マイクロ法人って美味しいの?
テレビの夕方ニュースが「来年度は社会保険料がさらに上昇する見込み」と報じるたびに、うちのリビングには小さくため息が漏れるようになった。妻はスマホでニュースアプリを見ながら、心配そうに眉を寄せて言う。
「ねえ、また社会保険料が上がるって。手取りが年々減ってる気がするのに、こんなに増額されたら家計がもたないわよ……」
たしかに、ここ数年、給料の額面はほぼ変わらないのに、手取りの振り込み金額だけは少しずつ減っている。原因は住民税や所得税もあるけれど、社会保険料(健康保険や厚生年金)だって毎年のように増えている。僕たちのような共働き家庭にとっても、結構なダメージだ。
そんななか、小学生の息子・蓮(れん)が興味津々な様子でテレビを見ている。とはいえ、子どもには「社会保険料」の意味なんてピンとこないだろう。彼が口を開いたのは、まさにその疑問だった。
「社会保険料ってなに? どうして増えるの?」
いつもはYouTubeでゲーム実況ばかり見ているくせに、こういうときだけ耳ざとい。僕は苦笑しながら答えようとしたが、その先に妻からの唐突な質問が飛んできた。
「そういえば、あなた前に“会社員を卒業したら社会保険料を下げられる方法がある”って言ってたけど…具体的にはどうするの?」
彼女はここ数日のニュースを見て、相当焦っているようだ。僕は少し躊躇したあと、意を決して口を開く。
「実は、“マイクロ法人”を立ち上げようと思ってるんだ。自分が社長になって、社会保険料を抑える仕組みを作りたい。もちろん会社員を辞める前提なんだけど…」
妻は驚いた表情で目を丸くする。蓮は「社長? パパ、社長になるの?」と目を輝かせているけれど、妻は「会社員辞めるって、本当? リスクないの?」とむしろ不安げだ。
このエッセイでは、そんなわが家の一場面を切り取りながら、「マイクロ法人を作ることで社会保険料を抑える」というアイデアをめぐる家族の会話と、僕の計画の全容を紹介してみたいと思う。
そもそも、僕は会社員として働きつつ、副業で個人事業を営んできた。いわゆる「会社にバレない範囲の小さな副業」からスタートしたのだが、数年前から売上が伸び始め、「そろそろ本業にしてもいいかもしれない」と感じるくらいの収益になった。
「会社員を続けながらだと、どうしても時間の制約が大きくて、事業を発展させられない。だから会社員を卒業して、個人事業を本格化しようと思うんだよね」
夕飯の食卓で、僕はそう打ち明ける。妻は「共働きじゃなくなるのは怖いわ…」とあくまで心配顔。けれど僕としては、月々の売上が安定しているのを確認済みなので、むしろ「会社にいる時間がもったいない」とさえ思うようになっていた。
そんな妻に向けて、「どうして会社員を辞めると社会保険料を下げられるの?」という核心を説明していく。
「マイクロ法人っていうのは、簡単に言うと“役員が1人か2人程度の小さな会社”を作ること。僕が社長になって、給与(役員報酬)を低めに設定すると、その低い給与ベースで社会保険料が決まるから、結果的に個人の負担を抑えられるんだ」
もちろん法人を維持する費用はかかるし、経理業務などの手間も増える。けれど、うまく運用できれば「社会保険料が抑えられる」「経費処理の幅が広がる」などのメリットが期待できるのだ。
妻は半分納得しながらも、「じゃあ会社員を続けながらマイクロ法人を作れば、最強ってこと?」と素朴な疑問を投げかける。
ここで僕は首を横に振る。
「会社員をしながらだと、すでに勤め先の健康保険や厚生年金に加入してるでしょ? するとマイクロ法人の方では、社会保険には入れないんだ。要は“勤め先の社会保険がメイン”になってしまうから」
妻は「なるほど、同時に二つの社会保険を使い分けるわけにはいかないのね」と合点がいった様子だ。つまり、会社員とマイクロ法人が平行すると「会社員の社会保険→給料に応じた高い保険料」「マイクロ法人→低い報酬を設定しても社会保険に加入できず恩恵なし」という状況になり、狙うような節約にはつながらないわけだ。
「メリットは、大きく分けると社会保険料が抑えられることと、経費計上の幅が広がること。あと法人格があると信用もつく。でも、デメリットや注意点もある。設立費用や法人維持コストがかかるし、あまりに役員報酬を低くしすぎると年金額が下がる。全部合法的な範囲でバランス取らないとね」
