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6月5日のお話

これは私たちが暮らす世界とは少し違う世界のお話です。風景や生き物、人間と呼ばれる種族がいることなど、その世界は私たちの世界ととてもよく似ていますが、彼らは何度かの突然変異と文明の入れ替えを経た長い歴史を持っています。

今は一部の人が魔法を使い、多くの人が科学技術を使う時代。人間の居住区にだけ都会の街並みと自然が共存し、その他の大地は荒れ果てている。そんな世界のお話です。

4202年6月5日

誰もが忘れもしないこの日。

世界に、朝が来ませんでした。時計の針は昨日の日の出の時間をとっくに過ぎているのに、日の出どころか明け六つ時の黎明も訪れませんでした。

世界は騒然としました。

どのエリアにも同じように朝が来なかったのです。

しかしそのまる一日後、どういうわけか普通に太陽は登り、空は何事もなかったかのように明るくなりいつもの夕陽を経てそれぞれの地域の地平線へ沈んで行きました。

それからひと月半、あの日、世界に何が起こったのかとさまざまな地域のさまざまな専門家が考え、さまざまな説が飛び交いました。しかしどれも曖昧なもので真実を言い当てるには及びません。そうこうしているうちに、人々の興味もだんだん薄れていき、最初は世界の滅亡や天変地異に備えていた人々も、いつもの生活に戻っていきました。

無理もありません。あの日以外、太陽はこれまで通りに登り、さらにそれは歴史的に観測してきた方向、時間を忠実に守る動きだったのです。しだいに人々は、何だかあの一日の方が全員で夢でも見ていたのかとか、時計の方が一気に狂っただとかと片付けるようになりました。

ところが、それからさらにひと月半の時が過ぎ、四季のある地域の季節が変わった頃。世界中で不思議な病が流行りだしました。

医科学的には全く問題はないのに、さまざまな不調を訴え、しだいに生きることが困難になってしまう恐ろしい病です。ウイルスや細菌が見つかるわけではないので治療薬も作られず、人々は再び、あの太陽が昇らなかった6月5日のことを思い出しました。そうしてこの病の原因を、あの日に求めるかのように、この病をこう呼びました。

不登光症候群。

世界はどことなく重苦しい空気に包まれました。不安と諦めが生活のさまざまなところに忍び込み、少しずつ人々の未来を蝕んでいくようでした。

そんな、誰もがさまざまな治療を試し、挫折する中で、不登光症候群の解明に近づいていた人たちがいました。

魔法使いの一部の学派の人々です。彼らは魔法使いの中でも、人の心に働きかけるコトダマの術を得意とする者たちで、数は決して多くありません。コトダマの術は直接的な効果を得られるものが少なく、浮遊や攻撃などの物理的な魔法の方が人気だったこととその習得の難しさから、なり手が限られていたためです。

彼らは不登光症候群のことを、こう分析しました。

「当たり前の世界が崩壊し、先の見えない時代がもたらした流行病」

誰もが信じて疑わない、明日になればまた朝がくるということが、たった1日でも裏切られてしまったこの世界は、その日を境に、不安定で不確実な存在になってしまったのです。

これまで見えていた未来の輪郭はしだいに曖昧になる、そんな時代が到来し、その時代が連れてきたのが不登光症候群だと、彼らは考えました。

彼らコトダマ派の魔法使いは、世界がこうなる前から、ごくたまに現れる、未来が見えない不安を抱えた人を治癒したり、未来を描きたい意欲ある指導者の想いを強固にするトレーニングをしたり、人間と未来の関係を魔法で取り持っていました。

彼らは言います。

「5月6日以来、私たちの術はさらに重要度を増す時代になった」と。

この年から、コトダマ派の魔法使いたちの旅が始まりました。もともと数が少なく、習得の難しい術なので、そう簡単に各地に育てることはできません。術が必要な人がいる場所から場所へ、彼らは一人でも多くの人を治癒するために移動するしかなかったです。

彼らはしだいにこう呼ばれるようになりました。

放浪の魔法使い。

4204年6月5日は、太陽が昇らなかった日であると共に、放浪の魔法使いが誕生する時代の幕開けでもあったのです。

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