
なんで副業を法人化するの?
「ねえ、会社員しながら副業って、個人事業主でもいいんじゃないの? なんでわざわざ法人化したの?」
ある晩、夕飯を食べ終わったころ、妻がふと訊いてきた。彼女はハーブティーを啜りながら、少し困惑混じりの顔をしている。
僕は会社員として日中働きつつ、夜や週末に副業をしている。副業とはいえ、完全に“法人化”していて社長の肩書きを持つ。妻からすると会社を作るなんて大がかりだし、設立費用や維持コストもかかるのでは? と心配する気持ちはわかる。
「だって個人事業なら、もっとお金かからず始められるでしょ。起業するのに何十万円もかけるなんて、もったいないと思わない?」
妻はさらに続ける。「ネットでよく見るんだけど、『中小企業の社長は何であんなにお金を持っているの?』とか、『大企業のサラリーマンより生活が豪華に見える』とか。正直不思議だわ。たった一人か二人の小さな会社なのに、なんであんな贅沢できるの?」
僕は苦笑しながらも、「まあ確かに不思議に映るかもしれないね。青天の霹靂みたいに突然金持ちになった経営者も少なくないし。大企業サラリーマンのほうが安定してそうなのに、中小の社長が羽振り良さそう……変に感じるよね」とやんわり肯定する。
そんな僕が“会社員やりながら法人”なんて道を選んでいるのは、税制や社会保険料などの仕組みを考慮した結果。妻にはこれまでも断片的に話してきたが、しっかり整理したことはなかった。ここで改めて話すべきかなと思い、「実は中小企業の社長が金持ちに見えるのも、それなりの仕組みがあるんだ」と切り出す。
「仕組み? うーん、よくわからないけど興味ある。ちゃんと説明してよ」と、妻が身を乗り出す。
そこで僕は、副業を法人化するメリットや、中小企業社長がなぜ裕福に映るのかを、五つのポイントに沿って教えることにしたのだ。
「まず、法人税率はだいたい実効税率で33%くらい。個人の所得税は累進課税で、課税所得が900万円を超えるとそのあたりから大きく増える。それを踏まえたとき、個人で稼ぎまくると所得税率が高くなるんだ」
僕はテーブルに紙を広げ、ざっと税率の表をイメージで描いてみる。

「だから会社員で年収が一定水準を超えると、税率がぐんと上がる。法人であれば固定的に33%くらいだから、一定の収益ゾーンを超えたら『法人化したほうが税負担が低い』ってわけ。だから中小企業の社長は、個人の高い税金を回避してる可能性が高いんだよね」
妻は「へえ、900万円が目安か。確かに、個人の所得が1,000万円超えると税率って怖いもんね……」と納得しかけるが、そのまま疑問も浮かべる。「でも、サラリーマンが900万いったら素直に喜んでもいい気がするけど。どうしてみんなが法人化するの?」
2. 副業個人事業主の社会保険料が意外と安い?
ここで二番目のポイントを挙げる。「会社員と個人事業主の社会保険制度が別だって知ってる? 会社員の給与が増えるほど社会保険料も上がるけど、副業で個人事業主として稼ぐと、そのぶんは保険料には影響しない。だから、給与を抑えて副業収入で稼げば、社会保険料を安く済ませることができるって仕組みさ」
妻は目を丸くする。「副業でどんなに稼いでも社会保険料が変わらないって、不思議…」
「そうだよね。でもこの制度のおかげで、‘課税所得900万円に達しない程度’で給与をコントロールし、それ以上は個人事業主で稼げば社会保険料が増えない。で、法人化すればもっとやり方の幅が広がるってわけ」
妻は「なるほど……それが ‘給料は低く、社長は別枠で稼ぐ’ ってことね。だからあなたも出世を断って所得900万前後をキープしながら副業してたのね。」と合点がいった様子。
「でもそれだけじゃないんだ。僕はホワイトなものしかやってないけど、一般論として、自分の法人から個人のお財布に非課税で資金を得る方法がいくつもあるんだよ。正直グレーな部分もあるので税理士と相談が必要だけど、例えば会社の交際費や社宅化、旅費規定の日当支給、社用車の使用など、経費で落とせるものを駆使すると、個人の課税所得を増やさずに豊かな暮らしを実現できる」
「例えば具体的にどういう方法があるの?」
妻は若干戸惑い気味に言う。
「うんとね、例えば中小企業の社長ってよくベンツに乗ってるでしょ?あれも節税の1つなんだ。中古のベンツなら社用車として認められやすいし、新車の半額に近い金額で購入できる車種もある。その購入費も会社の経費にしてしまうんだ。この方法を使うことで一般的な高級車に何台も乗り換えてるんだよね」
「でも個人のお財布と会社の経費は別なのよね?さすがに生活費を会社の経費にはできないだろうから生活が苦しくならないの?」
「鋭いね。実は代表者貸付という仕組みを使って、会社からお金を借りる形で生活を充実させている社長もいるよ。返済は将来退職金で相殺すればいい、と割り切ってるわけさ」
妻は「え、それって会社から無限に借りられるの?」と困惑する。
