見出し画像

大五郎、セラピードッグへの道【3】

【前回までのあらすじ】セラピードッグになるべくトレーニングを開始した大五郎(ヨークシャーテリア、雄、1歳)であったが他の犬たちの存在に興奮しっぱなし、やかましく吠え続け、普段はできるコマンドすら聞こえない有様。長過ぎるセラピードッグへの道のりに目眩すら覚えつつ、疲労困憊しながら最初のレッスンを終えたのだった。

トレーニングを終えて、車に乗るなり、私は夫アルゴへと電話した。アルゴは、大五郎は基本のコマンドは全部できるんだし、こんなトレーニングはお金の無駄だ(怒)とか言っていたのだ。「どうだった?」と尋ねるアルゴに

「この犬はアンタと同じでSpecial Educationの生徒(注:夫アルゴは子供の頃大層な問題児でああった)だよ。吠えまくるわ、💩するわ、他所の犬たちの邪魔するわ、挙句、目隠しの柵まで設置されて、全然、良き五郎じゃなかったよ!悪五郎だったよ!態度、悪すぎ!最悪だよ」

この良き五郎、悪五郎のところは日本語である。大五郎が良いことをしている時はよき五郎。悪いことをしている時はワル五郎と呼んでいるのだ。

「え……そんなに?え、退学処分になった?なってないんだな。わかった、帰ったら俺が大五郎にちゃんと説教するから」とアルゴは私からの報告にそう答えた。

退学処分て……説教て……と思われると思う。するのだ。アルゴは犬に。説教を。よくやっている。

帰宅した我々を夫アルゴは玄関に仁王立ちで待ち構えており、大五郎にお座りさせると語り始めた。

「お前、今日、学校ですごくワル五郎だったと聞いた。お前は玉なしであり、純血ヨーキーだというのに耳も立ち上がらず、何かと世間を恨んでいるのかもしれない。だがしかし、拗ねるのは良くない。悪であることと馬鹿であること、これが同時あることもいただけない。せめて、悪だけ、もしくは馬鹿だけであるべきだが、お前はかわいらしいし、頭がいいということは俺もよくよく知っているので、悪の部分を少しずつ、治していこう。大丈夫だ、世の中はたとえ玉ナシ、耳垂れのヨーキーでもそんなには悪くはない。なんせ、俺がついている

と、真顔で説教をしていた。大五郎も何故か神妙な顔をして、玄関先できちんとお座りをし、時々、アルゴを見上げおとなしくしている。そしてアルゴの説教が終わると、Up (立て)というコマンドを聞き入れ、立ち上がり、Give me a kiss (キスして)のコマンドを聞きアルゴの頬っぺたをペロリと舐めた。

……なんでそれ、トレーニング学校でやらんのよ……

大五郎の態度と、アルゴのつっこみどころ満載の説教を聞きながら私は脱力し、玄関に座り込んだ。俺がついているって、世話もトレーニングも私メインじゃん。図々しい。

そうか、これが世間でいうワンオペというものなのか、たまに夫が育児に参加し偉そうにするってあれやな!と思った。

私の帰りを待ちわびていたリンゴとマメはぴこぴこと盛大に尻尾を振り私にまとわりついてきた。何をどう考えても、リンゴをセラピードッグにするべきなのである。大五郎はまだ若いし……というようなことを考えていたら、超能力でもあるのか、口にすらしていないというのに、アルゴは「いや!リンゴは玉なしにはせんぞ!!」と私に言った(注:セラピードッグは去勢せねばならない)どれだけリンゴのタマにこだわるのか……

話は少しそれるが、最近は何でもネットで情報を得られる。犬のしつけもしかり。私が日ごろ、参考にしている犬のトレーニングは、Zak George’s Dog Training RevolutionというYoutubeチャンネルである。このチャンネルではトレーナーZakが様々な犬のしつけをするのだが非常に役立つ。

さらに犬を飼っているすべての人に力強くおすすめしたいのが、Dog Signalという漫画。ドッグトレーナーと、新米ドッグトレーナーの成長的なお話なのだが、とても役に立つ。作者の方がトリマーさんの経験もあり、ものすごくきちんと犬と、犬のトレーニングに向き合っておられてためになる。そして泣ける話が多い。犬は良い……

学校からの宿題(両面プリントの紙にこの1週間はコレをしましょう!と3~4個のトレーニングが書いてある)とこれらの参考動画・漫画、他にもネットで調べたりして、私はセコセコと大五郎のトレーニングに励んだ。

トレーニングの肝なるものはいくつかあるが、コマンドはシンプルに、けれど常に同じものであること。例えば、うちは「お手」は「Paw」(犬の足のこと)であるが「 shake」(握手)という人も多い。それを両方使うのはNG.人間が気分次第でコマンド言葉を使うと犬は混乱してストレスを感じてしまうのだという。

そりゃ確かに人間でもそうであろう。仕事なんかをしていても、業務内容は同じなのに、違う言い方で指示されたら戸惑ったり、別の結果になることだってあるだろう。

トレーナーさんが言うには、たとえそれが人間的には全く別の意味でも、英語でなくても良いのだという。例えば、うちの場合は「さんぽ」(日本語)=Walkであり、リンゴとマメはそれをきちんと理解しているので、さんぽ、と言うとテンション爆上げとなる。うかつに「さ」とすら言えない。うちの犬はバイリンガルだぜ、とアルゴはニヤニヤしているけど、違うから。単に犬は人間が使う言葉と次に来るアクションを関連付けて覚えてるだけだからね。

