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チンクと呼ばれてパーティワゴンに乗る羽目になった話(2)

 これは昔。私とアルゴがボーイフレンド、ガールフレンドだった時の話。理由もなく私がアジア人を蔑称する言葉で呼ばれ、殴られたのでアルゴが激昂したお話(その1)の続き。

 事件の原因である私を置いてけぼりにして、大事件になってしまった。

 私のことだけでなく、自身のことも差別用語で呼ばれたアルゴは、激昂し、そして喧嘩になった。すでに書いているお話の端々で書いているけれど、アルゴは喧嘩っぱやい上に強いのだ。そんなもん、何の自慢にもなりやしないけど。10代初めの頃、ボクシングを習っていたのだけどあまりに狂暴すぎるからという理由でジムを追い出されている。そんな人なもので、胸倉をつかんでから、路上に押し倒し、侮蔑した相手に『そんな言葉を使うんだから覚悟があってのことだよな?何もしてない俺たちに意味もなく侮蔑的なセリフをはいて、絡んできて、はいはいそうですかで済むと思ってるのか』と酷い罵り言葉(Fワード)交じりに怒鳴りつけ、私たちの制止も聞かずに、さらに殴りつけようとした瞬間。アルゴ(と、私たち)はいきなり10人ほどの警察官たちに囲まれた。そして、アルゴは有無を言わず、いきなり警察官たちに殴られた。

 突然の出来事にアルゴを囲んでいた私たちは茫然、アルゴは完全に錯乱していた。

 喧嘩の最中ではあったが、こんな風にいきなり複数の警察官に警告もなにもなく殴りつけられるということはあり得ない事であり、起こってはならないことだ。しかも事のきっかけは、酔っぱらいが一方的に人種差別発言して絡んできたことに端を発している。アルゴはもちろんのこと、その場にいた全員がパニックになっていた。

 私は近くにいた警察官に、関係ないならこの場を離れなさいと言われたので、いや、あなたたちが殴ったのは私のボーイフレンドで、彼が喧嘩になったのはあの酔っぱらいの白人が私のことをチンクと呼んで絡んできたから。彼が私の肩を殴ったから、それを見たボーイフレンドが怒っているの、と説明した。そもそも、ただの酔っぱらいの喧嘩なのになんでこんなに大仰なことになっているのか意味が分からないし、さっさと彼を開放して、と叫ぶように伝えると『逮捕されたくなければ、この場から離れなさい。大体、あんた留学生だろ?面倒が嫌ならさっさと帰りなさい』と言われた。

 何をいっているんだ……この人は……そんなことできるわけないじゃないか。とりあえず、私は一緒にいた日本人の人や他の友人たちにはそれを伝えて、私はとりあえず警察官たちと話してみるから、みんなは帰って。あとで電話する、とだけ言い残して、警察官に取り押さえられ、果ては拳銃まで突きつけられていたアルゴのそばへと走った。

 帰ってといったはずなのに、アルゴの友人であるアントンはなぜか私と一緒にいてくれた。『あんな風になったアルゴを鎮められるのは彼のママがあなたしかしないけど、こんなとこで、こんな状況であなた一人だけを残して帰るなんてできないよ』と、なんだか漫画の主人公のようなセリフを言って一緒にいてくれたのだけど、アルゴと違ってアントンはとても真面目でトラブルのトの字も知らないほど温厚で優しい人だった。ちなみにアルゴとアントンはPCオンラインゲームがきっかけで仲良くなったゲームオタクの友達なのである。

 アルゴたちに近付こうとしても警官たちに押し返される。グイグイと行っても、帰りなさい、とだけ言われ続ける。これはもうだめだ、と思って私は言った。と、いうか叫んだ。

「そこにいるクソ白人が私のことをチンクと呼んだのがきっかけで彼が怒ったの。白人男は私の肩を殴ったんですけど!そしてそのクソ白人は彼のことも侮蔑した。それが原因なのになんで彼が銃なんかむけられて、地面に押し付けられてるの?こんなの過剰すぎる。ふざけんな。彼が逮捕されるなら私も一緒に行くし、逮捕するってんならすればいいでしょ!!てか、そこの被害ヅラしてるクソ白人を逮捕しなさいよ!」

 当時の私の英語は、出会った当初よりはマシというくらいだったが、アルゴママによく『まだたまにあなたの言ってることがわからないけど、アルゴと喧嘩したりするときのcurse wordsは、はっきり、くっきりわかるわぁ』と誉め言葉にならない誉め言葉を与えられていた。私はパニックと怒りで頭がおかしくなりそうだったけれど、どう考えても過剰でおかしすぎるその状況と、誰も当事者の私の言葉に耳を傾けない事実にcurse words(罵り言葉)を叫びまくっていた。

 で。タイトル。結果、自ら、ほら逮捕しなさいよ!彼のことを今止められるのは彼のママが私だけよ、と言い腕を差し出したので、私は逮捕され、パーティワゴン(逮捕した人を連れていくワゴン車)に乗せられたのである。申し訳ないことに人の良いアントンも一緒に。アルゴは暴れすぎて話にならなかったので拘束器具まで使われ、パトカーに乗せられていた。

 後々になって知った話。

 大勢の警察官たちが、あっという間に私たちを囲んだ理由。ちなみに、馬にのった警察官もいた(信じられない話だろうが、馬にのってパトロールする警察官がいるのである。この街に限らず色々な土地の警察にいます。ヘッダーの写真参照)私たちの騒動が起こる数分前に、警察は911コールを受けていた。

『ストリートに酔っぱらいの黒人がいて、全裸で叫び、暴れまわっているので捕まえてくれ』というもの。

 もちろんアルゴは全裸ではなく、暴れてはいたが、警察に通報されるほどのものでもなく、また喧嘩が始まってから警察官が駆け付けるまであまりにも短時間。おそらく時間にしたら10分も経っていなかったと思う。なので、私たちの件で通報が行ったとは到底、思えなかった(ちなみに、白人男の友人らしき人たちは、アルゴが胸倉をつかんだあたりで一斉に逃げていた)

 そう。完全なる誤認逮捕。別件で現場に向かっていた警察官たちが、たまたまアルゴが白人男に馬乗りになっている現場に鉢合わせし、こいつが!通報の変態男だ!と思い、確認すらしないままに、一斉に殴りかかったという。

 だかそんなことを知る由もない私たちと警察官たち。酔いもとっくに冷めて、私はパーティワゴンに乗せられ、管轄の警察署へと連れていかれたのだった。

(その3に続く)


 

 




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