「本当は金利を設定しなきゃいけないけど、会社の借入金利が低ければ0%に近い金利で貸せる……なんて抜け道を使ってる例もある。かなりグレーだから僕はやってないしオススメもしないけど、そういうやり方が広まってるのは事実。中には実質的に ‘会社の金は自分の金’ として使う人もいる。それが ‘金持ちに見える’ 理由かもね」
「さらに最後、退職所得は1/2課税みたいな特例があるんだ。だから現役時代には給料を小さく設定して社会保険料を抑え、会社から借り入れを続ける。そして退職時にボーナス的にドカンと退職金をもらい、その金で借入を返済。所得税は退職所得控除を使って抑えられる——こんな流れだ」
「なんだか抜け穴だらけに見える…」
妻は苦笑しつつも「確かにこれなら ‘大企業のサラリーマンより裕福に暮らしている中小企業社長がいる’ のも納得だわ」と感心する様子。
妻はしばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと言った。
「でも、会社作るなんてお金かかるし、手間も多いじゃない? 確かに法人化する価値はありそうだけど。それって個人事業で副業してもダメなの?」
僕はノートを閉じて微笑む。「もちろん、個人事業のほうが簡単に始められるよ。ただ、個人事業主だと社会保険料が会社員としての給与には影響しないけど、法人化することで『給与を低く抑えつつ、法人の利益として積み上げる』という選択肢が増えるんだ。会社の経費扱いになるものも増えるし、将来的に退職金という形で分離課税を活用すれば税金を減らせる——いろんな手段が使える」
「なるほど……だから小さい会社の社長はやたら生活が派手に見えるわけか。下手するとグレーゾーンだろうけど、ちゃんとやれば合法なんでしょうね」
妻は苦笑しながら頷く。正直、中には危ない橋を渡る経営者もいるが、合法的に工夫している人も多い。そこが社会制度の盲点なのかもしれない。
「副業法人を作るメリットは、そういう中小企業の社長と同じ仕組みを使えるってことさ。僕だって会社員一本なら、ある程度年収が上がったら社会保険料や所得税率が跳ね上がるだけだ。実際に毎年当然のように負担が増えてるよね。でも法人で稼げば、いろいろできるんだ……。大きい会社の重役さんに比べても ‘中小企業の社長のほうが裕福’ に見えるのは、こういう仕組みをフル活用してるから、と言えるんじゃないかな」
「わたしも、最初は ‘副業するなら個人事業主でいい’ と思ってたけど、なるほど法人にすると節税がしやすかったり、経費に落とせる範囲が広がったりするのね」と妻は溜飲を下げたようだ。「それにしても、こんな抜け道みたいのがたくさんあるなんて、知らなかった。正直、会社員がバカみたいに思えてくる」
僕は笑い、「まあ、法の範囲内だから悪いことじゃないけど、知らないと青息吐息になる可能性はある。一方で ‘節税や社会保険料を抑える術がこんなにある’ と知ると、社長って得だよね、と映るわけ」と補足する。
妻は「そっか、だから ‘なんであの小さな会社の社長があんなにお金持ちに見えるの?’ って疑問が解けたわ。実際はテクニックや努力もあるだろうけど、仕組みから恩恵を得てる部分も大きいんだね」と納得した様子を見せる。
蓮がゲームをしながら「ぼくも大きくなったら社長になれるかな」と呟くので、僕と妻は思わず苦笑する。「一長一短だからね。法人化にかかる費用や手間もあるし、会社員の安定を捨てて起業すればリスクもある。でも、副業レベルで法人を作って並行するのは、わりとおすすめかもね」と、やんわりアドバイスする。
こうして、「中小企業の社長がなぜ裕福そうなのか」という疑問は、妻にとっては目から鱗の回答となったようだ。会社員として年収を高めるだけじゃなく、社長という立場を得ると税制や保険の仕組みを味方につけることができる——その結果、「金持ち」に見える。
僕が会社員を続けながらも副業で法人を立てた背景には、まさにこうした理由があった。手間や費用はあるが、そのリターンは決して小さくない。
「結局、大企業の社員がすごい給料をもらっても、税金や保険料で見えない出費が多いけど、社長は合法的にそれを最小限に抑えられる仕組みを持ってる、ってことなんだな…」と妻がつぶやく。
「うん、もちろん誠実にやらないと『脱税まがい』になるから自己責任だけどね。でも副業法人には魅力があると思うよ。だから僕は法人化したんだ」
妻は笑みを浮かべ、「わかったわ。あなたが法人を作ったのも道理が通った。グレーゾーンに踏み込まなきゃ、多少の節税は良いことかもね」と手を叩いて納得。
リビングは軽い笑い声に包まれた。蓮は「じゃあぼくも将来、会社員と社長を同時にやろうかな!」と目を輝かせる。僕と妻は目を合わせ、「大変だよ」と笑い返す。
こうして、僕の副業法人化に対する妻の疑問はひとまず解消された。中小企業の社長が金持ちに見える理由——それは、税制や社会保険料を上手に扱えるからこそ生まれる“仕組みの勝利”でもあるのだろう。会社員として働きながら副業法人を作るメリットを、僕自身が改めて再確認した夜だった。
いつもいいね♡を押してくれたり感想をコメントしてくれるフォロワーさんありがとうございます。執筆の励みになります。