華生ばかり #0027(無料)
さて、家のPCでようやく原作のてんとう虫ファイルを分割しまくってきました。ポメラって、五万文字以上は開けないのね。これは改善求むなぁ……。初めて知ったよ。とりあえず「1」を三分割しました。原作てんとう虫は1から3まであるんですが、一本あたり小説一冊分という感じで書いていたので、大体200~250ページぐらいかな。(とある出版社さんのテンプレ的には、ということなんですが。出版社さんによって行数と縦の文字数にわりと差違があると思うので)。
これを書いていたのは和風曲芸を立ち上げるよりも結構前のことで、それこそ双子の姉が小説を出した頃、下手したらそれの前かもしれないので、文体にかなりクセがあります。一番わかりやすいのは「句読点の多さ」ですかね。あと、一行が「で。」とか「……あ。」とか速攻で終わる感じ。これは何故かって話になると幼少時のことから説明することになるので端折りますが、ある作家さんの影響を受けてるんですよね。
とにもかくにも、この文体のクセが良くないと「アスタリスク」の時の担当編集さんに指摘されたことで、本チャンで出た「なにいろアスタリスク!」は殆ど全部それを治した状態になってます。アスタリスクの2もそれに倣って書いてます。
つまり何が言いたいかと言うと、この原作てんとう虫は、自分的メモリアルっぽい意味も含めて、その「クセを治す前」、ほぼそのままで掲載するので(あまりにも、なところは推考しつつ治しますが)今と結構雰囲気が違いますよ、という「ご注意」なわけで。
それではとりあえず、原作てんとう虫の第一話をどうぞ。
――千歳烏山――
『もうすぐ、駅につきます。 ななは』
募集記事を見つけたのは、インターネットだった。
――ルームメイト、募集。
この春。
一浪を乗り越えて、よーやく大学に合格できた私が、上京するにあたって。
いちばん悩んだのが、住む場所だった。
そんなにお金ないし……バイトしながら大学通う、っても……。そこまでバイトに入れる時間があるか、わかんないし。サークルとかも入ってみたいしなー。
……で、格安の物件! ってやつを、探してたら。
ネットの掲示板の、書き込み。ハンドルネーム「さくら」さん。二十四歳。
「実家の部屋が、余ってます。ルームメイト、三人募集! 男女不問。両親は海外在住で、現在ひとり暮らし。家事をやってくれる人なら、家賃は通常の半分以下でオッケー! もちろん、敷金・礼金、いりません!」
そりゃ、誰でも飛びつくよぉ。
――さくらさんに聞いたら。
実際、すっごい数の応募があったんだって。
しかも、さくらさん。
写真なんかも、掲載してて……もうもう、すごいキレイなんだってば!
ちょっとしたモデルさんみたいな、清楚な風貌で。
黒髪ロングヘアで。雑誌でポーズ決めてても、全然おかしくない! って、雰囲気で。やさしそうな、美人のお姉さん。
ただ単に安い物件探してる子、以外でも。
男女不問! なんて、書いてあるわけだから……、そりゃあ、ねえ。あんな写真載せたら……。
――想像、つくじゃない?
ちなみに、場所は世田谷区の『千歳烏山』って駅の、近くで。
田舎モノの私には、ピンと来なかったんだけど……どーやら、すっごくいいトコで、治安も、いいらしいんだ。
世田谷区だもん。
なんか、落ち付いてて静かで、いいとこ、っていうイメージ。
早速、さくらさんにメールして。メールで話せば話すほど、いい人で!
家事やります、料理得意です、掃除も好きですっ! って、アピールして。顔が見てみたいって言われたら、即、写メって。声が聞いてみたいって言われたら、そっこー電話して。
で……数々の努力を、汲んでもらえたのか……
さくらさんに、オッケー、もらっちゃったんだぁぁっ。
すっごい、ラッキー!
