「純ジャパ」という言葉に思う違和感
Twitterを覗いてみると、たまに目に飛び込んでくる
『純ジャパ』
という言葉。これを見る度に違和感を感じてしまいます。
英語を学ぶ方法と環境は、私が20代の頃と比べるとかなり変わりました。私は幸いにもアメリカ留学と海外赴任を経験でき、この目でアメリカという国を見て感じることができました。
私の恩師が30年も前に贈ってくれた言葉が、今でも真実だなと思います
『これからは「本当の英語」が必要になる。海外へ出て本物の英語を学びなさい』
「本当の英語」って、ただ英語が「読めて、書けて、話せて、聴ける」だけではないはずです。その国を「見て、肌で感じて、実際に現地の人たちと交流して、その人たちの考え方に触れる。」ことなのだと思います。
これがないと、「本当の英語」って言えないのではないか?
ただ英語ができるだけの人でもいいのか。現地に居たことがあるというだけで、共感できることも多くなるはず。
ただ日本語を学んだ人よりも、「ここに居たことあるよ~」という人に対する方が、何倍も親近感が湧かないだろうか?
共感って、ビジネスにも役立たないだろうか?コミュニケーションをもっと円滑にする助けにならないだろうか?
あまりにも英語学習が身近になり、「英語ができればそれでいい」という雰囲気ができているな、なんて思うことがあります。
英語の資格を取ることが至上の目的となり、英語圏の考え方や文化・思考を学ぶということが、二の次になっているのかなと感じます。
「日本でもこんなに英語教材あるのだから、わざわざ海外に行かなくもいいんじゃない」という考え方は、「いろいろなサイトや動画あるのだから、わざわざ観光地に行かなくてもいいんじゃない」という考え方と同じように感じてます。
たぶん、実際にはそうならず「動画やサイトを見たから行きたい」となると思います。
現地に行かないと感じることができないことはたくさんあります。それは必ず英語のスキルを上げますし、英語圏の人たちに対する考え方も変えることになる経験になります。
「本当の英語」を学ぶためには、知識と経験・体験が必要なのだと覚えておきましょうね!
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