【深読み】川上未映子「桔梗くん」 2/2

つづき。

主人公には桔梗くんとのヒミツの関係がない。それに主人公は結婚もしていて、子どももいる。(こういう場合の、人妻で子どもがいるとかの裏付け設定にどれほどの意味があるのかは、正直よく分からない。)本当に何もなかったんやからそれでおしまいハイ、チャンチャンでええやないかと思われるのだが、主人公は桔梗くんに宛てたこの手紙を書く。主人公もなかなかやりおる。

ところで、手紙?
この時代に、手紙?
なんともノスタルヂックで、センチメンタルなチョイスであるが、リアルバースに照らし合わせてみると妙な違和感を抱くのは俺だけではないだろう。つまり変だ。なんで手紙というメディアがチョイスされたのか。なんで書簡体小説という形式が採られたのか。おそらくこの手紙は桔梗くんに宛てられたものであると同時に、妻の目にも触れることが予想された手紙であったんだろう。

手紙というからにはポストに投函する。投函されりゃあ郵送される。朝、寝ぼけ眼で自宅の郵便受けを覗くのは、桔梗くんとは限らない。たとえ桔梗くんが手紙を無事受け取ったとしても、手紙という不穏な物体は家の中に在り続ける。桔梗くんはヤバいと思って必死のぱっちで隠すだろうが、妻の目に触れないという保証はない。いや、あんなに桔梗くん大好きで神経尖らせまくりの御仁であるから、きっとなんらかの勘的なsomething を働かせて、この手紙を見つけるに違いない。読んだ妻は何思ふだらうか。きぃぃぃぃ、何なのこの女ァ、私の桔梗くんよおぉぉと怒り狂うのであろうか。それは分からないが、どっちゃにせよ気分はすこぶる良くないであろ。

かつて桔梗くんに深い想いを寄せたァ?
一年に一回夢を見るゥ?

桔梗くんをめぐる自分の悪態を淡々と客観的に晒された挙句、「桔梗くん。どうぞお元気で。」で締めくくられる手紙なんぞ読んでて気持ち良いもんであるはずがない。この手紙を送らせてしまった根源が自分にあることも気づかされる妻は、強烈なもどかしさに胃ィも縮まり、手ェも震て、目ェむいてぶっ倒れるくらいのことはあるだろう。あると思います。

この手紙はメールに対する主人公なりのアンサーであった。だいいち、ノスタルヂックなセンチメンタルに駆られた、桔梗くんへのクローズドな手紙やったとしたら、自分と桔梗くんが付き合ったこととか、二人にとってもう知ってる事実を説明的に書くやろか。主人公はこの手紙の読者に、二人の事実を知らない妻も含めたんですね。そう考えると、結びの「どこかにたしかに存在しているのに、でも、どこにも存在していない人にむけて手紙を書く」という文句が、味わい深くなってきますなぁ。

でもやっぱり、「桔梗くん。どうぞ、お元気で。」で結ぶあたり、差出人の主人公も相当キモ座った人やなぁと思うのであります。

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