犬のトレーニングとは、すなわち人間のトレーニングでもある。

そういうわけで、私は割と短気なのですぐにイラっとしたり、完璧にやりたいと思うがゆえに少々の間違いだとかにストレスを感じたりもする。なので穏やかに、イラっとしたら深呼吸など、こう自己啓発的なことも同時にやっていくことにした。人間の気持ちは犬に簡単に伝染するのである。と、言うわけでしばらくサボっていたヨガを再開してみた。心を落ち着かせねばならぬのだ。

大五郎は、宿題を難なくこなす。ヒール(飼い主の横にいるポジション)、Leave It (おもちゃなど離しなさいというコマンド)からのOK(離したおもちゃに触っていいよ、のOK)大五郎は、完全なる阿呆ではなく、好奇心が旺盛で、かつ意地汚いのでおやつを使ったトレーニングはやればやるだけ、ちゃんと答えてくれるのだ。

家にいる時は基本、良き五郎さんなのである。リンゴやマメはお客が来たり、外で大きな音がするとワンワン吠えるし、ごはんやおやつも食べ渋ったりする。リンゴ・マメが大五郎の年の頃は、よく家から脱走して私は裸足で駆けていく陽気なサザエさん状態で名前を叫びながら犬を探しにいっていたものである。

けれど大五郎にはそんなことは一切ない。与えられればなんでもモリモリ食べるし、私の膝に乗りたくてもNOと言われればおとなしく自分のベッドへと行く(ちなみにリンゴは膝にのせてくれるまで1時間でも2時間でも鳴く)脱走経験もなければ、無駄吠えも無し。

では何が大五郎を悪五郎にするのか、ということを私はよくよく考えてみた。何事にも理由や原因はあるはずだ。

そして気づいたあれこれ。まず、外に行く、散歩をする、ということに非常に興奮する。これはどの犬もそうであろうし、子犬年齢であるならなおさらである。興奮しすぎてグイグイ引っ張る。興奮が収まるのに時間がかかる。大五郎は興奮するとリンゴとマメにもウザ絡みするので、他の犬たちも怒る。ぎゃんぎゃん、バタバタする犬たちに私がイラつく、という方式。

ちなみに不出来な私はイラっとするとどうしても大きめの声で犬を叱ってしまう(これも犬的にはNG行為)のだけど、それをしでかすと、別に悪いことをしていないリンゴは、しゅんとなり、スイマセン、ごめんなさい、的な姿になるが、怒られているマメと大五郎は気にもしない。ひどい。

また、学校でもそうだったが、リンゴ・マメ以外の犬を見ると異様に興奮する。トレーナーさんは、おそらく恐怖を感じてのリアクションだと言っていたが、過去によその犬にかまれたり、吠えられたりしたことがないのでなぜなのか、という疑問はいまだに解決していない。獣医さんのオフィスやトリマーさんに連れていく時は他の犬たちがいても吠えないという謎。

そしてやはり、常にリンゴとマメと一緒にいるため、自分だけが車に乗せられてどこかに連れていかれるという状況がとてもストレスになっているっぽいことに2回目のトレーニングに連れていく時に気づいた。

大五郎のことを玉ナシゆえに、などと説教したアルゴに冷笑を投げつけたものの、実際、大五郎が初めてリンゴ・マメ抜きで車に乗せられ、獣医さんへと去勢手術に行った時だけ。朝の8時に連れて行ってお迎えは夕方5時だったのだけど、迎えに行った大五郎は、スンスン・キュンキュンと泣き止まず、ずっと震えていた(で、アルゴはそれをみて号泣していた。可哀そうだよ!可哀そうすぎるとかなんとか言って)もしかしたらその刷り込みで、1匹だけで車に乗せられて知らない場所に行く=怖いこと、と思ってしまっているのかもしれない。

犬はすぐにルーティーン、つまり毎日の生活スケジュールを学ぶことができるのだという。だから、トレーニングに連れていく回数が増えるにつれ、場所にも環境にも慣れるようになるからがんばろうね!というトレーナーさんの言葉を信じて、私は、これらの(自分の行いも含めた)問題をクリアしようと努力しつつ、2回目、3回目のトレーニングへと向かう日々だったのである。

犬のトレーニングというのは、イコール、人間のトレーニングよなぁとしみじみと感じながら。

To be continued

Paw (お手)が非常に得意な大五郎さん。別に頼みもせずかまって欲しい時はこのようにお手をする。在宅仕事中はたいてい、膝の上にのせろとせがむ
リンゴ(父犬)は基本、大五郎に塩対応であるが、寝る時やまったりするときは2匹は寄り添ったり、重なりあったりしている。リンゴの塩対応は、子犬たちが産まれたばかりの時にマメからガウガウやられたので、近寄らんどこ……怒られるしというような心持なのだと思う。
何故か私を枕にして寝るのが非常にお好みの大五郎氏。重い。



いいなと思ったら応援しよう!