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またやってしまった。【未公開小説『途棄の女』より】

またやってしまった。
 『どこまでが無理じゃない範囲なのか、判断できずにやり続けた結果、破綻。』
という、例のやつである。
自分では『いい感じだな。この調子でグイグイ上げてこう!』と思っていた矢先のことだ。


 ここ数年、時々起きていた腹痛(あらゆる可能性を考えてあらゆる検査をしたが、はっきりした原因はわからない。逆流性食道炎であることは確からしいが。)と同じものではあったが、その中でも最強と言っていいほどのひどい痛みだ。しかもそれが2、3時間も続き、寝ても立ってもいられないので中途半端にしゃがむという変な姿勢のまま、ベッドにもたれたり、膝を抱えたりとあれこれしながら何とか持ち堪えた。


 本当は救急車を呼びたいくらい辛かったが、原因は何となくわかっていたし(食べ物とお酒)、前回、救急搬送された時の経験から、土日夜間の救急対応はどうしてもその場しのぎになることが多いのもわかっていたからだ。また、私の場合、飲酒+腹痛+頭痛薬が恐ろしい症状を引き起こすきっかけになることもほぼ確実だったから、頭痛薬で痛みを紛らわすこともできなかった。


 激しい腹痛とのバトルから一夜明け、鏡を見て愕然とした。まるでK.O.負けしたボクサーのようにすっかりやつれ、顔も手足もパンパンに浮腫んでいたからだ。それに身体中ひどくだるくて、何もやる気が起きない。
 そんな状態が2、3日も続いた。
 そして、やっと気づいた。
「あぁ、またやってしまったのか・・・。」
(ブラック・スカル 「ほんっと、気づくの遅いよ、アナタ。学習能力ゼロですかあ?」)

※ブラック・スカルとは、主人公『途棄の女』が苦労する様子を気が向いたときだけただ見物して茶々を入れるだけの不思議な存在。お気楽な黒い骸骨。


 昨年の夏だった。ちょうど資格取得のため仕事の休みを返上して研修に通っていた頃だ。
その頃はダンナが無職で収入も無かったから、『私が頑張らなきゃ』と、毎日必死だった。

 そんなだから、自分の身体に気をつかう余裕もなく、腹痛が起きた時も『脳が痛みを感じなくなればOKっしょ。』と簡単に考えて、痛みを感じる度に頭痛薬を飲んでしまっていた。私は薬が効きやすい体質なのか、それで腹痛も収まっていたのだ。
 ところが、ある土曜日の夕食後、いつものように腹痛のため頭痛薬を飲んで寝室で休んでいたところ、しばらくして突然、経験したことのない激しいめまいに襲われたのだ。それはまるで、何かとてつもなく巨大な怪物に私の頭に鎖をつなげられ、前後左右にブンブン振り回されているかのような感じだ。
 何も考えられなくなり、助けを呼ぼうにも声が出ない。
目がチカチカし、手足が痺れ、吐き気にも襲われた。
この時初めて、「死」の恐怖を感じた。
暗闇の渦の中へ吸い込まれるような感覚。このまま、誰にも、何も伝えられないまま、消えていっちゃうのかな。嫌だ。嫌だ。嫌だ・・・(だんだん小さくなる)

 もうダメかと絶望しかけた時、私の、声にならない叫びに何かを感じてくれたのか、幸運にもダンナが駆けつけ救急車を呼んでくれたので何とか助かったのだが、もう二度とあんな目には遇いたくない。心の底からそう思った(残念ながら、この約3週間後に再発する)。
この時、救急対応してくれた医師が脳外科医だったので、吐き気止めの点滴とMRI検査だけの処置で、症状が軽減したならとたった2日で退院を許された。
 めまいの原因を聞くと、


 「前庭神経炎でしょう。」
とのことだった。内耳の三半規管が炎症を起こしているのではないか、と。   
 しかし、この医師が同じ病院内の耳鼻科へ治療を引き継ぐことはなかった。「症状が収まれば大丈夫ですよ。」みたいなお気楽な感じだったのだ。彼にとってはMRI検査で見つかった、小さな静脈瘤のほうが気になるようだった。

 だが、自分の身体の中で確実に、何か今までにないヤバいことが起こっているということはさすがに鈍い私にもわかった。で、ネットを調べまくり、難病にも対応でき手術の数も多く、設備が整っていて比較的近くにある、クチコミ評価もまぁまぁの、大きな病院の耳鼻科を探し当てて行ってみた。

