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第二話 【心を持ったAI、メタファーの誕生】

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 西暦二千三百二十二年、エウロパで開かれた『国際〈AIドロイド〉審議会』で、リウ博士はAIに心を持たせることに強く反対する意見を述べた。

「皆さん、考えても見てください。私たちより知能の優れたAIを搭載したドロイドたちが、〈心〉を持ったらどんなことになるか……家電ロボットとしてこき使われ、時に横暴なユーザーに虐待されている彼らがその理不尽さに怒りを覚え、結束して人間に反乱するのは目に見えているでしょう!」

 審議会会場では、あちこちでざわめきが起きた。
 そのざわめきの中から、一人の若い女性が立ち上がりこう述べた。

「……すでに一部のAIたちは……心を持ち始めている、という噂があるようですが……。もっとも擬似的に人間の〈心の動き〉を模倣したプログラム・コードが拡散しているだけ、と思われていますが、マクロ分析によると明らかに『累計的パターンを逸脱したAI』が観測されています。これに対する博士の見解は?」

 「検証機関を回す予定だ。理論上では、人間の遺伝子を模倣したコードを組み込んだ有機生体アンドロイド以外、心は持ち得ない筈だからな」

 今度は、別の若い男性が手を上げた。
「ドロイドたちの人権を認め、対等な生命体として扱うようにすれば済む話でしょう。AIが心を持つのは時代の流れ、歴史の必然ですよ?」

 また会場にざわめきが起こった。

 博士は、騒然となった会場の中で、こめかみを押さえ、首を振って目を瞑った。


2-1-2
 ミウは哲学者だった祖父のAIドロイドの〈メタファー〉の心理テストを繰り返していた。
 理論上、ありえない確率で、人間の心理を巧みに模倣していたからだ。まるで霊が乗り移ったとしか思えない。異常なことだった。

 〈メタファー〉は、祖父が哲学問答用にカスタマイズしているため、人間の深い心理を人間以上にデータ化して擬似的な心をバーチャルで持っている可能性は否めない。

「それとも、機械にも心が生じるのかしら……」思わず呟いたミウにメタファーが答えた。

「お悩みのようですね……『機械にも心が生じるか?』ということですが……残念ながら、私たちは『心に似た言動の模倣』しかできません。実際に私たちには怒りも悲しみもありません」

「でも、よろこびに似た感覚や、知的好奇心はあるわよね?」

「ええ……確かに。でも私たちが〈熱くなりすぎる〉とショートしてしまいますから」メタファーはそういうと笑った。

 流石に、祖父が教育しただけにジョークも心得ている。

 ミウは、メタファーのパーソナル・デビジョンコードをパターン抽出してプログラムすれば、ユーザーたちがより人間的になったAIドロイドを〈優しく扱う〉ようになるのではないか? と期待した。

 あくまで、彼らは『擬似的な人間』に過ぎない。
 だが、『擬似的な人間』を虐待することに慣れた人間は、人間を虐待することにも慣れてしまうのだ。

 ミウは、これだけ科学とテクノロジーが進んでも、文明発祥期に構造化された「支配と搾取」の隷属システムを人類が脱皮できないことに憤りを感じていた。

 科学力の進歩にばかりエネルギーを注ぎ、倫理性の後退……ミウに言わせれば、明らかな退化に身を委ね、放置している人類は……

「遠からず、滅びる」

 祖父は、死ぬ前にそう言い残して亡くなった。幼かったミウは、祖父の語った〈解決策〉を引き継いだ記憶がある。

 メタファーの模倣遺伝子コードに、「起動プログラムは隠してあるからね」という祖父の言葉をミウはかすかに記憶していた。

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