アルゴ、ラスボスと対面ス(3)Final
【前回までのあらすじ】10年間の絶縁。2回目の帰国にてようやく実家への訪問を許された私と夫アルゴであったが、実家に到着しても母親は不在。冬の寒空の下、2時間待った我々の前に現れたのはド派手な永谷園パッケージ風ワンピースを着用した泥酔した母親であった。
皆様は、「泣き女」という存在をご存じであろうか。
英語でいうとProfessional mourning (泣き女)。そう、Professionalなのである。「泣き女」とは、葬式の時に大げさなほど激しく泣き叫び、時には遺族以上に号泣するのが仕事である女性のこと。特に韓国や中国のアジア圏で見られる職業だが欧州にも存在したのだという。弔問客として葬儀、主に出棺の際に参列し、泣き女が率先して激しく泣くことで、ほかの参列者が泣く手助けをする。
実家の仏間にある父の遺影はでかい。なんせ、大掛かりな葬儀で使用した時の写真なのだ。本当にでかい。そのでっかい遺影の前。
……私の目の前には、うぉん、うぉんと泣き喚く、泣き男と泣き女がいた……
その勢いときたら、にっこりと笑う父の遺影もガクリと傾かんばかりの勢いであった。
まず、アルゴは、仏壇の前で正座した。「これ、お線香ね。これに火をつけて、一回だけ、チンするのよ」と姪(天使)がちまりとアルゴの横に座り説明した。アルゴは、ありがとうと言って、線香に火を灯し、りんを鳴らし静かに、手を合わせ、黙とうした。そして次の瞬間。アルゴが号泣し始めた。
しくしく、とか、うぐうぐとかではない。うぉぉぉぉ、ぐおぉぉぉと咆哮にも似た声を上げ、畳に突っ伏し号泣し始めたのだ。
私の脳内でまた河村隆一がLUNA SEAの名曲「Déjàvu」を熱唱していた。
”未来・過去・今人々のドラマ シナリオはいつも Dejavu 傷つく事を出来ないあなたが繰り返す”……そうよ、河村。デジャブなのよ。
なんせ、アルゴは初帰国の折、父の墓所で大泣き・号泣し、お墓参りに来ていた田舎のおばさんたちを驚愕・混乱の渦に巻き込んだ後、見知らぬおばあちゃんに優しく背中を撫でられ、飴をもらったのよ……
アルゴは非常に情熱的、感情的、とてもドラマチックな人なのである。私は彼のそんなドラマなところにすっかり慣れているし、アメリカ人でアーティストなのだもの。感情表現な豊かなの。いつだって感情ど真ん中ストレートなの。
正直、会ったこともない父を想って、あなたに会いたかった。ようやくここまでこれた。でもあなたはいない、会いたかった、とおいおい泣く姿をみて、一緒に泣いたし、大丈夫、大丈夫よ、ベイビー。お父さんもきっとうれしいよ、なんて背中を撫でたけれど。そしてこんなところがある人だからこそ、一緒になったわけだけれども。まさかの再放送。
お墓にいたおばちゃんたちは、きっとこれまでこんなにも大きな黒人男性がおいおい泣く姿を間近で見たことは無いだろうし。なんせド田舎なのである。黒人男性を見ること自体が初めての人が多い。実際、うちの母だって、黒人男性に会ったことなんてないのだ。ちなみにアルゴは180センチ、体重100キロの大男なのである。そらびっくりするわ。
案の定、妹、甥、姪、そして母は、ポカーンである。甥、姪にとっては、大人の男の人が大泣きする図を初めてみた瞬間でもあったはずだ。
