【クリミナル・マインド 9】渇いた牙 – あらすじ
「重要なのは、どんな病気であるかより、
どんな人間が病気なのかだ」
医師 ヒポクラテス
7,400文字ほど。
【感情のトリガー↓】
【哀】届かぬ親切
【謎・怖・解】遺体の咬傷・吐息の正体・獣管理部門
【学】恐水病とは
【哀】自我の崩壊
【緊・綻】ビリビリ棒・体力テスト
【哀】届かぬ親切
白い息がでてくる夕刻、マーケットの近くにある停留所に公共バスが停車する。そこに一人の若い女の子が乗ってきた。そのしなやかな細い両手には、一気にまとめ買いをしたであろう、ぱんぱんな買い物袋を持っていた。たまたま運がよかったのか、この日の乗車数は閑散としており、高校生くらいの少女は——側面を背にして座る——ベンチにお尻を置いた。
荷物を床に置き、両手が自由になったブルネットな少女は、ミニスカートを伸ばせるだけひっぱり、露出された肌を隠そうとする。彼女は自分のななめ左側——バスの後部席のほうに座っている男に、じろじろ いやらしい目で見られていると感じたのだ。まるで裸の女性に興奮を覚えるような淡いまなざしの目、髪みはペタッとみじかく、難しそうな本を開いている二十代くらいの女々しそうな男は、まだ見てくる。
耐えがたい苦痛を感じていた少女は、目的地で停まったバスから急いで降りていった。そこから人気がなくなった自宅のアパートまで歩いていくのだが、なにか、後ろからつけられているような気配を彼女は感じていた。
声をかけられた!——あの男だった。
生理的に受けつけない男から、ある物を見せられた。
バスに置き忘れてしまった——買い物袋。
この男性は少女の素足を見ていたのではなかった。座席の隅みに置かれた荷物のことが心配だったのだ。案ずるとおり、彼女は荷物を置き忘れていった。だから、親切に届けようとしただけ。なのに、その少女といったら、まるで気色のわるい生物でも見ているかのような目つきで、受け取った荷物を手に、そそくさと帰っていくのであった。
困ってる人を助けてあげたという自己満足に浸りつつ、手術をひかえる母親に 「明日、つきそいに行くよ」と電話で伝えた 先刻の男は、自宅へもどる——と、そこに!
突然、道の角で 犬に吠えられ、男はビクッとした。気性の荒そうな犬のとなりには、地べたに座りこんでいるホームレスっぽい男がいる。フードをかぶり、顔がみえないその男は、小銭をめぐんでくれ、と物乞いをしてきた。
優しいその青年は、お金の代わりにバックから出した バナナを渡してあげようと——そのときだった!
フードの男はバナナを掴んでいるその手をつかみ、突如、青年を襲いだしたのだった……。
【謎・怖・解】遺体の咬傷・吐息の正体・獣管理部門
ミルウォーキーの郊外にある森林公園で、だいぶ腐敗の進んだ遺体が三体みつかった。男性ふたりに、女性ひとり。黒人も白人も混ざっているため、人種で殺しているわけでもなく、また、被害者どうしの接点もみられなかった。
ただ、三体とも同じ場所のちかくに埋められていたのと、手足に拘束された跡がみつかったことから、被害者たちを監禁し、ここまでトラックかワゴン車で運んでいたことは、検討がつく。
遺棄現場を確認しに行ったモーガンとジェイジェイによると、このあたりは広々とした公園地帯で、埋める場所は いくらでもあったと言っていた。
なぜ、犯人は同じ場所に遺体を埋めていたのか?
もう一度、ここに訪れて、思い出に浸るためか?
それとも、この場所になにか意味があるのか?
今のところ、被害者たちの死因は不明。その腐敗の進みようから、性的暴行を受けていたかも確認ができない。ゆいつ手がかりとなるのは、その噛み跡だった。
九割は死んだあとに——森の動物たちによって——つけられていたものなのだが、のこりの一割は 人によるものであった。それも、肉片がえぐれるほどに。
この犯人は、噛みつくという行為にフェティシズムを持っているのか?——はたまた、人肉を食うという カニバリズム として、ついた跡なのか?
手口の特徴と、犯行の間隔からして、もうすでに、次の被害者をとらえているかもしれない。その確率は高いともリードは言っている。
いったい、この犯人の目的とは……?
