『ゆく年くる年』
◎人物表
東本正源(22歳) 僧侶
米山一心(24歳) 僧侶
門脇浄玄(78歳) 龍翔寺の管長
土方信念(32歳) 僧侶
毛利大道(28歳) 僧侶
東本道徳(60歳) 正源の父
〇正源の夢
病室で父、東本道徳(ひがしもとみちのり)(60歳)の見舞いをしてい
る、東本正源(ひがしもとしょうげん)(22歳)。ベッドの横の椅子に座
り、病室備え付けのテレビを見ている。テレビの画面は駅伝中継。ウ
サギの顔をした人間が走っている。タンクトップにランニングパン
ツ、ジョギングシューズ、胸にはタスキがかかっている。
テレビ実況「さあ、2023区も残り200メートルを切りました!」
ウサギ人間、タスキに手をかける。
テレビ実況「さあ、ウサギがタスキに手をかけた!」
中継所で龍の顔をした人間が手を振る。
テレビ実況「2024区中継所では龍が手を振っている!」
突然、ウサギ人間の足が止まる。
テレビ実況「おっと! ウサギが止まった! いったいどうしたのか!? 残り200メートルを切ったところでウサギの足が止まりました! 脱水症状でしょうか!?」
正源、驚いて前のめりに画面をのぞき込む。
正源「え! 脱水?」
テレビ実況「2023区でタスキが途切れてしまうのか!?」
正源「うわ、マジか…」
鐘の音。♪ゴーン。
〇お寺の中庭(大晦日・夜)
鐘のやぐらで除夜の鐘をついている米山一心(よねやまいっしん)(24
歳)。その横に座って、鐘の数を数えてる正源、居眠りをしている。ノ
ートには正の字が縦に14並び、その下に正の字の途中の三本線。そ
の三本線はミミズがはったような字。
一心「おい! おい!!」
鐘をつく棒から手を離し、正源のもとへ行き頭を叩く一心。
一心「お前、寝てたのか!!」
正源、ハッと目を開け、驚いた表情で
正源「脱水か… ウサギ…」
一心「おい、何言ってんだ? お前今寝てたろ」
正源「あ… いえ…」
一心「ちゃんと数えてんのかよ?」
正源「…はい」
一心「今いくつだ?」
ノートの正の字を数える正源。
正源「七十…三… です」
一心、正源のノートを見る。
一心「おい! なんだよ、この字! やっぱ寝てたんじゃねえか!?」
正源「…」
一心「お前、除夜の鐘の数、数え間違えたらどうなるかわかってんのかよ!」
正源の胸倉をつかむ一心。うつむく正源。
〇寺・境内(一週間前)
「龍翔寺(りゅうしょうじ)一週間前」の字幕。住職・門脇浄玄(かどわ
きじょうげん)管長(78歳)の話を聞いている僧侶四人。門脇管長「今
年の除夜の鐘は参拝客にはつかせず、こちらでやる。一心、除夜の鐘
をついてくれんか」
一心「はい」
門脇管長「107回を31日につき、礼をしていったん鐘のやぐらから出る。そして0時を回って年が明けてから再びやぐらに入り、最後の1回をついて108回。いいね。くれぐれも数は間違えないように」
一心「はい。31日に107回つき、年が明けてから1回、で108ですね」
門脇管長「ああ。頼んだぞ」
門脇管長、立ち上がり、境内を後にする。土方信念(ひじかたしんね
ん)(32歳)が後ろを振り返り一心に笑いかける。
信念「数、間違えんなよ」
一心「え、間違えたらどうなるんですか?」
信念「門のとこの狛犬がわりの龍いるだろ。アレに喰われちまうってよ(笑)。 辰年への年渡しだぞ。粗相があったら龍翔寺の名が廃るだろ」
信念、立ち上がり、一心の肩を叩き退席する。横に座っている毛利大
道(もうりだいどう)(28歳)が一心にささやく。
大道「信念さん、冗談ぽく言ってたけど、結構シャレになんねえらしいよ」
一心「ああ、だから今年は参拝客に鐘をつかせないんですね」
大道「ああ。昔はさ、卯から辰の年越しも参拝客にやらせてたんだって。そしたらさあ、辰年だけこの寺、荒れるんだと。ボヤがでたり、賽銭泥棒が入ったり、住職が大病にかかったり、見習いが失踪したり」
一心「辰の祟りってことですか?」
大道「まあな。それで卯から辰への年渡しだけ、除夜の鐘はこちらで正式にやる事にしたらしい。ほら、参拝客にやらせてたら、108回とか関係なくなっちゃうからさ」
一心「大道さん、詳しいですね」
大道「オヤジが昔、ここの住職やってたから」
一心「ああ… そうでしたね… オレ、大丈夫かな」
大道「不安だったら、正源に数えてもらえば」
一心、振り返り、後ろに座っている正源に