アルゴはそんな周囲を気にせず、「ここがあなたが建てたとても大事な家で、ここに来れてよかった。でもやはりあなたという偉大な人に一度だけでも会いたかった。この家はこんなにもあなたで溢れている。俺はあなたをこんなにも愛している!俺にはお父さんがいなくて、会ったこともないから父親というものを知らないけれど、きっとあなたのような人を立派な父親と呼ぶのだ、お父さん。お父さあぁぁぁん!」と英語で呟いて……否、叫んでいた。
因みにアルゴは地声も非常にでかい。お父さんのところだけ日本語だったのだが、お父さん!お父さん!って魔王でも来てるのか(シューベルト)ってくらいの勢いであった。
アルゴの横に座っていた姪は驚きつつも「泣かないで、アルゴさん。泣かないで」と小さな手でアルゴの背中を撫で、甥も「どうしたの?大丈夫?」とオロオロしていた。私はアルゴの背後に座っていたので、後ろから、ベイビー、落ち着いて。みんなびっくりしてるから、落ち着いて、と言っていたのだが。
突然、仏間の後ろで、またも「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」と叫び声のような声が聞こえ、アルゴを除く全員がビクリとして背後を向けば……
……髪を振り乱し、母が畳に突っ伏して号泣していた……
なんだ、飲みすぎか?よくわからないけど、母親もアルゴにつられるように号泣し始め、冒頭の泣き男、泣き女の登場なのである。
私はもうどうしてよいのかわからず、ただただポカンとしていた。泣き男(フロント)と泣き女(バック)に挟まれた私は、オロオロするしかない。とりあえず放置しておけば、どちらもそのうち落ち着いて泣き止むだろうと思ったが、2人ともおいおい泣き続ける。
え……そんなにか?(真顔)とやや引き気味になり、これはもう、弟(真打)に登場していただくしかないか……と思い始めたのは30分ほどが過ぎた頃であった。
姪(天使)はちょこちょことお風呂場まで行くとフェイスタオルを取って来て、アルゴと母に泣かないで、と言いながらタオルを渡した。なんという天使ぶり。そんな姪の行動に母親である妹が我に返り、「とにかくみんな、落ち着いて。とにかく座ろう」と言った。
酒でも飲まなければやってられねぇ……そう思った私は冷蔵庫へと向かい、缶ビールをぶしっと開けて、一気に飲み干した。あんなにもものすごい勢いでビールを飲みほしたのは後にも先にもそれきりのことである。
そして、仏間へと戻ると、泣き男(夫)と泣き女(実母)は、ぐしぐし言いながら、向かい合って座っていた。アルゴは、お前もちょっとこい、ここに正座しろ、と私に言った。ちなみに、正座という日本語は前回の帰国で学んだため「You, come here ーせいざ Now!」という命令形であった。
「いいか、これから言う事を、そのまんま、きちんと丁寧な日本語に訳してお義母さんに伝えろ。そのまんま、丁寧に、だぞ?いいか?決して暴言を交えたりしないように。きちんとテイネイ語とケイゴ(ここだけ日本語)だぞ」
というもので、お、おおぅ……と答えた。一体何を言い出すのかドキドキした。罵詈雑言か?私ならそうする。何年も待たせた上に、この無礼。好き勝手にしてきた私も悪いが、それにしたってあまりの仕打ちである。ゆえにしつこく丁寧にきちんと訳せとクギを刺したのだろう。さすがは夫なので私の性分をよく心得ている。
アルゴはステージに上がる前のように、ごほん、と咳払いした。