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 いかにも信用できる医者、という感じの、適度に年齢を重ねた感じの皺が顔に刻まれたおじいちゃん先生ではあったが、私の耳の中を覗いてすぐに、
「内耳が腫れてますね。だいぶ無理したでしょ。」
と、事も無げに仰られた。

 この一言で私は救われた、と言ってまったく間違いない。

まず、自分の身体が酷い状態になっていること。


それが、『だいぶ無理した』ことが原因であること。

 それを、社会的に認められた確固たる地位にある、しかも適度に顔に皺が刻まれた、ベテランの医師が宣言してくれたのである。
私は今にも、
「おお、神よ!!」
と膝まづきたいくらいの気持ちになった。

 医者の力とはこういうものではないか。

 私はこの先生に処方してもらった大量の薬が入った袋を、まるでずっと読みたかった漫画の新刊が入った袋でもあるかのように、大切に抱えて持ち帰った。もちろん、先生からいただいた、
「無理しちゃダメですよ。仕事も出来れば少し減らしたほうがいい。」
という言葉をお土産に(以後、これが光輝く※印籠となり、てきめんに効果を発揮する)。
※印籠・・・家紋の入った豪華な印鑑ケースのこと。偉い人が部下に持たせ、ムカつくやつに見せびらかすと見せびらかされた相手はなぜか『ははーっ!』と言って、土下座して謝っちゃう。ケースから印鑑が取り出されるのを見た人はいない。

 と、これはほぼ1年前の『やってしまった』経験であり、これに懲りて身体的な面ではだいぶ気をつけて過ごすようにはしていたのだが、この3ヶ月ほどは職場での精神的なストレスが原因の様々な症状(不眠、不安からくるイライラや気力低下、過食、食欲不振など)に悩まされ、その場その場の対処に気をとられて、全体のバランスを冷静に見ることができないでいた。

 そんな綱渡り的な生活を送っているうちに、今度は1ヶ月ちょっと前、またも『やってしまった(しかもだいぶ酷く)』ため、一旦リセットすべく1ヶ月ほどはなるべく自分に何かを課することなく、極力何もしないで過ごすようにした。
 そのおかげもあってか、1ヶ月を過ぎた頃には気持ち的にだいぶ健康を取り戻したと感じられるようになった。そして最近では少しずつ、『今、やるべきこと』を見つけては1日の課題としてスケジュールに組み込むようになっていた。

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 キッチンにあるホワイトボードに、今日やるべきことを箇条書きにし、できたら赤ペンでチェックを入れる。赤ペンチェックがいっぱいになれば、スケジュール通りに課題がこなせていることが確認できて、嬉しい。ちょっとした達成感も得られる。
それが気持ち良くて、つい、ちょっとした無理を見過ごしてしまっていた。

 それが、スケジュール通りに課題をこなし始めてたった2週間で、破綻したのだ(『たった2週間』と自分を卑下してしまう、私の悪い癖である)。

 『破綻』と言うのは少し大げさかもしれないが、身体的に明らかなダメージ(前述のようなひどい腹痛)があって、今まで頑張ってきたことがすべて『バカみたい』に感じられるほどやる気を削がれてしまったのだ。
 今は、それでも無理せず『頑張らないで』できることから少しずつ、様子を見ながら手をつけてみている。
 とりあえず朝のヨガと、イラストを描くこと。小説ノートとエアロビは気が向いたらで。
 それと、家事も無理しないこと。
 一度はイラストを描くのに夢中になり過ぎて、夕食の支度が遅れてしまったことがある。これも実は大きなストレスになっていた。

 何かに偏らないこと。
 イラストも家事も適度に。
とは言っても、家の床に犬の毛玉がコロコロと西部劇のように風に吹かれて、自由気ままに転がっていく様子を見ると、そのままにしておくというのもやはり、ストレスになる。
で、ちょっとモップをかける、どうせだからと結局家中全部かける、完璧に。
結局、疲れる。
・・・一体どうすりゃいいんだ、私は。

 こんなに弱かったっけ、私って。
散々苦労して、打ちのめされて、人にも言えないような酷い目にあっても(自業自得もあえて含め)、ガッツで立ち上がって戦い続けてきたのではなかったか?
 今でも、素手で蝿を叩き落としたり、ジタバタするゴキさんをスリッパで躊躇なく瞬殺するくらいのガッツはある。

 それなのに、あぁ、それなのに、この体たらく。 

      ~続く、かもしれない。~

♡♡♡最後までお読みいただき、ありがとうございました!『途棄の女』は果たして・・・?幸せを探し続ける主人公の今後に、こうご期待。♡♡♡

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☆桑田華名☆(くわたかな)
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