初心者の能鑑賞と舞台裏見学ツアー@横浜能楽堂
ひさしぶりの記事です。
前回が6月1日で、本日7月31日。
noteさんから今月末までに一記事書くと7ヶ月連続投稿ですよ!って通知に背中を押されました。月初と月末に各一本でも毎月更新には間違いない!
ま・じ・で 忙しすぎた。
実母と義父がほぼ同時に入院する事態にてんやわんやに右往左往。。
ようやく落ち着きを取り戻しつつある今日この頃、とっくに梅雨も明けて連日の猛暑。
とか言いながら、美術展こそ出かけてないものの心を潤すアートな体験はちゃんとしました。今回は、横浜能楽堂で「伝統文化一日体験オープンデー」に参加してきたお話。
日本の伝統芸能といえば、能・狂言・歌舞伎の3つが代表的なものでしょうか。
なかでも能はいちばん敷居が高い感じがしますよね。
能面や装束の美しさはあれど、演者の仕舞の所作によって表現される内容も独特な抑揚の謡の情景も、パッと見てわかる、すんなり理解できるというものではない。様式美のオンパレードとでもいいましょうか。そこが敷居の高さなわけですが、だからといって知らないでいるのはもったいない。
少しのキッカケがあれば奥深い世界に分け入っていけるかもしれない。案外好きかもしれない。これは絵画や彫刻だって同じで、どんな世界も自分しだいで開けるのです。
今回の一日体験では、初心者が古典芸能に親しむ機会として、雅楽の調べ、お香のしおりづくり、小鼓や太鼓体験、謡体験や仕舞の鑑賞、そして舞台裏見学ツアーなど盛りだくさんな内容を興味のおもむくままに参加できるものでした。
わたしは「謡体験と仕舞鑑賞」と「舞台裏見学」の2つのプログラムを体験しました。
能の演目「羽衣」とは
謡体験と仕舞鑑賞の演目は「羽衣」でした。
「羽衣」は室町時代から現代に至るまで演じられている古典的名作です。
「羽衣」とは天女が羽織る布で、アラジンなら空飛ぶ絨毯であるところが天女ならこのストールを羽織って天に上る、ということになるでしょうか。
どこでもドアと羽衣があれば縦横無尽に世界を駆け巡ることができますねー。
「羽衣」のざっくりなあらすじ。
三保の松原に住む漁師・白龍が仲間と釣りに出かけたところ松の枝にかかった美しい衣を見つけます。家宝にしようと持ち帰ろうとしたところ、天女が現れて「それがないと、天に帰れない。」と悲しむので、それじゃあ舞を見せてくれたら衣を返しましょうってことで天女は舞を披露します。
謡体験と仕舞鑑賞
「羽衣」を能楽師のあとについて謡ってみる体験。
こちら↓の前半部分です。
うたってはみたものの、ちゃんとできてるかはわからないです、正直。
音の抑揚やひっぱり、溜めの具合によって表現される世界観。
奥深くてこんな一瞬の体験でわかるものではないけれど貴重な体験になりました。
参加者はみんなそれぞれにうたって楽しまれていました。
となりでオットが音程外しまくりなので、わたしは途中から笑いをこらえるのに必死でした!笑
続いての仕舞鑑賞ではこの「羽衣」の一部を鑑賞しました。
「仕舞」とは面や装束をつけないで舞うことだそうです。
紋付袴姿に扇を手にして謡に合わせて舞う姿はピシッと決まっていて美しい。
完全分業制のプロフェッショナル集団
ここで基本的なところを押さえておきます。
まずは能の音楽について。
能の音楽は、謡と囃子で成り立っています。
謡は能の舞いにそえられる歌謡のことでシテ方が務め、囃子は囃子方の鼓や笛により奏されます。
能舞台はシテ(主役)やワキ(シテの相手役)などの謡(台詞や歌)で進行しますが、舞台には登場しない地謡が出来事や風景描写、心情を朗唱します。通常舞台の右端に紋付袴姿で座っている前後4名ずつ計8名編成のいわゆるコーラス部隊です。
もう一つ、超基本的なところで能の舞台を構成する登場人物について。
シテ・ワキ・ツレ・地謡・囃子・後見といった役割があります。
シテは 絶対欠かせない主役です。一曲に必ず一人。
ワキは シテの相手役。
ツレは シテとワキそれぞれの助演者で二人以上登場したり、登場しない曲もある。
地謡は 情景や心情を謡で表現する8名編成の合唱隊。
囃子は 笛、小鼓、大鼓、太鼓の4つの楽器で謡と合わせて情景や心情を表現。
後見は 小道具受け渡し、装束を直す、万が一にはシテの代役など地味に重要。
そしてさらに、これらの役割が完全なる分業体制になっていて
「シテ方」は シテ、ツレ、後見、地謡を担当。
「ワキ方」は ワキ、ワキツレを担当。
「囃子方」は 笛、小鼓、大鼓、太鼓を担当。
興行主・演出家・出演者の役柄を兼ねる「シテ方」には5つの流儀があって、
観世流・宝生流・金春流・金剛流・喜多流です。
能を見たことがなくてもひとつくらいはなんか聞いたことあるかも?