そう強調すると、妻はやや安心した顔で「意外とちゃんと考えてるのね…」と呟く。蓮は「パパが社長? なんかカッコいい!」と目をキラキラさせているが、現実はそんな派手なものでもない。会社員を辞めるリスクだってゼロじゃない。
「ねえ、やっぱり会社員やってる方が安定してない? 新しい事業が失敗したらどうするの?」
夕飯が進むにつれ、妻は率直な不安を吐露する。無理もない。ローンもあるし、息子の教育費もかかるのだから。しかし、僕には会社員の枠内で副業を発展させる限界を痛感してきた経験がある。
「副業、結構頑張ってきたでしょ? 今のところ毎月そこそこ利益が出てるし、将来はもっと大きくできると思うんだ。会社員を続けてると時間が足りなくて、今以上の発展が難しい。そこが一番のリスクかな…」
“リスク”という言葉に、妻は少し驚いた顔をする。けれど同時に納得もするようにうなずいた。もしこのまま会社に拘束されて収入が伸び悩むなら、それこそ不安定。逆に独立すれば、自由に動けて収益の伸びしろも大きい――僕はそう信じている。
「まぁ、マイクロ法人の話はもう少し後で動き出すけど、いつかは会社員を卒業する。それで社会保険料を抑えながらうまくやっていければ…って感じかな」
妻は少し考えてから、「わかった。そこまで言うなら応援する」とぽそり。まだ完全には腹落ちしていないかもしれないが、ひとまず僕の計画を尊重してくれるようだ。
ここで思い出したように蓮が口を開く。「ところでパパ、社長になるならお金持ちだよね? おこづかい増やしてくれる?」
そうきたかと僕は苦笑する。まだ小学一年生には“法人”だの“社会保険”だの、難しすぎる。でも「社長」=“金持ち”というイメージだけはしっかりあるらしい。はじめしゃちょーの影響か。妻がプッと吹き出して「あら、それいいわね」と乗っかるので、僕は思わず両手を上げる。
「ちょ、ちょっと待って。社長になったからといって、すぐお金持ちになれるわけじゃないんだよ…。むしろ役員報酬は低く設定して社会保険料を抑えたいんだから、むしろおこづかいは…」
「えーっ! それじゃパパが社長になった意味ないじゃん!」
蓮が拗ねそうな顔をし、妻は楽しそうに「大変ね、社長さん」と茶化してくる。こうしてわが家の小さな団らんは、なんとも微妙な笑いに包まれた。社長=即お金持ち、なんて単純じゃない。それでも、今の働き方を変えてマイクロ法人を作ることが、僕の第一歩になるのは間違いない。
こうして家族内で「会社員を辞めてマイクロ法人を作り、社会保険料を抑える」という話題が大きく盛り上がったものの、最後に一言だけ付け加えておきたい。会社員を続けながらマイクロ法人を立てても、社会保険のメリットは得られない、という点だ。
なぜなら、会社員はすでに勤め先の社会保険に加入しているため、マイクロ法人側で「役員報酬を低くして社会保険料を最小限にする」といった仕組みが成り立たないからだ。せっかくの法人化が“空振り”になる可能性も高い。よほど特殊なケースでなければ「会社員を続けながらマイクロ法人」という選択は現実的じゃない、というのが僕の見解だ。
また、マイクロ法人が誰にでも有効かと言えば、そうでもない。法人設立の費用や維持コスト、会計業務の煩雑さ、そして税法や社会保険のルールを踏まえてバランスを取りつつ経営しないと、かえって損をするリスクもある。あくまで**「副業である程度基盤を作り、会社員を辞めてもやっていける人」向け**の選択肢と言えるだろう。
僕は運良く副業で安定した収益を築けたからこそ、「会社員卒業→マイクロ法人設立」という道を考えている。それでもリスクはゼロじゃない。大切なのは、世の中の仕組みを知ったうえで自分の状況に合った選択をすること。そこだけは、妻への説明でも強調したいポイントだ。
将来、蓮がおこづかい増額を期待して「パパ社長ばんざい!」と唱える日が来るのか、それとも“役員報酬低め”の現実を目の当たりにしてがっかりするのか、今はまだ分からない。現状は年収60万円の資産持ち。
でも、金持ちになる云々よりも、社会保険料を賢くコントロールし、より自分らしい働き方を見つけることこそが、僕にとっての最大のメリット。そう信じて、会社員生活にピリオドを打つ日を少しずつ近づけているところだ。
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