先任と最先任 せんにん と さいせんにん
曹(下士官)や士(兵)にとって、統合幕僚長(大将)などよりも恐ろしい存在。
外見と口調はまさしく『フルメタル・ジャケット』に出てくるハートマン先任軍曹。「話しかけられたとき以外は口を開くな!」
実際は『愛と青春の旅だち』のフォーリー軍曹のような方たちばかりですよ。
軍隊は階級社会です。自衛隊では大きく区分して幹部(士官)、曹(下士官)、士(兵)に分かれます。
幹部は小隊長から始まり、中隊長、大隊長、連隊長など作戦・戦略級の単位で部隊の指揮を執ったり幕僚として補佐をしたりする立場です。会社で言えば課長、部長クラスですね。
曹は幹部の元で戦術級の指揮を執りながら自ら戦う実働部隊の中心です。係長などですかね。
士は曹の指揮下の元、部隊の大多数を占め戦う者たちです。平社員です。
実際の戦闘行為の中心となる各部隊の曹や士を取りまとめる曹の最高職位が先任上級曹長です。
自衛隊の組織としての最少行動単位は中隊です(人数的には職種によって違いますが、100~200名程度です)。中隊から先任が配置されます。中隊が集まった大隊や連隊では先任が複数人存在します。その中で一番偉い人物を最先任と呼びます。
通常、自衛隊では名前の後に階級を付けて呼びます。例えば「神家1尉」とかですね。ただ、何らかの職位に就いている場合は「中隊長」や「分隊長」などと職位名で呼びます。
隊員が「先任」、「最先任」と呼びかける口調には敬意と親しみが込められます。どんなことも解決してくれる軍隊の生き字引のような存在、指揮官と違い、より近い、そんな存在です。
『深山の桜』の主人公の一人である亀尾は、階級は准陸尉で南スーダン派遣部隊の最先任上級曹長の職に就いています。もう一人の主人公、杉村は亀尾を「最先任」と呼びます。その呼びかけの声は最初はぎこちないですが、段々と親しみがこもってきているはずです。
先任上級曹長に関して『深山の桜』の中では、下記のように説明しています。
現在の陸上自衛隊では、それら陸曹の階級とは別に、役職としての「上級曹長」という制度が運用されている。実際に部隊の指揮を執るのは幹部だが、それとは別に部隊の大部分を占める陸曹と陸士――兵を取りまとめる陸曹の最上位職だ。部隊長が親父――実際に部下からは親父と呼ばれることが多い――であれば、先任上級曹長は母親のような存在だ。もっとも母親といっても、戦争映画のハートマン先任軍曹のような者ばかりだ。将来的には准陸尉という階級がなくなり、上級曹長が役職ではなく階級として運用される予定である。
先任上級曹長は各部隊に置かれている。最上位は陸上幕僚監部に配置されている陸上自衛隊最先任上級曹長であり、それから方面隊、師団、連隊、大隊と規模が小さくなり、最終的には中隊にまで先任上級曹長が配置されている。識別章の中央には、陸上自衛隊の正帽の帽章――桜葉に囲まれた桜星があしらわれている。部隊の規模により識別章の色と上部に付く桜星の数が違う。
南スーダンに派遣されている部隊は、混成部隊で人数は約四百名。派遣部隊の部隊長として一等陸佐が指揮を執っている。配置されている最上位の上級曹長は、南スーダン派遣施設隊、最先任上級曹長――亀尾がその職だ。
亀尾の胸に付いている識別章は、金色地に上部の桜星は一つだ。派遣部隊には数名の先任上級曹長がいる。同じ部隊に複数の先任上級曹長がいる場合、一番上位の者を最先任上級曹長と呼ぶ。
(深山の桜、P13~P14)
上の画像は最先任上級曹長の識別章です。左が制服用、右が戦闘服用です。上記の作中場面では右側の戦闘服用の識別章が付いています。この識別章は作中の重要なアイテムです。
一般の会社では平社員、係長、課長、部長と出世していきますが、自衛隊の場合、士から曹や幹部、曹から幹部への昇任は試験です。
同じ職業軍人としても幹部として生きるか、曹として生きるかを各人は選択しています。
あえて幹部にならない自衛官としての生き方もあるわけです。そんな下士官の誇りの代表が先任上級曹長なのです。
彼らの付ける識別章には、目立たないが与えられた場所で、真摯に任務をこなしている多くの下士官の想いが込められているのです。
※一部の写真は陸上自衛隊HPより引用しました。