にはクライアントと喧嘩することがありながらも、信念を貫き、ストイックに設計に向い続け、最終的には周囲の賛同を得て、より大きな仕事、都市に影響を与える建物の設計依頼へつながっていきました。
私が初めて訪れた安藤忠雄の建築は、表参道ヒルズです。
高校時代に、竣工したばかりの表参道ヒルズを訪れた時、外観と内部空間とのギャップに驚き、建物の中に作られた街の中で、散歩するようにウィンドウショッピングをする時間の過ごし方を新鮮に感じました。
再開発=床を増やすこと、と当たり前のように中小ビルを高層ビルに建て替える計画の進む現代に、都心のど真ん中でこのプロジェクトを遂行することが、いかに難しく意味のあることであったのか、今ならわかります…。
安藤さんは商業建築について、「本来商業の場とは、物品の売買を通じて人々が出会い、集まる、地域のコミュニティを支える場所であり、生活への密着度合いを考えれば、公共施設より公の性格の期待される場所」と言っています。
これは私が、学生時代から商業施設に強い執着を持ってきた理由そのものです。
日本では、子どもや若者、家族連れのファミリーが気軽に公共施設や美術館に行く機会はほとんどありません。
それは、日本ではまだ″アートは高尚なもの″という感覚が強く、街中にはギャラリー空間が少なく、人気なところばかりが混み合い、静かで上品な鑑賞スタイルを求められる、ということもありますが、それだけではなく、一番の理由としては入るだけで″お金がかかる″ということです。
商業施設は誰にでも開かれている。
だからこそ、都市に対してどう関わるかが重要であり、その存在は公共施設や文化施設よりも多くの人に影響を与えることになります。
安藤さんのこうした既成概念にとらわれない考えは、どんな建築に向き合うときでも、「何のためにつくられるのかと原点、原理に立ち返り、物事の背景にある本質を見極める」という姿勢から導き出されるのです。
国内だけでなく、海外の仕事も増えていく中で、文化から来る制度、スピード感といった新しい壁にぶつかりながら、安藤さんは建築について再認識していきます。
「どれだけ技術が進もうとも、建築とは、その場所に行ってつくらなければ出来ない、土着の仕事である。」
これは建築が、アートやプロダクトと圧倒的に異なり、人の根っこに結びつく文化の象徴、アイデンティティーやナショナリズムの一部である理由だと思います。
逆に言えば、建築が作り変えられることは、文化を塗り潰されることにもなり得るということ。
海外の仕事を通して、安藤忠雄の論点は環境問題から未来へつながり、こう述べています。
「これからも″世界″が存在していこうとするのなら、同質の文化圏を拡大するだけのグローバル化ではなく、多様な文化や価値観を認め合い、共に生きていける世界を目指すことが求められる。
建築が人間生活の文化に関わるものならば、建築を通じて、何らかの意思を表明していくべきだろう。」
国内でも今まさに再開発の波が到来していますが、17年前に安藤さんが語っていたことは、いまだに日本の建築業界にすら浸透していません。
現代が日本の、経済と環境の転換機であるなら、建築はそこに意思表示すべきだと思います。
ただ、大きな声を上げるには、結局のところ力とお金が必要になる、というのが悲しいところでしょうか…。
最後に、安藤さんの普遍的な問いとして、どう生きるか?についてが書かれています。
「人生に″光″を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という″影″をしっかり見据えること。
人間にとっての本当の幸せは、光の下にいることではなく、光を見据え、懸命に走る、無我夢中の時間の中にこそ、人生の充実があると思う。」
戦後の経済成長期、激動の時代に日本の現代建築の礎を築いた人から、今の日本社会はどう見えるのか?
社会人になって十数年、ようやく若手気分が抜けた程度の自分には、まだ社会の全体像というものは見えていません。
20世紀末から、たった10年の間に住宅の基本形が変わり、パソコンが普及した。
今や発展途上国でさえ一人一台スマートフォンを持ち、世界はどんどんつながり、国際的に環境問題が重視される。
社会がどれだけ急速な変化を遂げているのか、後になってみればわかることだけど、渦中にいる間にはなかなか実感が湧かないと思う。
この10年、一人の女性の死をきっかけに日本では大きく働き方改革が進んだけれど、技術的には停滞しているように見える。
これから10年、20年、建築を取り巻く環境は、AIの進化でどのような変化を遂げるのか?
答えは無数にあり、今はまだ想像に及ばないけれど、安藤さんは本の中で、こうした手法論についてはほぼ触れていません。
それは結局のところ、私たちのやるべきことは変わらないから、なのかもしれない。
知識を積み、実体験を重ね、本質を見極め、苦しい現実を見据え、光に向かって無我夢中に走ること。
それを日々、何度も何度も繰り返すことが、彼のようなエネルギー溢れる人物を作り出し、世界に希望を与えていくのだと思います。
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