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邪道のパイナップル/エッセイ

 一昨日から少し身体が怠いと思っていたが、先ほどから少し体温が上がってきたきがする。
 心なしか悪寒もする。
 おなじ音のおかんでも、母は太陽のように温かい存在なのに、どうして同じ発音なのか。
 ああ、そんなことよりも寒いったらありゃしないから部屋でセーター着ています。

 さて、こんな具合だが、某フリマサイトで商品が突然に売れたので発送しなくてはいけなくなった。
 私は季節外れの深緑色のダウンコートを羽織り、贅沢にも徒歩5分のコンビニへ車で向かった。(私は商品が売れてから24時間以内に発送していますという証明を失いたくない)

 かぼちゃのように空っぽ気味な頭を働かせ、QRコードの手続きをし、美人なコンビニ店員にすっぴんボサボサの容姿を見られる苦行に耐え、私は帰路へとついた。
 美人なのにひとつも笑顔がなかったのは、よっぽど私の容姿がひどくて可哀想になったに違いない。
 ごめんねお姉さん・・・と落ち込んだ数秒後に、「けれども、美人の笑顔一つでもみれたら、頬紅くらいはやるさ!」と意味の分からない文句を言いながら、交差点を右に曲がった。
 こんな支離滅裂なのは、『おかん』のせいだ。
 私は悪くない。

 寒くてしかたないが、家に着いたら庭を抜け、愛猫がたたずむ窓辺に寄り道をした。
 インドカレー屋で突然タンドール窯に投げつけられたナン生地のように窓にもたれる猫は、わたしを見ると目をまあるくして「ぴゃ」と鳴いた。
 すると突然、「声がでかいんだよ!」と後ろから知らない声に怒鳴られたので驚いた。(猫はビクともせずに眠り始めた)
 声の方を見ると勉強が苦手そうな阿保っぽい顔で、とげとげした短髪の男子高校生が自転車に乗って通り過ぎた。
 ぴゃ、と言った愛猫に罪はない。
 声がでかいのはお前だ。

 私は、何だか嫌な気持ちのまま庭を歩いていた。
 そうして暫くしたら、なんとあの男子高校生が戻ってきたではないか!
 しかも、今度は大変嬉しそうに笑っている。
 彼は、自転車で私の家のまわりを結構なスピードで徘徊しながら、やはり何かを叫んでいた。
 そして、私の家の前に再び現れた時に、「なんだよこれ!びっくりだわ。」と言ったのだ。
 何か私の家に驚くことがあったのだろうか?
 最近植えた、オリーブの木が驚異的な速度で成長していることかしら。
 それとも、私があまりにもみっともない姿でいつまでも庭にいるので恐怖を感じたのかしら・・・。

 まだ目の前にいる彼は、他にも何か言いたげだったので、わたしは黙って彼を観察し続けた。
 このとき、私の気持ちは次のセリフへの大きな期待でいっぱいだった。
 自転車のペダルを右足で動かしながら恥じらうような彼と庭の植物に囲まれて胸をときめかせる私は、さながら青春の1ページという様子にも見えたと思う。

 すると彼は、「びっくりドンキーもびっくりするわ、お前!」と言い放ち、続けざまに「めっちゃ、びっくりドンキー!!!」と叫んだ。
 怖い。ちょっと怖くなってきた。
 もしかすると、びっくりドンキーのアルバイトをしていて、店長から是が非でも集客してこいと命令を受けているのかもしれない。
 なにか、償っているのかもしれない。
 それくらい迫力があった。

 そしてこちらを見ると自転車を停めて、「あっくんの家ってどこですかね?」と話しかけてきた。
 ああ、クラリ。
 わたしにとってのあっくんは中学時代の同級生だが、あんたの『あっくん』なんて知るものか。
 まるでずっと前から私と彼は知り合いで、『あっくん』とかいうやつとも長らく仲良くしているような聞かれ方に、本当にクラっとした。
 いい歳の私が、最も輝かしい歳を生きる彼におびえる様子は、まさに現代社会の縮図というか、昨今の大人が感じる不安の風刺画という感じだった。

 ただでさえ動かない頭を懸命にたたき起こし、はあ、と返すのがやっとだった。早く家に入って温かいどくだみ茶が飲みたい。
 それでも彼は私が何か言うのを待っていた。
 またもや青春のページが開かれて、今度は告白の返事待ちをする、手に汗握るワンシーンである。
 しかたがないので、「びっくりドンキー好きなの?」と聞いた。
 すると、彼は真顔で「びっくりした・・・パイナップルです。」と答えた。

 私はもう何年もびっくりドンキーには行っていないが、いつもパイナップルをハンバーグにトッピングしていた。
 これを父や友人から『邪道』と言われるたびに、ひと口食べてごらんと布教したものだった。

 ああ、私と彼は、蛇の道は蛇という関係だった!

 わたしは嬉しくなったので、『あっくん』の家を一緒に探した。
 体中の毛穴が浮くほど寒いし、震えていたが、構わない。

 『あっくん』の家は3軒ひだり隣の大きくて犬をかっている家だった。
 無事に目的地についた彼は深々とお辞儀し、お礼を述べてくれた。
 わたしが「学生生活、たのしんでね。」と伝えると、彼らは笑顔で頷いていた。
 丁寧に御礼ができて偉いねえ、とばばくさい捨て台詞を残してわたしは猫の待つ家へと帰った。

 わたしの同級生のあっくんは色が黒くて健康的で、運動もできるしとても頭が良かった。でも、『あっくん』はヒョロくて、白くて、お世辞にも頭がよさそうな顔ではなかった。ちょっと鼻毛も出ていた。

 学生時代はこうした印象からふるいにかけられてしまう。彼らはそんな厳しい時代をいま生きている。
 大人になれば思う。
 頭の良さや運動神経の高さよりも、死ぬときまで必要とされる人間性が、可愛らしくて一生懸命だったら、最上だと。

 もう、大声で叫んでいた彼のことは、パイナップルで雲散霧消となった。
 今は一刻も早く、温かなどくだみ茶を飲むことが最優先。
 そして、二度と会いませんようにと心からお祈りした。

 みなさん、風邪に気を付けて。





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