日本の残されし民より未来の全人類(選ばれし民)へ、シリーズ3. 幕屋の庭の(白い亜麻布の)掛け幕①

日本の残されし民より未来の全人類(選ばれし民)へ、

シリーズ

3. 幕屋の庭の(白い亜麻布の)掛け幕①

『“神に召された一人の偉大な指導者”が誕生すると、奴隷状況にあった一つの民族が解放されて、神の使命に生きる偉大な民族と変わりゆきます。その最初の選びがイスラエル民族にありました』。

神に出会い神の力に加持されたカリスマ的指導者、神の人、モーセの秘密力こそホレブの山での神と顔と顔を合わせての出会いの経験でした。

後に出エジプトしたイスラエルの民はこのモーセを指導者として40年間の荒野生活を通ってきたことは前回のシリーズで学びました。

このイスラエルを導くモーセが常に神と顔と顔を合わせて交わっていた霊的な磁場が幕屋の中の最奥部(神の至聖所)にてでした。

幕屋の庭の(白い亜麻布の)掛け幕 - 牧師の書斎

【聖書箇所】出エジプト記27章9~18節

幕屋の庭は、長さ百キュビト、幅五十キュビト、高さ五キュビトの「撚り糸で織った亜麻布の掛け幕」が張られています。それが意味することは何かを考えます。

1. 白い亜麻布で出来た庭の掛け幕

【新改訳改訂第3版】出エジプト記27章9, 11, ~15節

9

幕屋の庭を造る。南側に面して、庭の掛け幕を、その側のための長さ百キュビトの撚り糸で織った亜麻布を、張る。

11

同じように、北に面して、その長さで、長さ百キュビトの掛け幕とする。

柱は二十本、その二十個の台座は青銅で、柱の鉤と帯輪は銀とする。

12

また、西に面して庭の幅には五十キュビトの掛け幕、その柱十本、その台座十個とする。

13

前面の東に面する庭の幅も五十キュビト。

14

片側に寄せて、十五キュビトの掛け幕と、その三本の柱、その三個の台座とする。

15

他の片側にも十五キュビトの掛け幕と、その三本の柱、その三個の台座とする。

●新改訳では、庭の「掛け幕」と訳していますが、口語訳は「あげばり」、新共同訳・フランシスコ会訳・岩波訳は「幔幕」(まんまく)、関根訳は「幕」、尾山訳は「庭幕」と訳しています。

原語は「ケラ」(קֶלַע)の複数形「ケライーム」(קְלָעִים)。

●この箇所で目立つのは「掛け幕」の長さ、および「柱」と「台座」の数をはじめとして、幕屋の庭には「5とその倍数」が実に多く使われているということです。

「撚り糸で織った亜麻布」を使った「掛け幕」は高さは5キュビト、その長さは南側と北側でそれぞれ100キュビト、そしてそれぞれ20本の柱。西側と東側の幅はそれぞれ50キュビトで、それぞれ10本の柱。

庭の掛け幕は「撚り糸で織った亜麻布」で色は「白」です。

「白」とはいえ、色で染めていないだけです。

ですから、「真っ白」という意味ではありません。

この掛け幕の内側は「神の御住まい」としての場所であり、外側はイスラエルの民(人)が住む宿営の場所です。

この二つは明確に区別されています。

神とともに住むためには、この掛け幕の内側に入らなければなりません。

幕屋全体の中でこの白い亜麻布が使われているのは、この掛け幕と、入口の幕と聖所の垂れ幕、および至聖所の垂れ幕の中に織られる四色(青色、紫色、緋色、亜麻色)の撚り糸の一部、そして祭司が着る服です。

亜麻布の「白」は、汚れなき聖なる方、および、義なる方であるキリストの人性をを表しています。

人となられたイェシュアは、人間が到達することのできない完全な歩みをなされました。

そのことを表わしているのが亜麻布の「掛け幕」なのです。

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