第8波での"声出し解禁"撤回が必要な理由
ガイドライン改定と第8波の重なり
2022年11月4日、一般社団法人「コンサートプロモーターズ協会」(以下、ACPC)は「音楽コンサートにおける新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」を改定した。
ACPCは日本の主なイベンターやプロモーター(コンサートを運営する団体)はほとんど所属している法人である。
主に改定されたポイントはコンサートにおけるいわゆる観客の"声出し解禁"であった。
これに伴い、一部のアーティストによるコンサートでの"声出し解禁"発表が15日に 話題となった。
ところが10日には政府分科会、16日には日本医師会、17日には厚生労働省の専門家会合で新型コロナウイルスの新たな波である"第8波"に入ったことが相次いで述べられた。
つまり"声出し解禁"と"第8波"が重なってしまったのである。昨シーズンの冬季の新型コロナウイルス流行(第6波)は2022年1月から3月であったため、ACPCは2022年11月がコロナの非流行期であることを想定していたのかもしれない。
ただ既に北海道や東北地方での医療逼迫や長野県が「医療非常事態宣言」を出すなど、主に寒冷地で既に第8波による大きな影響が出ている。
この「医療非常事態宣言」は都道府県がイベントの延期等の要請が出来る仕組みであり、既に18日から運用が始まっている。
もしこのイベントの延期要請が都道府県から行われたら、コンサート延期を余儀なくされる可能性があり、その場合主催者は間違いなく大打撃を受けるであろう。
ガイドライン改定内容の矛盾
ところでACPCが今回改定したガイドラインにおいて、矛盾点が見受けられた。
下記の通り、観客の声出しにおいて「大声」の定義が記載されている箇所である。
「大声」には当たらない発声の例として、「隣の人と会話する程度の声量で歌う」 ことや「出演者の登場や呼びかけ、ファンサービス、演出効果等に反応して、一時的に大きな声を出す」ことが掲げられている。
一般的なポップスやロックなどのコンサートは大音量で行われる。大音量の中では自らの声が聴こえなくなるため、前者の「隣の人と会話する程度の声量で歌う」ことはほぼ不可能に近く、歌えばたちまち「大声」となり、後者に至ってはアーティストに呼びかけられて観客が出す声は興奮などから、「大声」の定義に当てはまってしまうことが一般的だ。
これでは観客の全ての声が解禁されたと誤解されてもおかしくない。
マスク着用時でも感染リスクあり
2022年2月に理化学研究所と神戸大学が合同でオミクロン株の飛沫シミュレーション分析結果を発表しており、国際的にも評価を受けている。
この実験におけるチームリーダーの坪倉氏によると、上記の通り、感染者がマスクを着用していても50cm以内の距離であるといわゆる"エアロゾル感染"での感染リスクが高まるという。また長時間の接触は感染リスクを高めることにつながるとも述べている。
現在ほとんどのコンサートで収容率100%が認められていて、その場合観客同士の距離は両隣50cm以内であり、コンサートの時間が2時間前後で、その間は観客は密を避けて移動できないことを考慮すると、観客が一斉に声を出せば感染リスクがかなり高まることが十分に想定される。
そしてそのオミクロン株よりもさらに感染力が強いとされる、変異株が2つ既に日本国内に流入していることが分かっていて、東京都では2023年1月中旬には第7波のピークを超えるおよそ3万6000人に上るという予測が出されている。
注目すべきは"重症化率"ではなく"病床使用率"
今夏の第7波では各地で医療逼迫が起き、コロナの治療だけでなく救急医療や一般診療に大きな支障が出たことは記憶に新しい。これは医療従事者や介護従事者が一気に多数感染したり濃厚接触者になってしまった影響で、医療や介護現場が深刻な人手不足に陥ってしまったからだ。
オミクロン株流行以前は新型コロナウイルス感染者の重症化率の指標が注目されていたが、オミクロン株の感染力が強力になった影響で医療逼迫の度合いを示す指標の1つとして、コロナ患者対応の"病床使用率"に注目することが一般的となり、18日から運用されている都道府県の「医療非常事態宣言」の目安も"病床使用率"が基準になっている。
ただ、長野県は病床使用率が56.9%となった時点で「医療非常事態宣言」を既に出しており、政府が想定する80%より下の数値でも、都道府県によっては早めに「医療非常事態宣言」が出され、イベント延期を求められる可能性が十分にある。
その理由は第7波で医療福祉従事者に感染者が多数出て、コロナ以外の全ての患者にも十分に対応できなくなった教訓にあることを私たちは理解すべきである。
一人でも多く感染者を出さない努力を
くしくも"声出し解禁"と第8波の到来が重なってしまったことは不幸である。ただ、まだ新型コロナウイルスとの闘いは続いていることを忘れてはならない。
人類の歴史は本来、疫病との闘いの歴史でもあったのだが、たまたま幸い、スペイン風邪以来120年間パンデミック(世界的流行)がなかっただけであったことを改めて認識すべきである。ちなみに今のインフルエンザであるスペイン風邪の5年に及ぶ流行は、当時第一次世界大戦を早く終結させてしまったほどのインパクトがあった。
けた違いの感染力、抗体消失の早さやウイルス変異による多数の再感染、治療薬は服用可能な対象や効果が限定的、人により異なる症状の軽重、基礎疾患の有無によらない急性脳症・合併症・後遺症リスクの多さ、血栓による血管系疾患リスクの中長期的増大…などキリがないほど、新型コロナウイルス感染には不安要素が実は多いことが各国の論文で明確になってきているが、なぜかこのような科学的根拠のある主張ですら、"煽り"のように見なされることが多いのが非常に残念である。
第8波に入ったいま、日本全国の医療体制を守るために、そして国民の健康を守るためにも感染者を一人でも多く減らす努力を私たちは行うべきである。
コロナ流行期にもコンサートなどの音楽イベントを開催し続けるには、やはり観客からも感染者を極力出さない努力が必要である。音楽イベントの開催などにより全国の感染者が急増し、各都道府県の「医療非常事態宣言」によりイベント延期要請がなされれば、それこそ音楽業界の大打撃に繋がってしまう。
100%観客収容のコンサートは少なからず観客が三密(密集・密接・密閉)の環境に置かれることを直視し、コロナ流行期"第8波"に入った今、ACPCは"声出し解禁"を撤回すべきではないだろうか。
全国各地からファンが集結する、"声出し解禁"のコンサートならば、たちまち数千人~1万人単位の全国規模の"エピセンター(感染集中地)"となってしまう可能性が高いからだ。
そうすると音楽イベントへの風当たりは一層強くなり、自粛ムードが高まって更に観客数を落とすことに繋がりかねない。
今現在、アーティストやプロモーターごとで声出しするかどうか対応が分かれていて、中途半端な状況にあり、関係者も観客も現場がかなり混乱しているように見える。
ただ第8波に入り、一部の都道府県で「医療非常事態宣言」が既に出されている今、音楽業界がやるべきことは、果たして"声出し解禁"なのだろうか。
医療や福祉は限られた資源であり、社会を維持するためには必須のインフラである。今夏の第7波の状況を再び起こさせないことは、より感染力の強い変異株が流入しインフルエンザとの同時流行が懸念される第8波に入った今、感染症が蔓延しやすい乾燥した冬季において、社会的要請であると考える。
ACPCは第8波に入った状況を鑑み、ガイドラインの中身を再び精査し、第8波における新型コロナウイルス感染防止対策ガイドラインの緊急方針「"声出し解禁"撤回」を早急に打ち出すべきである。