アルゴ、ラスボスと対面ス(2)
【前回までのあらすじ】夫アルゴが黒人であることことから、10年、母親から絶縁されていた私。周囲からの説得もあり夫を連れての初帰国をするが母親は、夫に会うこと、夫の実家訪問および滞在を絶対拒否。それから2年後。今度は「実家に帰ってこい」と夫と共に実家への滞在を許され、24時間ほどの旅をして、実家に到着したものの……
東京からついた私たちを妹が空港まで車で迎えにきてくれた。甥っこ、姪っこを連れて。私たちは車で1時間ほどの実家へと向かった。
そして実家に到着。妹と私は顔を見合わせた。
なんと。家は真っ暗。実家は田舎であり、デカい。玄関に入るための木の門扉があり、お客さんが来る時はそこが開け放してある。が、木の扉もがっちり閉じられ、外灯すらついていない。妹は、あれ?どうしたんだろ、と言いながら合鍵で玄関を開けた。家の中に入ってもだれもいない。
「ふっざけんな!!!」叫んだのは私である。まだ小さかった甥と姪は私の声にびっくりし、アルゴの足にしがみついた。妹が何度も母の携帯に電話をいれてみるが出ない。
「中に入って帰りを待とう」という妹の言葉に従って、私は荷物を下ろした。そこにアルゴである。
「いや、家の主がいないのに上がり込むなどという失礼なことはできないから、俺はこのまま外で待つよ」
「いや、実家だし。気にすることないからあがりなよ」と私と妹は言ったが、アルゴは断じて動かない。しまいには、玄関前の木の扉の前に座り込んだ。
私はもう情けないやら、申し訳ないやら、怒りの気持ちやらがこみ上げてきた。同時にそんなに意固地になることもないのにとアルゴに対してもイラついた。長い長い旅で疲れていたのだ。私はアルゴをなだめようと謝ったり、とにかく入ろうと何度も言ったけれど、アルゴは聞く耳を持たなかった。
アルゴは彼にしてはとても珍しく、静かに、とても静かに怒っていたのだ。怒りのあまりに「度を忘れること」を忘れるほどの怒りに包まれていた(ちなみに普段怒る時は、叫び、泣き喚き、非常にやかましい)
当たり前である。自分から招いておいて、こちらは帰宅する日付、時間をこまめに連絡していた。妹も同じく。なのに家を空けるとは……?しかも母親は私たちの旅程を知っている。どれだけの長旅をしてここ(実家)にたどり着いたのかを。しかもアルゴにとっては、初対面の人、初対面の家の人なのである。失礼極まりない。
ちなみにアルゴは、スーツ、ネクタイ、とびきりのよそ行きの靴を着用していた。決して失礼がないように、と。もちろん、アルゴは妹夫の結婚へ至る道までの苦労を知っていたが故の正装である。
結局、私はアルゴに付き合い、外に座り込んで母親の帰りを待つことにした。5歳だった姪がしきりに「アルゴさん、りんごちゃん。さむいよ、かぜひくよ。いっしょにバァバのおうちにはいろう?」と何度も言ってくれた。
妹は思いつく限り、あらゆる人、場所に電話をかけ母の居所を探すと同時に、前回の帰国でアルゴと仲良しになったいとこに電話をかけた。いとこは、『ほんなら俺のおうちにおいでよ、それとも俺が外に出てどっかで飲んで待ってる?でも疲れてるだろうからうちでゆっくりしなよ。それがいいよ』とまで言ってくれたが、アルゴは、「いや、この日、この時間に来ると伝えてあるのだからここ以外の場所に行くのは失礼にあたるからここでまつ」と言った。年末の誰しもがくっ そ慌ただしい時期に、である。
勘弁してくれよ……私は半泣きになった。すごく仲良くなったいとこの家なら行くかも、そこで待つっていうかもっていう淡い期待があったのだが「いや!今回の帰省はお義母さんに会うために来たのだし、ようやく実家に来ても良いという許可が出たのだから、それをないがしろにすることはできない」(キリッ)
キリっとすんのはいいけど、キリッじゃねぇよ。
いやもう、むしろないがしろにされまくられているのだから、そんな義理堅くなんなくてよくね?あなた、アメリカ人よね?もっとこう、フランクっていうか軽い感じじゃないの、一般論的にはさ?普段、極寒の地に住んでいる我々であるが、日本の冬だって十分寒い。しかも我々は長旅の疲れというものもあった。
ちなみに弟には連絡できなかった。『お兄ちゃんに話したらきっとガチ切れして、もう今すぐうちにこい。ババァ、許さん!会わんでよし!って本当にすごい怒ると思うから、事が落ち着くまで待とう』というのが妹の提案で、私もそれに同意した。
そもそも私と弟はものすごく仲良しであり、前回の帰国の折、アルゴと互いの謝罪を含めたいわゆる、腹を割った話なるものをしてからは「義理の兄(弟の方が年上なのだが)を傷つける人間は絶対に許さぬ」と熱い決意を日々語るような有様だった。妹の結婚時にも失礼極まりなかった母親にガチ切れ、ガチ切れた挙句なぜかドアをパンチし、自分(弟)が大けがをしたというエピソードもある。
「ファック、ファック、ファァァァァっく!!!クソばぁぁ。まじ、くそぉぉぉぉぉ!!!」と叫ぶ私にアルゴは
「自分の母親に対してそんなことを言うな。子供たち(甥・姪)もいるんだから言葉に気をつけろ」とだけ言うと黙りこんだ。
そんな!正論だけれども!そんなこといっても、こんなん、クソババァ、クソ、以外に何といえと!(叫)
昔、歴史の教科書で「憤死」という言葉を見た時、『ぷぷっ、怒りのあまり死んでしまうとかギャグじゃんwww』と思ったものだが、その時の私は憤死しそうな勢いだった。すまんな、グレゴリウス7世(カノッサの屈辱で憤死したローマ法王)
そんなこんなで我々は結局、寒空の下、母親の帰宅を2時間ほど待った。24時間かけ、北米の街から、日本、しかも九州の果てにまでやってきた実の娘とその夫。自ら招待しておいて、いざ尋ねてみれば不在。そして母親は帰宅してきたのである。
「あ、あ、あ、アホかーーーー!!!」
お前、いい加減にしろよ(苛 x100)と私の口の悪さにアルゴは本気で怒ったのだが、私にはもうそれしか言葉がなかった。
母親は、タクシーの運転手に支えられるように、フラフラしながらタクシーを降りた。つまり、自分では立てないほど泥酔していたのだ。
更に、ものすごいなんか、阪神タイガースみたいな、永谷園のお茶漬けのパッケージみたいな、とにかくものすごい色の組み合わせの、ものすごい黄色と黒と緑的なのストライプのなんとも言えないワンピース的なものを着ていたからだ。当時の母は60代後半に差し掛かる頃である。ちなみにそれが若い女子に人気、昔のバンキャ御用達ハイブランドのものだと私は後で知り、さらに憤死しにそうになった…永谷園なのに!もうおばぁちゃんなのに!
