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K.ai.n No.21
六
目が覚めると体中が痛かった。ゆっくりと起き上がったカインは、腰をさする。その痛みから、地べたで眠ったことを思い出し、昨夜の出来事が徐々に頭に蘇った。
「あの子は?」
昇り始めた朝日が差し込む、薄明るい部屋の中で、少女は静かな寝息を立てていた。その表情は悲しみを堪えているように見える。いや、カインの不安がそう見せているだけで、穏やかな表情のようにも感じられる。
いつになったら目を覚ますんだろう。眠る少女の顔をじっと覗き込んだ。
隣で寝ていたはずのクイナは、もう仕事に出掛けたのだろう、寝床は空になっていた。
涼しい風が窓から吹き抜け、少女の髪をそっと揺らしていく。
その時、少女の瞼がわずかに動いた。あっと思うと、金色の大きな目が開かれ、カインの目と交差した。
安心したカインの顔に笑顔が浮かぶ。
「体調は大丈夫?」
少女はその問いかけには答えず、部屋の中を見回している。
頭上、右、足元、部屋の中の物を一つ一つ確認するように、ゆっくりと。
最後にカインの元へと戻って来る。大きく見開かれたまん丸だった目が、途端に鋭くなった。
驚く間もなく、カインの目の前に少女の頭が飛び出して来る。咄嗟に身を引いた胸元を、強い力で押された。バランスを崩し尻もちをつく。間髪を入れずに胸に足を掛けられ、体重を乗せられた。仰向けに倒れたカインは頭を打たないようにするだけで精一杯だった。
「あなた誰?」
少女が真上から睨みつけてくる。鋭い声にカインの体が強張った。
「私をどうする気?」
「あの、えっと……」
「はっきり言いなさい。私をどうする気なの」
「僕は君を助けようと……」
「本当のことを言いなさい」
胸に置かれた少女の足に更に体重が加えられた。その痛みと息苦しさに、カインの顔が歪む。
緊張に震える手で、カインは必死に少女の細い足首を掴んだ。けれど、上手く力を込められない。胸の上の足は動かせないまま、呼吸がどんどん浅くなる。カインは訴えるように少女を見やった。
涙が滲んだカインの瞳と、睨み続けていた少女の目が交差する。その時、彼女の視線がほんの少し泳いだ。同時にカインの胸に乗せられていた足が床に降りる。
すぐさま起き上がったカインは、少女に背を向け、荒い呼吸を繰り返した。
「あなた、本当に私の味方?」
そんなカインの姿に遠慮することもなく、背後から少女の強い声が飛んでくる。君を助けようとしただけだと、呼吸の合間に、震える小さな声でカインは答えた。何と答えれば信じてもらえるのか、混乱が収まらない頭を必死に働かせるが、案は浮かんでは消えてを繰り返す。
しばしの沈黙の後、また少女が聞いた。
「何者なの?私の目を見て答えなさい」
その声色は、先程よりもいくらか落ち着いていたが、抵抗させない威圧感があり、カインの体は、言われるがままに振り返っていた。仁王立ちした少女と目が合った瞬間に緊張が走る。今度は、問い詰めるように質問を重ねることはせず、黙ったままカインの返答を待っているようだ。言葉を詰まらせながら、届いているとは思えない声量で、カインは自分の名前を言った。少女は言葉を発さずじっとカインを見つめたままで、返答を間違えたのかと不安が募る。
「ここはどこなの」
「あ、えっと……。ここは僕の家。母さんと二人で住んでるんだ」
「違うわ。この場所を聞いてるの。こんなボロボロの家初めて見た。もしかして、商人街の端にはこんなところがあったの?」
彼女は、信じられないといった表情で部屋の中を見回す。
「あの、ここは市民街だよ」
質問の一つ一つに、正しい答えを出そうと、カインは必死に考え答える。
彼女は眉をひそめ、再度部屋を見回すと言った。
「ここは安全なの?」
「あ、えーっと、安全だと思うよ。怖い人もいないから……」
納得できたのか、それともこれ以上話しても無駄だと思ったのか、少女は「そう」と一言だけ発すると、身につけた、彼女には丈の長いクイナのワンピースをいぶかしな目で見ながら、その裾を持ち上げた。家の中を回り、焼き台に掛けられた鍋の中や、流し台を覗き込み、棚に置かれた食器や衣類などを眺めている。
途中、テーブルの前で少女足が止まる。テーブルに置いたままにしていた短剣に気がついたようだ。中央に置かれた短剣を、小さな体を伸ばし、両手で大切そうに柄を握り締めて取った。汚れた刃をじっと見つめ、柄にはめられた宝石を撫でている。
何をするつもりなのか、カインは声もかけられず、ただじっと座って、その行動を見ているしかなかった。
「これ、どうして隠さなかったの?取るつもりだったんでしょ?」
少女が短剣をカインに見せる。
「え、それは、君の大切なものなんじゃないの?取るわけないよ」
カインは立ち上がり、慌てて答えた。変な罪を着せられては困る。
何かに納得した少女は、短剣を大事に抱えたまま、少女はカインの前に戻り、真っ直ぐカインの目を見つめた。
「私、ここでお父様が迎えに来るまで待たせてもらうわ」
「え?」
「いつ迎えが来るかわからないのだけど、よろしくね」
「待って、僕一人じゃ決められないよ。あの、そもそも君は誰?」
「私はラニア。それよりお腹が空いてるの。先にご飯にしてくれない?」
短剣を見ながら話す少女、ラニアの姿に、カインはそれ以上質問をぶつけることなどできなかった。
to be continued……