見出し画像

【深読み】川上未映子「桔梗くん」 1/2

最後に手紙を書いたのはいつだろう。ソサイエティ5.0とかいわれる今、LINEとかメールなら送ることも多いが、手紙となると送った日のことを思い出すだけで言い得ぬノスタルジィに浸ることができる。いわんや、手書きとなればなおさらである。と言っておいて、俺は手紙を、しかも手書きの手紙を、そこそこ書く。大学の頃の先生に転居の知らせを送ったときも一筆したためた。あまり学校に来れていない生徒に必要書類を送るときも、手書きの便箋を同封した。その生徒なんかは、きょうび自分の担任から手書きの手紙なんぞが届いたものだから、驚いて学校にやってきたくらいだ。それくらい手紙は今日珍しいものになっている。

川上未映子「桔梗くんへ」は高校の文学国語の教科書に小説として収録されているいわゆる書簡体小説である。とはいうものの、書かれているのは一通のみ。主人公がかつての恋人に送った一通のみである。往復はしない。元カレ、といっても付き合っていたのは二週間余りで足掛け五年の片思いの相手、である桔梗くんに宛てた手紙である。かつて彼を好きだった頃の自分の気持ちが綴られた後、桔梗くんの妻から送られてきた疑念と中傷のメールについてが淡々と書かれている。手紙の半分以上を占める妻からのメールは、桔梗くんと主人公との不倫関係を疑うがゆえの暴力的なものであった。

教科書に載っているので、教材という観点からこの作品を読むと、やっぱり誹謗中傷は宜しくないので止めるのが宜しいでしょう、言葉の暴力はときに人を殺めてしまうおそれさえありますよということを生徒に改めて気づかせるというのが概ねのポイントになりそうである。しかし、そんなことを言わんでも生徒は分かっている。わざわざ国語の授業でそんなことを採り上げんでも良い。そんなんは携帯電話講習とかなんかでやってくれ。

さて、夫である桔梗くんに這い寄るハニートラップを疑って、会ったこともない人に対し攻撃的なメールを送りつける妻とは一体どんな人物であるのか。たぶん、異常である。何が異常かというと、ハニートラップについての情報収集をろくにせずに桔梗くんの発言かなんかのみから妄想を膨らませて、一方的に攻撃メールを送りつけているというところである。桔梗くん大好きすぎんか。別に夫婦やから大好きすぎて結構だが、それで他人さんに迷惑をかけてしまうようでは宜しくない。大好き失格である。だからメールのやり取りの主導権は妻にしかないわけで、たとえ主人公がヒミツの関係を肯定しようが否定しようが妻が引き下がるとは考えられない。(インファクター、主人公は関係を否定するが妻は「わたしは騙されないから」と聞く耳を持たない。)となると、このメールのやり取りそのものに意味があったのだろうかと逆にこっちが疑念を抱き始める始末である。
一方的な攻撃。「事実無根」の事実に対する「本物」の怒り。「呪い」。
確かに顔の見えない相手への怒りには気をつけなければならない。これぞ教育的意義。

つづく。つづくったら、つづく。

いいなと思ったら応援しよう!