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連載② コロナ禍での差別を経験した今だから、ハンセン病問題から学びたい(2)
今年5月、江連 恭弘・佐久間 建/監修『13歳から考えるハンセン病問題 ―― 差別のない社会をつくる』を刊行しました。
編集を担当した八木 絹(フリー編集者、戸倉書院代表)さんに、本に寄せる思いを書いていただきました。不定期で連載します。
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どんな差別があったのか ―― 子どもの存在に心をよせる
読者対象が若者であるということもあり、本書ではハンセン病に関する「子ども」の存在に注目しています。ハンセン病は「癩(らい:ルビ)菌」による感染力の弱い感染症ですが、子どもの時に感染者である親との濃厚接触などで感染し、栄養・衛生環境の悪い中で発病することが多くありました。
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本書12ページで紹介している石山春平さんは、小学校の健康診断でハンセン病であることが判かり、先生から「明日から来るな」と家に追い返されました。それでも翌日学校へ行った石山さんを待っていたものは……。
遠巻きに教室を見たら、僕が昨日まで座っていた席。椅子もなけりゃ、机もない。「なんで席がないんだろう」って言ったら、学校のすぐ近くの子が、「そういや、昨日の夕方、三角ベースをやっている時、校庭で先生が机と椅子を壊して、燃やしてた」って言うのよ。〔…〕
(教室に)先生が入ってきて、僕をみるなり、すごい真っ赤な顔してねぇ、「なぜ来た!」。いきなり棒を持ってきて、「立て」と言って、触ろうとしないんです。〔…〕
憎しみをこめたような押し方で、「お前は、もう来るな。汚い、汚い」ってしきりに言うんだよ。〔…〕突き飛ばすと同時に、スリッパ履いてる足で、僕のお尻をボーンって、蹴ったんだ。〔…〕それが、学校を追い出された時の最後でした。〔…〕
(石山春平『ボンちゃんは82歳、元気だよ』社会評論社、2018年)
石山さんはその後4年間、自宅の納屋に隠れて生活します。農薬を飲んで自死しようとしましたが死に切れず、家を出て療養所に入る決意をしたのです。
これは1950年代に日本国憲法の下で起こった出来事です。1931年にできた「癩予防法」は、新しい憲法ができても廃止されず、1953年に患者たちが猛反対したにもかかわらず、「らい予防法」が成立し、その下で行われた絶対隔離政策は、1996年の法廃止まで、患者・回復者・家族を苦しめ続けました。
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(写真:国立ハンセン病資料館提供)
次は、患者の家族である子どもに向けられた仕打ちです。これも1950年代の初め、姉がハンセン病を発病した女の子は、そのことが学校で知れわたり、いじめの対象になりました。昼食時のお茶ももらえず、トイレにも入れてもらえません。仕方なく学校の近くの桑畑で用を足さなければなりませんでした。担任の教師はそれを見て見ぬふりをしました。のちに自身も発病して療養所に入所した時は、学校でのいじめから逃れられるとホッとするほどだったそうです。(佐久間建『ハンセン病と教育』人間と歴史社、2014年)
親がハンセン病療養所に入所したために、親から離れて暮らさざるを得なかった子どもたちもいました。「まだ感染していないが、これから感染し発病する恐れがある」という意味の「未感染児童」という差別語で呼ばれていました。そうした子どもたちは療養所内や周辺につくられた養護施設で暮らし、その中の「分校」で学んでいました。その子たちを地域の学校に通わせることを、在学児童の保護者や地域住民が拒否し、子どもたちを休校させる事件も起こりました(1954年、熊本市での黒髪小学校事件)。
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『13歳から考えるハンセン病問題 ―― 差別のない社会をつくる』
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本書ではこうした差別の事例を数多く紹介しています。その全てが、日本の歴史の真実の一幕であり、そこには、苦しみ続けた親と子がいます。遠い時代のことではなく、私たちが生きていた、あるいは生まれる少し前の出来事です。現在も続いている差別もあります。本書を通じて、生身の人間の体験の深刻さに触れていただければと思います。
本連載では、次回からは、本書で書き切れなかった、さらに知っていただきたい事柄を選んでいくつか紹介する予定です。
*本稿の初出は、多摩住民自治研究所『緑の風』2023年8月号、vol.278
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◉『13歳から考えるハンセン病問題―差別のない社会をつくる』目次から
第1章 なぜハンセン病差別の歴史から学ぶのか
ハンセン病患者・家族が受けた激しい差別/ハンセン病とはどんな病気?/新型コロナ差別にハンセン病回復者からの懸念/過去に学び、今に生かす
第2章 ハンセン病の歴史と日本の隔離政策
日本史の中のハンセン病/世界史の中のハンセン病/日本のハンセン病政策/日本国憲法ができた後も
第3章 ハンセン病療養所はどんな場所か
ハンセン病療養所とは?/療養所内での生活/生きるよろこびを求めて/社会復帰と再入所
第4章 子どもたちとハンセン病
患者としての子どもたち/家族が療養所に入り、差別された子どもたち/生まれてくることができなかった子どもたち
第5章 2つの裁判と国の約束
あまりに遅かったらい予防法の廃止/人間回復を求める裁判/家族の被害を問う裁判
第6章 差別をなくすために何ができるか
裁判の後にも残る差別/菊池事件 裁判のやり直しを求めて/これからの療養所/ともに生きる主体者として学ぶ
#ハンセン病 #ハンセン病問題 #13歳シリーズ #差別 #人権