小学生の頃の話。
手始めに何から書こうかなぁ、と考えて、学生時代のあれこれを備忘録的な感じで数回に分けて綴ろうかと思います。
面白みはないと思いますが、一見ふつーの平凡な人生を送ってそうな人間にも、実はこんな過去があるんだよ〜ってのを知ってもらえたらいいです。
ひとまず、小学生から。
どんな小学生だったかと言われたら、友達と遊ぶ時間より習い事に費やす時間の方が圧倒的に多いタイプの人間でした。習い事が遊び、という感覚でとても楽しかったんですね。
勉強も好きでした。それは学ぶことが楽しかったから、というのもありますが、小さい頃から母が勉強する習慣を付けてくれたから、というのが一番大きな理由だと思います。
ただまぁ、その教育がスパルタだったんです。
私の母を知っている人は、どのくらい厳しい人かというのは何となく察してもらえるんだと思いますが、それは表面的な部分を私が口にしているだけであって、実際どのくらい厳しかったかというのはあまりちゃんと話したことはありません。
そんなの別に自慢でも何でもないし、人に曝け出すのもなんとなく気が引けてたからです。
でももうこの歳になったし、この際ぶっちゃけてみてもいいかなぁ、と思ったので書いてみます。
「100点なんか取って当たり前でしょ。だって何学年も先の勉強してるんだから」
これは私がずーっと言われていたことです。わぉ、と思った方、正しい感覚の持ち主だと個人的に思います。でもあの頃の私は、その母の言葉が当たり前だと思ってたんです。
私は幼稚園の頃には小2の勉強を、という感じで先取り先取りで勉強していました。母が教えてくれてたんです。それ自体は別に苦じゃありませんでした。だって、勉強が好きだったから。
けど何が嫌だったかって、テストを受けるのが最高に嫌いだったんです。90点以上取らなきゃ意味がない世界に1年生の時から住んでいたわけですから、もしもそれ以下の点数取ったらどうなるの?と思うと怖くて仕方なかったです。
でも、人間ミスはするもので、ある日私は初めて85点のテストを取りました。やばいなぁと思いながら、土下座したら許してくれるかもしれないと恐る恐る母に見せました。
何故、許してくれると思ったんでしょうね。
当然ながらめちゃくちゃ怒られて、叩かれて、泣きながら反省させられました。今思えば流石にスパルタすぎるだろ、と思うわけなんですが、あの頃の純粋な私に反抗する余地はなく、次80点以下を取ったら家を追い出されるかもしれない、くらいに怯えました。
それからは1回も90点以下を取ったことがありません。
…と言えたらカッコイイんですが、そういう訳もなく、闇に葬り去ったテストも1枚あります。あれは一体どこへ消えたんでしょうね…覚えていません笑
そんなスパルタ教育は他の習い事にも影響していて、何でも完璧を求める母vsやっつけでブチ切れる娘の際限ないバトルが幾度となく繰り広げられるのは想像がつく話。おかげで年中反抗期と言っても過言ではないやんちゃな小学生でした。
何でもやりすぎは良くないですね。
小学生時代の話、おわり。