――で……
とりあえず、お母さんに報告して。
頭の固い人では、あるんだけど。
「まあ……女性だし。ルームメイトっていうんなら……ボーっとしてるアンタでも、ひとり暮らしよりは心配ないかしらね……」
わりとあっさり承諾、してもらっちゃったのね。
ホントのこと言うと……
全然、知らない土地に出てきてー……っても、実家は神奈川なんだけど、かなり田舎のほうだから、東京なんてめったに行かなかったし。
ましてや。千歳烏山。
知識、土地勘。全然ないわけだし。しかも、実際会ったこともない人と、ルームメイトして暮らす、って……。かなり、勇気のいる行動だなぁ、なんて。
自分でも、感じてた。
でも、なにしろ! 念願の合格だし! 安く住まわせてくれて、それでいて女性で、すっごく人柄も良くて。しょーじき、危機感ゼロ! 私って運いいなぁっっ! てことで、頭いっぱいの状態。
……もしも、なんか問題があったら……覚悟決めて、一旦、実家帰って。お母さんに、ひとり暮らしのための最初の資金だけ、借りちゃおうって。勝手に頭の中で、シミュレーションしちゃってた。
――ブーン、ブーン……
あ。
さくらさんからの、返信。
『じゃあ、駅まで迎えに行くね』
あ、そうそうっ! 忘れてた……。
実は、さくらさんの好きな食べ物とか、事前にメールでリサーチしてて。初日は、そのメニューを振舞っちゃおうって、決めてたんだ。
さくらさんの好物は確か、ハンバーグとオムライス。
――今日はおっきいカバン、持ってるからなぁ。
オムライスは……卵、使うし……
移動中に万が一、割れちゃったりしたら、めんどいし……
ハンバーグにしよっかな、て、考えてた。
で。駅前に、スーパーぐらいあるだろうって計算で。
先に買い物だけ、済ませちゃって。それから、さくらさんに来てもらえばいいやって、思ってて。
私は急いで、さくらさんにメールを返す。
『ごめんなさい。ちょっと寄りたいところがあるので。二十分後に駅でいいですか?』
サプライズだもん。いきなりバレないほうが、いいもんね。
――ブーン、ブーン……
『りょーかぁい。ちなみに。ななはちゃん以外のルームメイトも、もう住んでるから。あとで、紹介するねー』
あ……そっかぁ。
そーいえば三人募集って、書いてあったっけ。私と、あと二人、いるんだ。
じゃ、材料も、えーと……さくらさんの分も足して……
四人分、用意しとけばいいよね。余ったら、冷凍すればいいし。
多めに買っていこっと!
「――千歳烏山ー、千歳烏山です……――」
電車のアナウンスに、気付いて。
私は急いで重い荷物を、肩にかけて。
生まれてはじめてのホームに、降りた。
「……遅いなぁ……?」
腕時計、確認。
約束の時間から、もう十分は過ぎてるハズなんだけど……
なんか、あったのかなぁ……さくらさん。
「もしかして……竹内、菜々葉、ちゃん?」
「あ、はいっ?」
振り返ると……
うわあ、背の高い人っっ!
顔を上げなきゃ、その人の正体が確認できないぐらいの、身長差。
「あ……!」
顔を見て、私ったら、ようやく気付いた。
「さ、さくらさんですか!?」
だって……予想より全然、背が高いから……気付かなかった。
「うん。初めまして。僕が、さくら」
「は、はじめ……え?」
言い掛けて。
「ん? なに?」
――ぼ、僕…………?