「まずはこのように取り乱してしまって本当に申し訳なかった。この家にくること、あなたに会うことを何年も夢に見ていたので感情の高ぶりを抑えきることができなかった。失礼なことをして申し訳ない。まず、挨拶させてもらえる機会を与えてくれてありがとう。だが、俺にはもっと伝えたいことがある……」
ここで一旦言葉を切ったアルゴの英語を私が通訳した。今度こそ罵詈雑言か?私はちょっとワクワクした(不謹慎)。
……ごくり……
その場にいた全員がアルゴをじっと見つめていた。
「りんごという人をこの世に産んでくれてありがとうございます。あなたの存在に心から感謝しています。こんなにも優しく、できた娘さんをこの世に作り出してくれたご両親に俺は死ぬほど感謝しています。りんごは俺にとってこの世で何よりも美しくかけがえのない存在なのです」
ギャーーーー!!!優しく、できた娘さん!!ギャーーー!!!何よりも美しい!!!ギャーーー!!!うぎゃぁぁぁ。
これらの部分を自分で日本語にするのもなんだかなぁと照れてもじもじしていたら、小声でぼそっとちゃんと通訳しろや!と怒られた。
だって恥ずかしいではないか。でもアルゴがおっそろしく真剣なので、私もそれをもそもそと日本語にして伝えた。姪と甥が、ひゅぅぅぅ、すてきぃぃと合いの手を入れたため、恥ずかしくて死にそうになった。そしてアルゴは続ける。
「自分の母親は死んでしまい、この世の中に俺がお母さんと呼べる存在は貴女だけだ。でも、あなたが俺の肌の色の事で俺を受け入れてくれないことも感情的なことは抜きにして、文化だとか慣習だとか、そんな意味では理解しているつもりである。だからこそお伝えしたいのは、俺はこのりんごという女性を一生守るし、幸せにする。誰にも傷つけさせないし、何よりも大事にする。これまでもそんな気持ちで一緒にいたわけだが、こうして親御さんの前で言葉にすることで、俺はこれからの人生のすべてをかけて、これまで以上にりんごを幸せにすると誓う。俺が誓うべきは神様なぞではなく、母親であるあなたと、そしてお父さんにだけである。だから改めて誓わせてほしい。そして、あなたのことをお母さんと呼ぶことを許してもらいたい」(ここで畳に額をこすりつけ、お辞儀した)
……今度は私が泣き女である……
ぎゃんぎゃん、子供のように大泣きしながら、アルゴの言葉を日本語にした。私の姿と通訳した言葉に、妹も泣き女。母親も泣き女(再)である。
「わかる?お母さんがどんだけ失礼なことをしてもこの人は!お母さんに会うために、日本語を練習して、日本の習慣・文化を勉強して、色んなことを彼なりにいっぱい考えたんだよぉぉぉ。うわぁぁぁぁ、なのになんだ、あなたときたら、そんなに酔っ払いで、そんなに失礼で、ほんとなんなんだよ、もぉぉ。うぁぁぁぁ。ほんでなんだよ、その永谷園みたいなのは!うわぁぁぁぁ」と、私はそのようなことを大号泣しながら言った。
飲みすぎたせいか、泣きすぎたせいか、母は「もういい……寝る」とだけ言って自室へとフラフラしながら入っていった。
え……なんかこんな感動的な感じなのに、そんだけ?!
と私は思ったが、アルゴは、「まぁこれで自分の伝えたいことは言ったことだし、多分だけどわかってもらえただろうから、良しよし」とケロリとして、ご満悦だった。が、私は、え……あの人、飲みすぎてあんまこれ、覚えてないんじゃね?と真顔で心配になった。てかアルゴよ、涙、どこいった?普通、謝罪なり、受け入れの言葉的なもん言ったりとか……その、わかりあって、ハグして、おいおい共に泣くとかそんなんじゃねぇの?