(参照画像:本当にこんな柄的なワンピースだった)
私自身、大層な人見知りで緊張しやすい性格ゆえ、パーティなぞに呼ばれたりすると緊張しすぎないために少しばかり飲んでからパーティなぞに行ったりすることがある。なので、おそらく(ものすごく好意的に見て)母は緊張のあまり、我々……主にアルゴとの対面……に会う前に少し飲んでいたのかもしれない。と思ったが。
……少し……だ……と?!
いや、それは絶対に違う。だって千鳥足だったもの!べろんべろんに酔っぱらっていて、妹にタクシー代払わせてたもの。タクシーの運転手さんによると、忘年会の会場に迎えに行ったということだった。
ということは、なんだ、貴様。人に帰ってこいと言っておいて、しかも義理の息子(アルゴ)とは初対面なのに。帰省する日にちも時間も知っていたうえで、「あえて」忘年会に行き、そして足腰立たなくなるくらいに飲んだくれ、我々は貴様がうぇ~い!ってなっている時、寒空の下(アルゴのせいで)に2時間も!いることに!なったのだな!!!(叫)
次にクソババァと口に出したらアルゴが真剣に、本気で怒ることが分かり切っていたので、私は唇をかみしめ、こぶしを握り締め、玄関横の石灯篭をガスガス殴りつけた。強固な石灯籠を殴りつけた私の拳には血が滲んでいた。
で、母はどうしたって?
私にも、アルゴにも一瞥もくれず。千鳥足のまま、玄関へとたどり着き。上がり框(かまち)に座り込んでいた。
「おかえり~バァバ。どこいってたの~?バァバ、お酒くさい~。アルゴさんもりんごちゃんもずっと待ってたのよぉ」と無邪気にいう甥と姪にウザ絡みしていた。私たちのことは完全に無視して。
私が周瑜であれば、確実にその場で血を吐き散らかして死んでいたに違いない(しつこく憤死ネタを引っ張るが、周瑜は、三国志で諸葛亮を恨んで血を吐いて憤死した武将)。
だがどうしよう。家主はようやく登場だが、酔いつぶれ、玄関で座り込んでいる。妹もどう声をかけたことかと困り顔であり、私もアルゴも家に入っていいのかどうか戸惑っていた。そんな時、天使のような姪が言ってくれた。ついでに言うと姪っこは本当にかわいらしい天使のような子供なのである。
「ねぇ、アルゴさんとりんごちゃんとみんなであがって、じぃちゃん(父)の仏壇にチンしていい?アルゴさんとりんごちゃんが、バァバを外で待ってたから、みんなまだ、じぃちゃんにごあいさつしてないの」
……天使かよ……(涙)
「あらら~そうなのぉぉ(なんかすごい優しい猫なで声というやつ)ありがとう、おじいちゃんもよろこぶわよぉぉぉ。アルゴさんとりんごちゃんをお仏壇まで案内してくれるかしら?」
と母が答えたことにより、「あ、それじゃ、お邪魔しまス」(スンッ)という事になり、我々はようやく実家へとあがることができたのである。地元に到着してから3時間後のことであった。
アルゴは玄関先でコートを脱ぎ、丁寧に畳んだ後、一礼。「失礼しまス。お邪魔しまス」と日本語で言った後、靴を脱ぎ、揃えてから家に入った。足元に気を付け、畳の縁を決して踏まないように注意しながら仏間へと進んだ。ジョジョ、スピンオフ漫画である「岸辺露伴は動かない」 富豪村の回を読んでいた成果なのである。
ありがとう、岸部露伴。
ついにラスボス(義母)と対面し、付き合うこと16年目にしてついに妻の実家に上がったアルゴ。そこから始まったアルゴと母の韓国ドラマのようなすさまじいドラマっぷりを次回、おとどけしたいと思う。
(続)
ちなみに岸部露伴の漫画の話は、富豪になる村がありそこで家を買うために厳しいマナーチェックが行われる。マナー違反をしないか監視する案内人がおり、少しでもマナー違反をするとペナルティとして命を失うのである。
その3(最終話)です↓
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