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繰上返済は『無知は罪』の最たる例

― 知らずに損をする「無知は罪」というけれど ―

夕暮れ時、テレビのニュースが「日銀の金利引き上げ決定」と報じはじめたころ、僕はまどろっこしい書類をようやく整理していた。書斎と呼ぶには狭すぎるリビングの隅っこ。膝の上にはノートPC、横には几帳面とは言えない積み方の書類の山。小学生の息子・蓮(れん)は、いつものようにYouTubeでゲーム実況動画を見ていて、画面に釘付けのはずだが、ニュースの声にちらりと反応したらしい。

「パパ、金利って何? いま上がるの?」

彼の問いを受け、僕は苦笑しながら答えかけたが、その前に妻の声がリビングに響く。

「本当に金利が上がるの? うちの住宅ローン、どうなるのよ…」

いつもの落ち着いた雰囲気とは違い、妻の声には焦りが混ざっていた。たしかに、ニュースでは「景気や物価の動向を踏まえ、政策金利を引き上げる」と言い切っている。先ほどから流れているこの報道に、思わず妻がスマホを手に取り、眉をひそめながらネットニュースをチェックしているようだ。

社会保険料だって毎年上がり続けてるし、給料もそんなに増えないのに…もう家計が持たないんじゃないかしら

いつもはどこかマイペースな彼女だが、こういうときの反応は早い。家のローンは35年で借りているし、返済が増えるなんて事態、考えるだけでもぞっとするのだろう。僕は書類の山から手を止め、笑顔を向ける。

「大丈夫。すぐに大幅に上がるわけじゃないし、ルールがあるから。それに、もし本当にやばくなったら、借り換えとか繰り上げ返済とか対策はあるしね」

しかしその言葉に、妻はふと目を細め、「借り換え? 繰り上げ返済? いったいどれが一番いいの?」と一気に詰め寄ってくる。その流れで蓮は蓮で、「そもそも金利ってなに? なんで上がるの?」と矢継ぎ早に聞いてくる。僕はまるで、家庭内プチセミナーでも開く気分になりながら、テレビをミュートにして家族の方を向いた。


「けっこう危なくない? 今の返済額でも楽じゃないのに、これ以上に上がるなんて…」

妻はそう言いながら、スマホの電卓をいじっているようだ。「0.1%上がったら月いくら増えるんだろう」とか「0.5%なら…」と、頭の中でシミュレーションしているらしい。その横で蓮は「ねえ、利上げってどうしてするの?」とさらなる疑問を投げかける。

「うーん、物価や景気を調整するために日銀が金利を上げるわけだけど、それが住宅ローンには少し遅れて反映される。だから明日から急に返済が増えるわけじゃないよ

僕がそう答えると、妻はホッとしたような顔をする。ただし「増えるのは数か月後ってことでしょ? 結局増えるなら同じじゃないの…」とため息まじりだ。たしかに、その通りかもしれない。何もしないままだと、確実に将来の支払い総額は上がってしまうだろう。少しでも早く手を打つ必要がある……が、僕には考えがあった。

妻は思い出したように言う。

そういえば、この間“無知は罪”って言ってたよね。住宅ローンの繰り上げ返済について。いつも適当に言ってると思ったけど、今回の金利上昇で、繰上げ返済しないとヤバいんじゃないの?

どうやら妻の頭の中では「金利上がる=繰上げ返済すれば利息を減らせる」と短絡的に結びついているらしい。たしかに一般的には、金利上昇が予想されるなら早めにローンを減らすのが王道だ。だけど我が家の場合は事情が違う。それが「無知は罪」という言葉に繋がるのだが…。


まずは妻の不安を和らげるために、僕は「5年ルール」と「125%ルール」を説明し始めた。蓮も「なにそれ?」と好奇心をくすぐられているようなので、簡単な言葉で話す。

いま、変動金利でローンを組んでる人は金利が上がっても、すぐには毎月の支払いが増えない場合があるんだ。それが5年ルール。5年間は返済額を据え置く代わりに、支払いの内訳が利息に多く回っちゃって、元金がなかなか減らない