そうだ、そういえば! 電話でも確か、「僕」って。
緊張してたし、舞い上がってたし。気にも、かけなかったわ……
「え、なにか、変かな」
にこっと笑って、首を傾げて。やわらかなアルト声で私を窺う、さくらさん。
前に電話で話した時より、ちょっとだけ低いような気がする。声。
インポートの古着っぽいボタンシャツに、ジーンズってスタイル。
「え、いえいえっ。初めまして、竹内菜々葉です」
自分のこと、僕って、言うのが……
――東京では、流行ってるんだろーか。
なにしろ、田舎モンだからなぁ。
なんか、そんなこと聞いたら……
「私って、田舎モンです!」
って、主張しちゃうような気がして……あえて、なんにも言わないで。
「すみません、わざわざ駅まで迎えに来てもらっちゃって」
軽く会釈しつつ、お礼を、言う。
「いやいや。アパート、駅から近いからさ。全然ヘーキ。……それ、なに? ずいぶん買い込んだみたいだけど」
――アパート……?
なんとなくギモンを、感じつつ。
「あ、実は……今日の夜、ご迷惑じゃなかったら、ハンバーグでも作ろうかなって思ってて」
「えーっ、まじで!?」
さくらさんが、すっごく嬉しそうな笑顔に、なってくれる。
「うれしいなあ。早速、お料理してくれちゃうなんて」
「いえ、そんな……これからお世話になるんですから。せめて、これぐらいはっ」
「はは、あんま気にしないでよ。僕たちこそ、これから家事してもらうわけだし。気がひけちゃうってば」
「そんな……ありがとうございます」
気さくで、優しい人。今までの印象と、全然変わんない。
――ただ、ちょっと違うのは……
ふんわりした清楚なお姉さん、って印象が……
どっちかっていうと、ボーイッシュで、あっけらかんとした感じ、だなぁ……。
「じゃ、行こうか。菜々葉ちゃんのダンボール、もうウチに届いてるよ」
歩き出す、さくらさん。
「あ、荷物! 受け取って頂いて、すみません! 結構な量だったと思うんですけど……」
「いーのいーの。こっちだって世話になるんだからさ。お互い様だよ」
ジーパンに、手を入れて歩く姿が……さながら、パリコレのモデルさんみたい。女性としてはすごく身長高いし、姿勢も良くて。頭小さくて手足長くて……もしかして本当にモデルさんかも……。
「あのぉ…………、」
「ん?」
私が後ろから声を掛けると、さくらさんが長い黒髪を揺らして振り向く。
「さくらさん、っていうハンドルネームは……本名、なんですか?」
「ああ、本名だよ。ホントは漢字だけどね」
――あ。桜、かぁ……
「そういう菜々葉ちゃんは、本名?」
「ハイ、本名です」
「へえ……かわいいねー。菜々葉ちゃんって、本名なんだぁ。かわいいじゃーん」
「……え」
可愛い、なんて。さらっと言われて。思わず、さくらさん相手に赤くなってしまう。
「あははっ、赤くなってる。かっわいいなぁ。かわいい。かっわいいーーっ」
「もおお、からかわないでくださいよぉっ!」
さくらさんが可笑しそうに、声を出して笑う。
「だって、反応が面白いんだもーんっ」
「子供扱い、しないでくださいよぉ」
「どーかなー。僕、可愛い子、いじめたくなっちゃうからなー」
会話をしながら、しばらく商店街を歩く。
「もうっ。ハンバーグ、さくらさんのだけ玉ネギだらけにしちゃいますよっ。ネギバーグ!」
「あ。それ酷いってぇ」
「ふふ、流石に冗談ですってば」
「ったく、脅かさないでよ。さっきの話聞いて、今日の晩飯、すっごい楽しみにしてるんだからさ」
さくらさんが、言いながら立ち止まる。
「ついたよ。ここ」
「え、もうですかっっ?」
びっくりして、その二階建ての建物を、見上げて。
小さなプレートに、書いてある。
――メゾン・ド・レディバグ
「……ア……、アパ」
私は、買い物袋を持ったまま。ぽかん。
「……実家が、……アパート?」
びっくりして。
「実家っていうか……まあ、……別荘?」
道端で、大声を出した。
「別荘っ!?」