一心「お前さ、除夜の鐘、数えてくんない?」
正源「僕はその時、龍の被り物着て参拝客迎えてますが」
大道「いいよ、それはオレと信念さんでなんとかする。正源、お前数えてやって」
正源「はい」
〇同・鐘のやぐら
正源の胸倉から手を離す一心。
一心「お前、このところ寝てないんだろ」
正源「あ… いや… はい…」
一心「オヤジさん、意識戻ったのか?」
正源「…まだです」
一心「鐘、今73だったな、お前にまかせっきりだったオレも悪かった」
正源「すみません」
再び鐘をつきはじめる一心。♪ゴーン。正源、正の字に一本棒を付け
足し、
正源「74」
黙々と神妙な面持ちで鐘をつく一心と数を数える正源。
××××
♪ゴーン。
一心「今87だよな」
正源「はい」
××××
♪ゴーン。
一心「今99だよな?」
正源「はい、99です」
××××
♪ゴーン。
一心「106だな」
正源「はい、106です」
一心「今何時?」
正源、机の上に置かれた時計を見る。時計は11時58分頃。時計の
横に置かれたスマホを手に取り、117をダイヤルする正源。
正源「11時58分40秒です」
ほどなく鐘をつく一心。♪ゴーン。
一心「よし、107」
正源「はい」
二人、目を合わせ、うなずく。礼をしてやぐらを出る一心。それに続
き立ち上がり、礼をして、机を抱えやぐらを出る正源。中庭では太鼓
の音に合わせてカウントダウンが始まる。参拝客が声を上げる。「ジ
ュウ、キュウ、ハチ、ナナ…」突然、入口の方から龍の格好をした人
間がやぐらに向かい走ってくる。「ロク、ゴー、ヨン…」やぐらの入
り口に立っている一心と正源を突き飛ばしやぐらに入る龍。
〇境内(11時59分)
「11時59分」の字幕。お経を唱えている門脇管長。座っている座
布団の横に正の字が書かれたノート。お経を唱えながら鐘の数を数え
ている。鐘が鳴りやみ、お経をやめる。ノートで数を確認。
門脇管長「いかん、106じゃ、一つ足りん…信念、ちょっと来てくれ!」
〇門(11時59分30秒)
「11時59分30秒」の字幕。寺の入り口で龍の被り物を着て、参
拝客を迎えている大道。そこへ信念が走って来る。
信念「大道! 数が一つ足りねえ! その格好で行って、一つつけ! パフ
ォーマンスって感じで!」
走り出す龍の格好をした大道。その大道を追う参拝客。「え!待って
~」「なんだなんだ~!」
〇同・鐘のやぐら(11時59分57秒)
「11時59分57秒」の字幕。龍が棒の綱をとる。参拝客のカウン
トダウン「サン、ニイ、イチ…」龍、鐘をつく。♪ゴーン。参拝客から
歓声があがる。やぐらの外で呆然とする一心と正源。
一心・正源「…え?」
龍の被り物からチラッと顔をのぞかせる大道。
大道「間に合ったかな?」
観客の後ろからやぐらの3人をみつめる信念。
信念「間に合った」
境内からやぐらを眺める門脇管長、微笑む。
××××
龍の被り物をかぶった大道、再びやぐらを出る。一心と正源とすれ違
いざまに龍の被り物から顔をちょこっと出して
大道「鐘、一つ足りなかったんだよ。もう大丈夫だから。あと一つ」
大道、去る。一心、正源、やぐらへ入る。一心、最後の一回をつき、
正源を見てかすかに微笑む。
〇病室
「2024年1月2日」の字幕。病室で父・道徳の見舞いをしている
正源。ベッドの横の椅子に座り、テレビを見ている。テレビの画面は
駅伝中継。
テレビ実況「さあ3区も残り200メートルを切った! 卯野がタスキに手をかけた! 中継所ではエース龍川が手を振っている… おっと卯野が止まった! どうしたんでしょう、突然卯野の足が止まりました。脱水症状か…」
正源、驚いて前のめりに画面をのぞき込む。
テレビ実況「フラフラと歩き出した。残り30メートル!」
正源「がんばれ…」
テレビ実況「卯野、必死でタスキを持った手を伸ばす! 龍川にタスキが… 渡った! 3区から4区、タスキがつながりました!」
正源「よし!」
大きな声に反応したのか目をあける道徳。
正源「あ… オヤジ… オレだよ、わかる?」
まばたきをして、ゆっくり正源を見る。
正源「オヤジ…」
〇お寺
参拝客を間をくぐり抜け、お寺の門を駆け抜ける正源。狛犬がわりの
龍の石像が早春の日を浴び、キラキラと光る。
【完】
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