エッセイ 人形について何か 2025/02/12

 人に言える趣味と言えない趣味が誰にでもあると思う。むしろ趣味とは人に言えないモノなのだろう。趣味というカードを使って人間関係を作るのは良い事だ。しかし、趣味というのはその人自身のためのものであるから、別に人に言う必要もないし、必要が無ければ他人も積極的に趣味について聞いてくることはないだろう。

 私は趣味について聞かれた時は、読書やアニメを見ることと言う。趣味がどうとか聞かれるようになるのは、大学生くらいからだったので、そのぐらいでちょうど良い「人に言える趣味」ができて良かったと思う。アニメについてはまだ若干言い難いものがある。相手、特に若い層の聞き手にはそれほど抵抗はないのかもしれないが、アニメを見ることについての逆風を多少なりとも知っていると、やはりアニメが趣味です、と言うのは抵抗がある。

 私にはあまり人に言ったことがない趣味がある。フィギュア集めである。こちらも最近では言いやすくなったが、まだまだアニメよりも言い難い雰囲気はある。一番くじや、ガチャガチャで出てくるフィギュアは幅広く人気があるだろうから、趣味ですといってもそれほど驚かれないのかもしれない。また、万年貧乏である私にフィギュアを買う金はないので、本当にほしいものしか買わない。大体はアニメや特撮の影響で購入したもので、今も部屋に乱雑においてある。

 私は多分人形に魅かれているのだが、人形に好かれる素質も資格も無いのである。人形たちに声をかけようが、返事をされることはない。当然のことであるが、時折、人形たちと会話できる人たちがいる。彼らは色々な形で記録に残ったり、今でも時々話題になるのである。創作作品にも多数登場し、私もその主題を好んでいる。

 「人間に恋はできなくとも、人形には恋ができる。人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生物。という妙な考えが、昔から私の空想世界に巣食っている。」(江戸川乱歩『人形』 『怪談入門』P78 平凡社ライブラリー 2016)

 江戸川乱歩は『幻影の城主』の序文で、上の随筆はつまらないと言っているが、この抜き書き部分だけでも読む価値があると思う。

 私は人形に恋できると思っているが、同時にその怖さと気味の悪さも感じている。子供の頃、家に数体ある日本人形が怖くて眠れない時もあったが、別にそれを捨てようなどと思ったことはない。ウルトラマンや仮面ライダーのソフビでいつも遊んでいたことを思い出す。人形は大切な遊び友達でもあった。兄に気持ち悪いと言われた時は非常にショックを受けた。悔しかったが何も言い返せなかった。そのストレスは、さらに人形への親しみを増加させた。

 しかし、成長するにつれてその人形への親しみは薄れていったように思う。他に移り気の多い人間だった私が、人形への親しみを思い出すようになったのは小説を積極的に読むようになってからだと思う。江戸川乱歩の『人でなしの恋』を初めて読んだ時の感想は、まったく思い出せない。しかし、無意識の中でその主題や文章は渦巻いており、時折読んでは、「あぁ、そうか」と表現のしようのない感情を抱いていたと思う。このエッセイを書く前にもう一度読んでおこうと思って読んだのだが、強く感情を揺さぶられるというよりも、この主題においての傑作であると再認識した。

  感情を強く揺さぶられることはなかったが、ふと思ったことがある。語り手である女性に対してだが、「もっと反省してくれよ」と怒りというより不満が湧いた。懺悔のための語った、とのことだが、もう後悔の念など彼女の中では薄れているのだと思っている。

 去年の夏に買ってあった『人形の怖い話 』(竹書房怪談文庫 2023)を引っ張り出して読んだ。私の中にある人形への恐怖や気味の悪さが揺り動かされるのを感じる一方で、また私は不満を感じるのである。「人形に対してそれはあんまりなのではないか?」と思うことが何度かあった。

 江戸川乱歩のことを国立国会図書館のデジタルコレクションで調べている時、横溝正史も人形について書いているとのことで、『飾窓の中の恋人』も読んだ。話の展開が面白く、この後どうなるんだ? と思いながら読んだのだが、最後が現実的過ぎるというか、私の期待していたモノではなく、これも「人形が少し可哀そうじゃないか? 小説中の人形が少しおいてけぼりになっているのではないか?」 面白く読んでいただけに少し残念だったのである。

 どうにも人形を擁護してしまう。しかし、私は無限の距離を感じるのもまた事実であり(日本人形やいわゆるドールを買ったことが無いのも一つの証拠だろうか)、その不気味さや恐怖を楽しもうとしてしまう残酷さも持っている。何かに対する愛の形など人それぞれだろうが、人形を生命として恋する人々にとっては、「趣味」などとは全く別の愛の形になる。そんな彼らに私は畏敬のようのものと憧れを感じている。

 世間一般ではまだ彼らに対する風当たりは強いだろう。その一方で、非生物の進化が速すぎて、私には人形好きが理想とする世界、少なくとも彼らが喜ぶような世界に近づきつつあると思える。

 どうにも息苦しく、まとまりのない文章になってしまったので、最後に人形愛を主題にしたおすすめの作品を紹介して少し空気を換えておく。

 トワイライトゾーン(ミステリーゾーン)の第4シーズン『人形の家で』(脚本 チャールズ・ボーモント 1963 )は上で挙げた江戸川乱歩の『人でなしの恋』と『押絵と旅する男』とをミックスしたようにも思える主題と話の筋だが、やはり全く別の雰囲気を醸し出している。非生物への愛と別世界というのは共通しているが、『人形の家で』はどこか笑いを誘うようでもあり、ラストは画面から温かみさえ感じるのである。気弱でマザコン気質、仕事も上手く行かず、恋愛のひとつもできないような男と、高嶺の花である見目麗しい令嬢との恋の顛末を気が向いたらご覧になっていただきたい。

 

江戸川乱歩『人でなしの恋』は青空文庫、国立国会図書館デジタルコレクションなどで無料で読めます。

『人形の家で』は私はスーパードラマTVで見ました。今はやっていませんが、またいつか『ミステリーゾーン』は放送されると思います。


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