「……あれ? 言ってなかったっけ?」
顎に、人差し指を当てて。不思議そうに首を傾ける、さくらさん。
「でも、ルームメイトってのも、嘘じゃないし。まあ、僕のアパートだから。実家と同じようなニュアンスでしょ」
「ど……どういう、ことですか? あ、あの、これ、この建物。かなりの、新築……?」
さくらさんは、私の左手を、引っ張って。
「部屋の中見りゃー、分かるって」
アパートの一階の玄関の鍵を、開けた。……リモコンで。
「うわああ…………」
部屋の中を見て、私は感嘆の溜息。
――すっごい、広い。
リビングだけで、三十畳はあるんじゃない!? って感じ。
んで、その先の廊下に、いくつかのドアがあって。
「ここね、もともと僕の親が管理してたアパートなんだ。今は実質、僕が管理人。えーと、新築っても、一年半ぐらいは経ってるかな。二階の五部屋は、普通に賃貸してて。一階は、僕の自由にしていいって言われたからさぁ、思いっ切り壁ブチ抜いて、改造しちゃったんだよね」
「は……、へぇぇ……」
「んで。そっちの廊下に並んでるのが、それぞれの部屋のドアね。ここは、みんなのリビング。キッチンは、そこ」
――これも、また、タイル張りの豪華なシステムキッチン……
「でね、申し訳ないんだけど。スペースの都合で、お風呂とトイレは一個ずつしかないんだ。あ、でも! お風呂は一応、自動でお湯張れるし。追い炊き、ジェットバス機能もアリ! ミニサウナも付いてて、ちょっとしたハウスエステも可能だよー」
すごいことを、さらさらと説明する、さくらさん。
「で。みんなの部屋は八畳ずつね」
――思わず、……聞いてみちゃう。
「あの……さくらさんって、もしかして。ものすごいお金持ち……?」
「いや、別にそこまでは。一応、仕事はしてるけどさ。自由業みたいなもんかな。普段は主に、上に住んでる人たちの家賃で生活してる感じ」
「……ちなみに……上の部屋って、家賃、いくらなんですか?」
「十二万だけど?」
「じゅっ……!?」
思わず絶句した私を見て。
さくらさんは、あっけらかんと笑った。
「一応、駅から五分で、間取りもいいし。千歳烏山って、結構人気あるし。ワンルームだけど、かなり広いし。南向きで、新築で。……ここらだと安いんじゃない?」
「で……あの、あの私は……、一体、いくら払えば……!?」
話、聞いてて。
なんか、どんどん怖くなってきた。
「んな顔しないでよー。言ったじゃん、家事やってくれる菜々葉ちゃんなら、格安でいいって。……そうだなぁ、じゃあ……とりあえず、最初は試用期間ってコトで」
「……コト、で……?」
「んー。……三万ぐらいでいい?」
……さ……、さん……
「ええええっっ?」
荷物を落としそうになるほど、私はびっくりしちゃって。
「そんな、こんなすごい部屋に住まわせてもらって! 家事ぐらいちょこちょこやって、それで三万円なんて、バチ当たりますってば――っ! それ以前に、上に住んでいらっしゃる皆さんに起こられます!」
「あはははっ、いいんだってー。上の人たちには言わなきゃ分かんないしさ。それにホントは、家賃なんていらないもん、僕」
「いや、え、……だって、そんな……」
「二階に住んでる五人の家賃だけで、月に六十万だよ? ま、粗利だけど」
「う、う、う……、いや、でも、でも……」
「僕ねぇ、ホント、お金には困ってないし。ここのルームメイトのみんなには、最低限、光熱費ぐらいの協力してもらえれば、充分なわけよ。つっても、ココって広いからさ。各部屋の電気代はもちろんだけど、煙草吸わない人のために、空気清浄機二十四時間フル稼働で、お風呂は循環風呂だから二十四時間動いてるから、そのへんだけ援助してもらえれば……あと、全員分の水道代、ガス代、食費……あ、それ! 冷蔵庫に入れなくて平気?」
「あ! わすれてたっ」
そうだ。買ってきた、夕飯の材料。驚きまくってて、すっかり忘れてた……
私は、キッチンまで早足で歩いてって。
「すみません、冷蔵庫開けますね」