「5年間は毎月の支払いが変わらないなら安心だけど…元金が減らないとなると、結局、総支払いが増えるんでしょ?」と妻はすぐに気づいた様子。鋭い。僕もうなずく。

「そう、だから5年後に多くの元金が残っていて、そのぶん総支払い額はかさんでしまう。あとその5年が終わったあと、今度は125%ルールが効いて、支払い額が年25%を超えて増えないようになってるんだよ」

「25%以上は急に上がらないってこと? それはそれでありがたいけど、また総額は増えるわけね…」

妻の声は微妙に安心しつつ、やはり将来の支払いが増えるのは変わりないと感じているようだ。蓮は「なんだか5年間魔法みたいだけど、あとで怖いんだね」とけげんそうな顔をしている。


ここで妻は「じゃあやっぱり繰り上げ返済して少しでも元金を減らすのが正解じゃない?」と発想する。普通であればそう思うだろう。金利が上昇するなら早めに借金を減らしておくほど利息負担が減る――これは教科書的な答えかもしれない。

だが、僕はあっさり首を振る。

うちの場合は、繰上げ返済しないつもり。むしろ金利が上がってきたら、借り換えとか他の方法を使う方が賢いと思ってるんだ。少なくとも“早くローンを返す”って方向性にはしない

「え? どうして?『無知は罪』って言ってたじゃない。知らずにほっとくのが罪なら、さっさと返しちゃった方がいいでしょ?」

妻は本当に不思議そうな顔をしている。隣では蓮が「パパはいつもお金の話で難しいこと言ってるけど、今回はほんとにわかんない」と首をかしげている。

そこで僕は「無知は罪と言っても、闇雲に返すことだけが正解じゃない」と前置きしつつ、繰上げ返済をしない理由を整理して語った。
1. 住宅ローン減税の恩恵
• 「年末時点のローン残高に応じて、一定割合が税金から控除される」制度がある。
• 繰上げ返済で残高が減るとその控除額も減る→税金をより多く払うことになる。

2. 団体信用生命保険(団信)が優秀
• 「僕が特定の病気になったらローンがチャラになるし、入院保証もついてる。こんなコスパ良い保険は他にないよ」
繰上げ返済して借金がなくなれば保険の恩恵も消える

3. 投資リターンの方が魅力的
• 「インデックス投資などで3〜5%のリターンが期待できるなら、金利が2%以下のローンを繰上げ返済するより投資した方がいい」
• 妻は「投資ってリスクが…」と呟くが、低金利のままなら投資の方が合理的と説得。

繰上げ返済の経済効果を計算します。難しい話なので読み飛ばしてもOK。内容は僕が繰上げ返済しない理由。

例)借入金額が3,000万円で住宅ローンの適用利率が1%。10年後に300万を一括返済した場合、ローンの圧縮効果はどれくらいになるか?

解)300万円の繰上返済で60万円ほどの利息削減は見込め、かつ3~4年ほど保険効果の恩恵は受けられなくなる(返済期間が短くなる)。

これを投資に回した場合はどうなるか?

例)繰上げ返済分の300万円をインデックス投資に回します。25年間で年率5%のリターンとすると?

解)およそ1,000万円に増えています。

だからね、金利上昇が始まったら、確かに利息は増えてくるけど、それ以上に住宅ローン減税や団信、投資メリットを天秤にかけて考えたいんだ。闇雲に繰上げ返済してローンを減らすのは、僕たちには向いてないと思う

妻はしばし言葉を失っていたが、やがて「なるほど、何となく理解できたかも…。無知だった私は『繰上げ返済しなきゃ!』って思い込んでたけど、実際はもっと複雑なのね」とため息をついた。


そこへ蓮が無邪気な声で言う。「パパ、お金持ちになる? そしたらおこづかい増やしてくれる?」

僕は苦笑しながら頭をかく。「また?すぐお金持ちになれるわけじゃないんだよ。むしろ住宅ローンの金利にヒヤヒヤしながら、いかに借り換えできるか考えたり、社会保険料をどう抑えるか考えたり…いろいろ大変なんだ」