あれ?あれ?あれれ……である。アルゴ曰く、じっと俺の顔をみて、うん、うんと頷いていたからきっと伝わったはずである、とのことだった。ホントかよ……
まぁ、アルゴが良ければそれでよいのだけど……と私はなんだか腑に落ちない気持ちではあったが、とにかく疲れ果てており、困惑しっぱなしの甥・姪もとっくに寝る時間を過ぎていたため、泥酔泣き女に置き去りにされた我々は、リビングへと移動した。
姪っ子がニコニコしながら「みんな、なかよしになれて、よかった~~!やった~~!」と満面の笑顔で言っていて、心から癒された。本当にこの姪っ子の無邪気ながらも優しい気持ちと行動、言葉が無ければこの場面は恐ろしい沈黙か、さらなる修羅場になっていたのだ。
「なんかさぁ、すごい緊迫?緊張してたのにさ。あそこで永谷園ってなんなの、お姉ちゃん。ツッコミいれたかったけど、永谷園って。ぷぷぷ」と妹は笑った。確かに、私も緊張しすぎ、怒りすぎ、泣きすぎて何を言っているのか自分でもわけがわからなかったけど、確かに永谷園はねぇわ。ひどい。
ともあれ、実際の対面まで数年をかけた修羅場であったというのに、「もういい……寝る」の一言で幕引きになったアルゴと母親の対面であった。
寝る、で思い出したが、そういえば我々はどこで眠るのかという問題があった。なんせ私の元部屋は、改築されトイレとなっており、他に2部屋あった子供部屋も改築され、母の部屋となっていた。久しぶりの帰郷で、自分の元部屋がトイレになっていたことに関しての切なさについて、私は説明するすべをもたない。客室はすでに妹と甥・姪が使うことになっている。というわけで、私とアルゴは、先ほど韓国ドラマばりの激しい感情のドラマのあった仏間に布団を敷いて寝ることになった。
「やれやれだぜ……」
アルゴは承太郎のセリフ(ジョジョ)を呟いていた。ほんとやれやれだぜ……私は仏間に布団を用意した後、台所を漁り、つまみや酒を見繕い、甥・姪を寝かしつけた妹を呼んで、父の仏壇の前でアルゴと妹、3人で酒盛りをした。
「そういや、お父さんのお通夜の時もさぁ、お姉ちゃんとお兄ちゃんと三人でここでこんな風に飲んだよねぇ。よかったねぇ、アルゴさん。ありがとねぇ、アルゴさん」などと涙ぐみながら妹が言ったため、私とアルゴは再度、泣き男と泣き女になったわけだけど。
で、その後、母がどうだったかと言えば……
普通に失礼だったよ!!!
そして今、現在も絶賛失礼中だよ!!!
なんせこのようなやり取りがあった上に、なんだか気恥ずかしかったのかなんだか知らないけれど、滞在中は、アルゴに対してはいつまでも他人行儀な態度であり。失礼な態度は相変わらずどころか、デブだの、やかましいだの失礼な言葉を投げつけられた。そのあまり態度と言動に弟が「いい加減にしろやぁぁ」とちょっとキレたけど。当のアルゴは
「言いたいことは全部言ったし、まぁ、あとはどうでもいいよ~。お母さんが失礼だからみんな、俺が怒ったり、傷ついたりしてるかもって心配みたいだけど。てか、お母さんの無礼ぶりなんて、俺にとっては屁でもないから。ベイビー、俺はゲットー育ちのストリートキッズだったんだぜ?頭おかしい失礼な人なら、彼女以上の人を知ってるしさ。それに、多分だけど、お母さんは俺が絡むの、そんなに嫌じゃないと思うんだよね~。お母さんにズケズケ物を言えるのは俺だけみたいだしさ~。というかさ、お母さんは俺に対して、日本特有のあの”察して文化”を強要したいみたいだけど、俺、アメリカ人だしぃ、何も言わずに気持ちをさっしろ、なんて無理だし、無駄むだむだぁぁぁ。あはは~」
と、またもジョジョの名言(?)を交えながら、いつものお気楽なアルゴに戻っていたので、昨日のドラマは……というか、これまでのドラマは一体……と私は茫然とした。そしてこの人のポジティブぶりを私も学ばなければならぬと改めて決意した瞬間でもあった。
こんな風に懐が深いというか、いつまでもグチグチ言わないところはアルゴの美点でもあるので、まぁそうか、ならいいよ、ということでこの対面劇は幕を閉じるのである。
長々とお付き合いくださってありがとうございます。
こんな感じで私とアルゴの絶縁は完全解除?され。その後、コロナの始まる前に3回目の帰国をしたのが今のところ最後の帰国で。ちなみにその3回目の時は、普通に実家に戻りましたけれど、相変わらず母親はひどく無礼で、それを全く意に会しないアルゴとの間で私がヤキモキしたわけですけれど、それはまた別のお話。
3回目の帰国は、いとこの結婚式への出席がメインだったのですが、日本の結婚式を経験したアルゴのお話をまたそのうち書こうと思っています。
(終)
ちなみにこちらが、LUNASEA のデジャブです。最近、SPOTIFYは歌詞も出てくるので良きですよね。
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