さくらさんに、ことわってから。
――ばかっ。
めちゃめちゃ大きな冷蔵庫を、開けて。
「――――――――……、あ、の」
絶句した。
「ん? ……なにか入ってた?」
「……ぎ、逆…………」
「ああ、でしょ」
「ここ、人、住んでるんですよね!? 少なくとも、さくらさんは」
「うん」
「じゃあ……」
「だからね。いないのよ。メシ作るような人間は」
「……さ、さくらさんは?」
「僕はそういうの、専門外だから。あ、お裁縫は得意よー」
買ってきたものを冷蔵庫に入れつつ、さくらさんを見上げる。
「そ……そうなんですか……。あの、ところで、他のみなさんは?」
さくらさんは壁に寄りかかって、気付いたように、ひとつ瞬きして。
「と、そっか。紹介してなかったね。僕と菜々葉ちゃんの他に、あと二人。すでに住んでるんだ。そのうちの一人は、部屋にいると思うよ。……あ、終わった?」
「あ、ハイ、終わりました」
冷蔵庫のドアを、バンッ! と閉めて。
「じゃ、その子、紹介するね」
さくらさんに手招きされて、廊下のほうへ歩いていく。
本当に、広い広い……
ウチの実家の一階、全部合わせたぐらいの広さ……じゃ、ないのかなぁ……このリビング。
「ここね」
廊下の、いちばん手前にあるドア。
ドアの上に、筆ペンで『仙道』って書いてある。
「なつみーっ。いるー? 今日から、飢えなくて済むよぉー」
さくらさんが、呼びかけると。
がたんっ!
音がして……
間髪いれずに、だだだだっ! って、動物が走ってくるような音。
「ホントッ!?」
――がちゃっ!
さくらさんに呼ばれた「なつみ」ちゃんが、目をキラキラさせて私を見てる。
「やったぁ! おねーちゃん、噂の、ナナハちゃん?」
「え? ……う、噂……?」
「レディバグじゃー、家事全般お任せできる人材を、ず―――っと待ってたんだよぉぉ。この人は、そういうの専門外だしさぁ。もうひとりの男は、家事なんか全然だし。なっちゃんはー、ホラ、若いからー。家事は、やるってより、してもらうって感じじゃーん?」
一気にまくし立てた、その子。
自分で「若いから」と言うだけあって……かなり、若い。
背も、私より大分低くて。さらっとした、肩の上ぐらいの長さの、茶色い髪で……
多分、中学生ぐらいだと思う。
顔がちっちゃくてアヒル口で、めちゃめちゃな、美少女。
「ねえ、あの……なつみちゃ……あ、えっと」
いきなり名前で失礼かな、って、頭を掠めて。
上のネームプレートを見る。
「えと、仙道、さん?」
「あ。なっちゃんで、いいって。なに?」
ニコニコの目を、私に向けてくる。
「な、……なっちゃん。……いくつ?」
「十五歳!」
「え……じゃあ、今年から高校生?」
「えへへー、なんてゆーか? すでに社会人!」
「えええっ!? ホント!?」
びっくりする私の横から、さくらさんの手が、にゅっと伸びてきて。なっちゃんの耳を、ぎゅっと引っ張る。
「コラコラ。初対面のおねーさんに、嘘はいけないなあ。誰が社会人だってぇ? さしづめニートだろー、オマエはっ」
「あいたたたっ! やめろー! ニートじゃないじゃん! 仕事してんじゃん!」
痛がりながら、も。
部屋の中にあるパソコンを指差す、なっちゃん。
「それは仕事じゃないの。お金になってないんだから。趣味ね」
「もー、うるさいなぁぁ。印税入ってきても、ここんちには、一銭も寄付してやんないかんなーっ!」
「はいはい。そんな日が来るかねぇ」
さくらさんが、なっちゃんから手を離して。
私に、困ったような笑顔を向ける。
「この子ね。一応、トシの離れたイトコ。僕の叔母さんとこの、一人っ子。で、色々あって……特別にコイツ、ボランティアで預かることにしたのさ」
「あ、親戚の子なんですね……え、で、なんで、社会人……?」
なっちゃんは、楽しそうにニコニコしてる。
「コイツねぇ……確信犯で、高校、受験しなかったんだよ。親御さんも……なつみに、まんまと騙されちゃってさぁ……」