流儀によって謡や筋回し、扮装、演出などが異なるため同じ演目を違う流儀で鑑賞比べをするのも面白いかもしれません。
能舞台の構造について
観客側にせり出した6m四方の本舞台。舞台は9つに区分けして演者の立ち位置や動きの目安になっています。手前左側の柱は「目付柱」といってシテは面の小さな穴からこの目付柱を確認して柱と自分の位置関係を頭において舞っているのだそうです。
舞台正面奥にある老松の描かれたところは「鏡板」と呼ばれ、その昔神が宿る依代として野外で実際に老松があった名残りとも。能楽堂には必ずこの老松が描かれていますが、それぞれの能楽堂で違います。また、鏡板の右側に竹や梅が描かれている能楽堂もあり、横浜能楽堂では老松の手前に梅、右側に竹が描かれた「脇の鏡板」があります。
舞台につながる通路は「橋掛り」といわれ、演技空間にもなります。
この通路は正方形の舞台に対して斜めにかけられていて、通路両脇には6本の若松が植えられています。舞台寄りから一ノ松、ニノ松、三ノ松と呼ばれて演者出入り口である「揚幕」に向かって次第に小さくなっています。
この遠近法の工夫によってこぢんまりとした舞台に奥行きを感じさせる視覚的効果が生み出されています。
いよいよ舞台裏見学
予約時間までカフェで休憩してから一番期待していた舞台裏見学へ。
まずは、鏡板のすぐ右側にある「切戸口」からの景色をご覧あれ!
幅はまあまああるけれど、高さがない。腰をかがめて出入りする感じです。
そして、舞台から客席はこんな感じで見えるのですね↓
こうして見てもこぢんまり。屋根付きの四方形舞台、あの世とこの世をつなぐような橋掛り、神性な鏡板の老松・・・この空間で演者と観客とが場をつくっていくほどよい小宇宙感がいい。
なかなか見られないメンテナンス用の扉向こうの若松と鏡板の裏側。
続いて楽屋を拝見。
舞台側と通路を挟んで演者の支度部屋があります。
まずは、小鼓や大鼓の表皮を乾燥させる小部屋が。
パーーーンッ高音で跳ね返る鼓の音のために火鉢で乾燥させるのだそうです。
この小部屋に続いて細長い支度部屋があって、最後に「装束の間」につながっています。
演目に合わせて用意される装束は開演30分ほど前に着付けの人が前後について着付けられるそうです。装束に触らせていただいたのですが、けっこう張りのある生地で舞台上での美しい着姿にはこの生地の張り感も大切なのでしょうね。
そしていよいよ揚幕のある最終ステージへ!
なんとシンプルな!揚幕は竹竿を手動で上げ下げするのでした。
演者によって幕の上げ方に緩急をつけるそうです。鬼なら急に、姫ならゆるりと。
揚幕からの景色はまさに演者目線。この先は足袋を履いていなければ歩けません。
揚幕の右にある御簾からの景色。舞台の進行や観客の様子を確認する小窓にも、吉祥文様の裂地に房が。房の三色に何か意味はあるのかしら?聞き忘れた〜。
ちなみに、揚幕に使われている五色の緞子は中国の陰陽五行説に由来するものと思われますが、紫(黒)・白・朱・黄・緑(青)が使われます。古来からの年中行事には中国伝来のものが多くこの五色はよく見かけます。
揚幕のある空間の脇には「鏡の間」があります。一畳大の大きな鏡が3枚つながって三面鏡になっていて、そこにシテのつける面が置かれています。
ここは、シテしか座れない。大御所であってもシテじゃないなら座れない。
装束を身に纏ったシテは本番前の緊張感の中、心をととのえ面に一礼して役になりきる・・・という神聖な場だそうです。
残念ながら、三面鏡の写真は見学者がたくさん写り込んでいますので割愛し、面だけを。
漆の円柱型の椅子に座って、全身をうつす鏡に装束姿を映し、一礼とともに面をつける。役に成り切るための一連の所作もまた美しいんだろうな。
面は檜で作られたものが多く、裏は黒い漆で全体が塗られていました。
どんな名人が舞っても面が悪いと台無しだと評されることもあるとか。能にとって命ともなるのが能面。多くは喜怒哀楽をあらわにしない「中間表情」といわれる面は、シテの演技によってあらゆる感情が生み出されてまさしく蘇るものなのかな。
ハマる予感しかない
noteでは西洋美術について書いていこうというのは基本姿勢ですが、じつはじつは古典芸能が好きなのです。
20代前半歌舞伎を観てから西洋美術の端でいつも気になっている。過去には日本画を習った時期もあったし、子どもたちと薪能を見に行ったりしたな。
今でもときどき歌舞伎は観に行っていて、それがために我が娘は日本画・歌舞伎大好き女子、御朱印集めもしたりして家庭内で洋の東西チームに嗜好が分かれてお互いに教えあうような関係になりつつある。
日本の芸術ジャンルとしての絵画・彫刻・建築はもちろんのこと、そこから外れてしまった感のある伝統工芸品もじつのところ大好きでむしろ日常の愉しみとして使う芸術の蒐集はこれからも一生続く。
とっつきにくさはあれど、端で気になっている感覚はむず痒くて仕方ない。
それで古典芸能なら能の世界は深掘り甲斐がありそうだよね、とここ数年の想いが今回の裏舞台見学ではっきりと晴れました。うん、面白いに違いない。
西洋美術のかたわらで、スピンアウト記事としてこんなのもいいかな〜と思っているけれど、需要があるかは知らない。笑
さて、とりとめのない話になりそうなので、今日はこの辺で。
やったー!毎月連続投稿だ!ということで、また更新がんばります。