蓮は「そっかー、がっかり」と首をすくめて、またYouTube動画に戻っていく。妻はそれを見て、ふと真顔で呟いた。

無知は罪って、怖いわね。得体の知れない恐怖にとりつかれて、ちゃんと調べもしないうちに繰上げ返済しようとしてた…

彼女の口から出た「無知は罪」の言葉が、なんとなく心に刺さる。たしかに乱暴な表現ではあるけれど、理屈も知らずに焦って繰上げ返済しようとしていたら、もしかしたら我が家は大きな損をしていたかもしれない。

僕は少し笑ってフォローを入れる。

そうだね、でも“無知は罪”はちょっと乱暴かな。知らぬ存ぜぬは人生の有料オプションとでも言おうか…。分からないまま突っ走ると、損をするのは自分だよね

妻もうんうんと頷き、「家計のことも、もっと早く知ればよかった」と自嘲気味に笑う。


「それにしても金利が上がる時代になったら、どうするのがベストなの?」

妻が最後に確認するように聞いてきたので、僕は穏やかに答える。

繰り上げ返済の前に、金利の安いローンへの“借り換え”を考えるべきだと思う。いまのローンより低い金利で借りられるなら、そのほうがトータルでお得になる可能性が高い。頑張って早く返すより、できるだけ低い金利に乗り換えるほうが重要ってこと

そう言って、僕は妻に向かって微笑んだ。無理に繰上げ返済してしまうと、住宅ローン減税の恩恵も少なくなるし、団信の手厚い保険を活用できなくなる。「金利が上がったらとにかく返そう」というのは、知らずに損をする思い込みだ。むしろ金利を低く抑え続け、他の資金は投資や余裕資金として運用する――それが我が家のスタンスで、情報を知らなければ選べない選択肢だろう。

妻は少しほっとした顔で、「うん、わかった。金利が上がるのは怖いけど、あまり慌てずに“ちゃんと調べて動く”のが大事ね」と結論づけた。蓮はそんな話を横耳に「じゃあパパは偉いね」と笑っているが、彼の頭の中では「おこづかいアップ」の夢が膨らんでいるに違いない。未来は本当に裕福になるのか、将来どうなるかは分からないけれど、少なくとも今は「無知で焦る」より、少しでも知識を得て、最善手を考えたいと思っている。

こうして、日銀の利上げニュースをきっかけに、わが家は「繰上げ返済しなくても方法はある」という一つの答えにたどり着いた。もちろん、人それぞれ状況は違うし、繰上げ返済が正解になる場合もあるだろう。けれど僕たちのケースでは、ローン減税や団信、そして投資の可能性を天秤にかければ、繰上げ返済は得策ではないと判断したわけだ。よく言われる「無知は罪」という言葉は、たしかに乱暴かもしれない。でも、知らないで突っ走ったら思わぬ損をしていたかもしれないし、知って動けば未来も変えられる――そんな当たり前のことを、日銀の一つの決定が教えてくれたのかもしれない。


あとがき

実は日本の住宅ローンを借りている人の9割は繰上げ返済していると言われています。僕は住宅ローンが心理的な重荷になることは理解してるので、繰上げ返済は悪でないと思っています。ただ繰上げ返済することのメリットデメリットを考えずに、安易に繰上げ返済してしまうのは、もったいないです。

事実として繰上げ返済しない人の残り1割は、経済的な有効性を理解して戦略的にローンと向き合っています。ここは人それぞれなので、ご自身のマネープランに沿って決めればいいのかと。

ただし住宅ローンの切り替えは検討した方がいいです。金利上昇によって実は大きな銀行ほど競争優位性を持って住宅ローンを提供し始めています。ご自身が住宅ローンを組んだ時と比べると、有利な銀行が変化されている可能性は非常に高いです。

住宅ローンの見直しは無料でできるし、見直し相談したからと言って僕らに損は全くないです。たかが数%だけど住宅ローンは大きな金額なので、一生でみたら自分の資産に大きな影響を与えます。「めんどくさい」で後回しにすると、それこそ大きな損になるので、いち早く見直しすることをオススメします。

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