どんな選択をしても、応援してるよ
ここ最近、ひとつ大きな決断をしなければならないことがある。
端的にいえば仕事のことなのだけど、ここで下した決断は今後の私の人生にも大きく絡んでくる気がしてしまって、簡単に答えを出せない。
もともと、一度悩むとなかなか納得する答えをだせないタイプなので、今回もかれこれ8月くらいからずっと悩んでいる。
長すぎやしないか……??
さすがの私(=長考マン)もそろそろ体力がもたなくなってきた。
そんな悩めるアラサー、田舎暮らし26歳です。
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20代後半の選択が怖くなるのは、選択した未来が想像しづらく、あやふやなものだからだと思う。
10代の頃も、受験する学校選びや、入部する部活選びなど、それなりに選択をしなければならない場面はあった。
その頃の私はかなり時間をかけ、真剣にその選択をしたつもりだった。
けれど、今振り返れば、そもそもの選択肢が少なかったことや、学校や部活も入部後の姿がだいたい想像できたことから、実は答えがかなり限定されていたように思う。
けれど、26歳になってからの悩みの類は、決断を下すことひとつひとつにとても重みがある。
選ばなかった未来のことまで考えて、どの選択がベストなのか延々と考えてしまう。
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答えを出すにあたって、本当にいろんな人に話を聞いてもらった。
母、妹、しばらく会っていなかった中学時代の友人、大学時代のサークル仲間、いつも行っている美容室の担当さん、転職していった同僚、地元の占い師(!)……など。
相談したくて自分から連絡をしてみた人もいるし、不思議なことにたまたま相手から急に連絡がきたりもした。
みんな、会話の中で相談を持ちかけた私に、いろんな意見や体験談を聞かせてくれた。
そんな中で印象深かったのが、ある2人が最後に同じような言葉をかけてくれたことだ。
「どんな選択をしても、かなちゃんの選択を私は応援しているよ」
その2人のうち、1人は中学・高校と同じだった子で、卒業とともに地元を離れ、今は大阪でデザインの仕事をすべく頑張っている。
もう1人は、去年まで同じ職場で働いていた5つ年上の同僚で、今は正職員として別のまちで働いている、穏やかでとても心優しい人だ。
そんな2人から、共通してこの言葉を貰ったのが何だか不思議で、それと同時にとても嬉しくて、胸がいっぱいになった。
どっちかを選べば、選ばなかった未来は捨てることになる。
それはひとつの可能性を捨てることと同じに思えて、怖い。
めちゃくちゃ怖い。
けれど、どの選択をしたとしても、その私を受け入れてくれる友人がいる。
遠くからでも応援してくれている。
それってとても心強いことだ。
おそらくその言葉をかけてくれた2人も、今までにいろんな決断の場面に出くわし、その都度自分で答えを出して、選んだ道を歩いてきたのだろう。
みんな、同じなのだ。
答えを出すまでにまだ時間がかかりそうだけど、考えられる残り時間も少なくなってきた。
勇気をもって、自分らしい決断が出来ればと思う。
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昔から友人は少ないタイプの私だけど、そうやって声をかけてくれる人達を大切にしていきたいなと思う。
そして、私もその人を想って選択を応援できるような、そんな人になりたいな。