「え? ……え?」
話、見えない……
「実はね、コイツ、作家志望で。『中卒の若手文学家!』とかいう肩書きに、なんか知らんけど、憧れてるらしくてさ。受験が近づいてきた途端に、家族の前で、鬱のフリなんか始めちゃってさぁ……」
さくらさんの言葉に、なっちゃんがほっぺを膨らませる。
「だあってぇ。ただの現役高校生作家、なんてさ。つまんないじゃん。ありきたりだよ。有名になるためには、肩書きにもインパクト、ほしいからさぁ」
悪びれる様子もなく、相変わらずニコニコ。
「……で。親の前で『なつみ、こんな状態で高校なんか行けない! 行かない!』とか、さんざっぱら、毎日のように嘘泣きして。こいつ一人っ子だからさぁ、親も、猫っ可愛がりしてて……言いなりなの。もー、ダメダメ」
「はあ……」
「んで。なつみの親御さんにも、僕のところ部屋が空いてるって知られてたから。親御さんは、なつみのこと全寮制の学校に入れた上で海外赴任って話だったのに。そんなこんなで、受験すらしなかったもんだから。『ウチの子、預かってやってくださいっ! 社会勉強させてやってください! お願いします!』なんて、頼まれたら……断れなくなっちゃって」
「は……は、あ…………」
「でさ、憎ったらしいことに。コイツ、成績だけは良くてさ。はなっから高校レベルの勉強なんて、必要ないぐらいでさ。親御さんも、それ分かっててのお願いと容認……、だったんじゃないの? ……はぁ」
さくらさん、ため息。
「勉強なんて、教科書見りゃ分かるじゃん。書いてあるんだから」
「ったく! 名演技だったよ! あん時のオマエの、マジ的なデビル系の嘘泣きっ!」
「えっへへへー」
「つーわけで、さ。まあ、別に……害はないから。ちょっとだけ、面倒、見てやって。ペット感覚でいいからさ」
「あはは。よろしくね、菜々葉ちゃんっ」
…………。
なんて、邪気のない顔で、笑うんだろ……。話聞いてると、ものすごい狡猾なことをしてるんだけど、なぁ……。
若い子って、魔性だ……。
「んで。あと一人は……今、まだバイト中」
さくらさんの指差した、プレートには。
殴り書きしたような「樹」の文字。
「まあ、そいつは帰ってきてから紹介するわ。あいつ、今日も遅いのかなぁ」
「はい……、……あれ?」
――その隣に、見つけた、プレート。
「あの……まだ誰か、いるんですか? その人の、ほかに」
「え? いないよ?」
「だって……」
プレートに、はっきり書いてある。
「あそこの『佐倉』さんって、ひと……は……」
言い掛けて。
――――――…………
私の頭の中に、驚愕の予想が、浮かんじゃって。
「ま……ま、ま……っ」
「…………ぷっ」
プレートを指差したまま震えてる私に、気付いた『さくらさん』が……
「あ――っははははははっっ!」
大笑い、してる……
「さ、さくらさんって……佐倉さんっ? ――みょ、苗字っっ?」
「そ。大当たり!」
笑い続けてるさくらさん、もとい、佐倉さん……
――私は、はあああ、って、溜息ついて。
「す……すっかり、勘違いしてました。……そっか、佐倉さん、かぁ……」
「ねーねー」
いつの間にか私のナナメ後ろにいた、なっちゃん。
「菜々葉ちゃんが勘違いしてんのって、それだけ?」
ニコニコ。無邪気な笑顔で、首を傾げてる。
「へ?」
「なーんか、決定的な勘違い、してそーなんだけどなーっ」
「……なに? ……え、まだなにか、あるんですか……?」
不安げな表情になった、私に。
佐倉さんが、ほっぺを掻きながら、言った。
「僕の本名も、言ってなかったよね」
「え……、ええ……」
「あははっ。こりゃ菜々葉ちゃん、気付いてないぞぉ」
なっちゃんの意味深な、ニヤニヤの表情。
「え、なにが……」
「フルネームは、佐倉真白」
「……さくら、ましろ。……ましろ? え? ……別に、普通にかわいい名前……」
「男だよ、この人」
短く私の前で囁いて、ささっと子猫のように逃げる、なっちゃん。
――――え?
