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トレランとマラソンは何が違うのか

「トレランとマラソンの違い」ずっとこのテーマについてリサーチしてきましたが、まさに自分が大学院で行おうとしている研究がフランスですでに実施されていました。かなり興味深い内容なのでぜひ原文も読んでみてください。

近年のトレランブームによって、多くのロードランナーがトレランに挑戦するようになっています。しかし、トレランとロードランニングでは求められる能力が大きく異なり、単にロードで速いからといってトレランでも勝てるとは限りません。実際のレースでは、ロード区間ではマラソン経験者が先行するものの、トレイルの登り区間に入るとトレラン特化型のランナーが逆転する場面がよく見られます。では、トレランの特に登りにおいてパフォーマンスを決定する要因は何なのでしょうか?

マラソンのパフォーマンス決定要因

マラソンでは、以下の3つの生理学的指標が特に重要とされています。

  • 最大酸素摂取量(VO2max):身体が取り込める酸素の最大量。持久力の基本。

  • 乳酸性作業閾値(LT):乳酸が急激に蓄積し始めるポイント。持続的な高強度運動に影響。本研究では似たような指標となる換気性作業閾値(VT)が用いられている

  • ランニングエコノミー(RE):一定の速度で走る際の酸素消費量。特にエリートランナーの間ではREの重要性が強調されている。

では、トレイルランニングではこれらの指標がそのまま適用できるのでしょうか?


今回の研究について

今回紹介する研究では、フランスで行われた27km(累積標高1400m)のショートトレイルレースに参加した上級トレイルランナー9名を対象に、事前のラボ測定を基にレース結果との関係を分析しました。

被験者の特徴:

  • 平均年齢 39歳

  • 平均トレラン歴 8.5年

  • 平均練習量 週75km

研究の目的は、

  • 従来のマラソンのパフォーマンス予測モデルがトレランにも適用できるのか?

  • トレラン特有のパフォーマンス決定要因を組み込んだ新しいモデルを構築できるか?

測定項目

体力テスト

  • 最大酸素摂取量(VO2max)

  • 最大酸素摂取量測定時の速度(vVO2max)

  • 最大心拍数(HRmax)

  • 換気性作業閾値(VT, 乳酸性作業閾値の代替指標)

  • ランニングエコノミー(RE)0%(平地):VO2maxの約80%の強度で走行時の酸素消費量

  • ランニングエコノミー(RE)10%(傾斜10%):VO2maxの約80%の強度で走行時の酸素消費量

  • 傾斜10%での最大運動継続時間(持久力指標)

筋力テスト

  • 膝伸筋の最大筋力(MVCCon)

  • 膝屈筋の最大筋力(MVCEcc)

  • 膝伸筋の局所性筋持久力(FI):膝を曲げた状態から最大パワーで伸ばす運動を40回連続で行い、前半5回と最後の5回のパワー低下率を算出。

結果

回帰分析の結果、レースタイムと最も強い相関を示したのは相対VO2max(体重1kgあたりのVO2max)でした。つまり、持久力の基本となる最大酸素摂取量がトレランでも極めて重要な指標であることが確認されました。

次に相関が高かったのは膝伸筋の局所性筋持久力(FI)で、これは登坂時の脚の耐久力を示す指標と考えられます。

一方で、平地や傾斜10%でのランニングエコノミー、VT、最大筋力などその他の項目はレースタイムと有意な相関を示しませんでした

パフォーマンス予測モデルの比較

  • 従来のマラソン予測モデル(VO2max, RE, LT):レースタイムの48%しか説明できなかった(R² = 0.48)。

  • トレラン向けの新モデル(VO2max, FI, RE10%):レースタイムの98%を説明可能(R² = 0.98)。

つまり、VO2maxはトレランでも重要な指標となるがLT(ここではVT)や平地でのランニングエコノミーはそこまで重要ではなく、これらの3つを用いら従来のマラソンモデルではトレランのパフォーマンスは説明できないということがわかりました。変わって、トレラン特有の筋持久力や傾斜10%でのランニングエコノミーを組み込んだ新モデルによってトレランのパフォーマンスはかなりの高精度で予測可能であることが示されました。


考察

新モデルでは、R² = 0.98という非常に高い精度の予測モデルが得られました。しかし、これは被験者のデータをもとに最適な組み合わせを選んだ結果であり、他のレースや異なるランナーに適用できるかは未検証です。今後、より大規模なサンプルを用いた検証が必要です。

また、FI(膝伸筋の局所性筋持久力)の測定方法について、以下の2点が改良の余地があると考えられます。

  • 膝の伸筋が主に使われるのは下りの衝撃吸収時であり、その際の筋の収縮様式は短縮性ではなく伸張性(筋肉が伸ばされながら耐えるように力を発揮する方法)なので測定方法の見直しが必要かもしれない。

  • 登りでは膝ではなく股関節の屈曲と進展によって推進力が生み出されるため股関節の伸展筋である大臀筋を測定したほうが適切ではないか。

また、RE10%がレースタイムと直接の有意な相関を示さなかったのは意外な結果でした。より急な登り(例:20%勾配)でのREを測定すれば、異なる結果が得られる可能性も考えられます

最後に

春からの大学院研究ではこのモデルを改良し、日本の主要なトレイルレースでのパフォーマンス検証を進めていく予定です。研究協力してくれる被験者や企業の皆様、ぜひご連絡ください。

論文: Short Trail Running Race: Beyond the Classic Model for Endurance Running Performance Article in Medicine and Science in Sports and Exercise · October 2017 DOI: 10.1249/MSS.0000000000001467

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