私は、笑顔のまま固まった。
「えええ、ええ、ええええ――――っ?」
「はは……菜々葉ちゃん、やっぱ気付いてなかったかぁ。実際に会ったら気付くかも、って、思ってたんだけどなぁ」
「きき、気付かないですよぉぉぉっ! 嘘、嘘ぉ―――っっ? どっからどう見たって、オンナノヒトじゃないですか!」
「……そお?」
「そうですよぉぉ!」
お……男の人、だったなんて――っ!! そんなん分かんないよ、絶対分かんないよ、どう見たって男性に見えないよーー!!
ど、どうしよう、どうしよう……、
女の人だからって言って、お母さんからも許して貰えたのにーっ!
「ってか、オマエも人のこと言えるかっ! 菜々葉ちゃんに、一応言っときなよー」
佐倉さんが、私の隣にいるなっちゃんを、たしなめるように。
「オマエが男だってことも、たぶん菜々葉ちゃん、気付いてないからね!」
「は………………?」
「あははっ、やっぱりー?」
なっちゃん……なつみちゃん……、え!? なつみ……くん!?
「暑い夏に、ザバーンの海って、書いて。俺、夏海ね。なっちゃんって呼んでっ」
私は、笑顔のまま固まって、廊下に座り込んで……
「は…………はあああ――――っっっ!?」
そのまま腰を抜かして……いた。
■編集後記
と、いうわけで。原作てんとう虫の第一話でした。noteに貼り付けて初めて分かったことですが、「。」が多いとこういう表示になるのか。読みにくすぎる! ということもないと思うので、原作てんとう虫の時はこういう感じ、ってことで原作の「味」をお楽しみ下さいませ。
この「仙道夏海」ってキャラは、今後もストーリーの中でかなり活躍したり重要になってきたりもするんですけども。音声化するにあたって全体のバランスを考えた末、断腸の思いで切りました。かわりに作ったのが、皆さんご存じの「神月雀」です。夏海の年齢を上げて、高校の後輩にしてしまっても良かったんですが、読んで分かるとおり「真白(千尋)」のキャラ設定を相当変えているので、夏海は何かの機会に出せる時が来れば出すということにして、設定は変えずに取っておこうと。この子、個人的にすごく好きなので。雀も好きだけどね。周りをひっかき回す系、という部分では、夏海のかわりに雀がちゃんとその役割を担っているかなぁと思ってます。
それでは、もしかしたら次に間髪入れずに第二話を出すかもしれないですし、それは分かりませんけれども。感想など頂けると参考になりますので、よろしくお願い致します。じゃ、私は銭湯へ! それでは、ろってーーん!!(←これ「露天風呂」ってことよ)
作業中BGM「平凡なハッピーじゃ物足りない/篠原涼子」
吉川華生