————————。
はじめの方で、高校生くらいの若い少女に、変質者と勘違いされていた女々しそうな男性を覚えておられるだろうか。
名前えは、ラッセル。見た目はたしかに、控えめなストーカーという風体も否めないが、根はとても優しい 思いやりのある好青年である。その彼れは今、うす暗い施設のなかに監禁されている。一畳ほどのせまい檻りが、いくつか並列されており、ラッセルのいる檻りから一〇メートルほど離れたところにも、誰れかが監禁されていた。
声の質からして、女性。それも、四十代くらい?
しかし、正面から右がわの檻りに監禁されているため、ラッセルのところからでは、その風貌までとらえることはできない。
すると、完全防護服を身にまとった男がやってきた!
閉じ込められている女性は、その男に向かって、「その顔を食ってやるー!」と、まるで悪魔に憑依された——エクソシストさながらの——感じで、敵愾心をむきだしにしている。が、防護服の男は、その手に持つ電気スティックを使って、ひるんだ女性をどこかへ連れていくのだった。
次はラッセル。なんと、防護服の男は、彼れの檻りのなかに入るやいなや、その電気スティックで強烈なショックを与えてきた。逆らえないよう脅されたラッセルは、両手を後ろで拘束されてしまい、彼れもまた、どこかへ引きずられていくのだった。
今度の檻りはすこし広かった。だが、拘束された状態では、立つこともままならいといった状況である。すると、となりの檻りとを隔てている壁が、突然、ひらき出したではないか!
メガネをかけているラッセルでも、その奥に なにがいるのかはわからない。ただ、その闇の向こう側には、な に か が確実にいるのだ。だんだん、かすかだったその吐息が聞こえてくる。ハァ…ハァ…という獣らしき息づかい。
ラッセルは、すぐに動けるような状態ではなかった。
——床を這う音が聞こえてくる。
——こっちに向かってきてる。
——襲われる……
勢いよく襲いかかってきたのは——
狂乱に満ちた、あの女性だった……。
————————。
ガルシアによる追跡によって、身元不明だった最初の被害者が特定された。その人物は、ミルウォーキーのトラック運転手をしていた——五一歳の男性であった。しかし、トラック運転手につとめたのは つい最近のこと。それ以前は、動物管理センターで働いていたことが判明した。
主に、野犬の捕獲や、スカンク、アライグマ、コヨーテにキツネなどを扱うような仕事をしていたらしい。
すると、あの天才的な頭脳をもつ—— ドクター・リード の惑星ともいえる膨大な星たちが巡りだす。それは、ピカッと閃めいた!
この犯人は、フェチ や カニバリズム が目的で噛んでいたのではなく、ウィルス に感染させるために噛ませていたのだ。
このウィルスは、発症してしまうと確実に死ぬことがわかっている恐ろしい病気のひとつ——狂犬病、またの呼び名を “恐水病” ——である。
最初の被害者に人の歯形がなかったのは、動物を使って感染させていたため。そして、発症したその被害者を使って、次の被害者に感染させていたのだ。人 から 人 へと……。ただ、発症するまでには時間を要してしまう。だから、被害者を監禁していたのだろう。おそらく、この犯人は サディスト である。
リードの推測は当たっていた。
普通の検視じゃみつからない恐水病を、「脳組織を調べてください」という彼れの指摘によって、確認されたのだった——。
【学】恐水病とは
このウィルスは非常に感染力がつよいために、それを扱う犯人がわにもリスクの高い殺害方法だといえよう。とにかく、悲惨な末路をたどっていくのである。
まずは、風邪のような似た症状ではじまり、噛まれた部位には 痛みが伴ともなうようになってくる。やがて、ウィルスは脳へと進んでいき、脳炎を起こしていく。その脳を侵されてしまえば、けいれん、錯乱を引きおこし、口から泡を吹くようになってしまうのだ。
なぜ、恐水病という名前えなのか?
それは、水や液体にたいして、極端な嫌悪感をいだくことからきている。そのため、脱水症状による幻覚をみるようになり、ついには昏睡におちいって、呼吸が停止する。そして、命を終えるのだ。
おそらく、犯人の身内関係者のなかに、感染による死亡者がいたのではないかということで、ガルシアが発見する。
一五年前、ウィスコンシン州のツーリバーズという町ちで、九歳の少年が恐水病にかかっていた。その原因は、三週間前のキャンプ場で、コウモリ に噛まれていたことだった。ウィスコンシン州では、哺乳類の一二%が コウモリ ということで、感染症の病気としては全米一位を記録しているのだ。
しかし、なぜか死亡したという記録が残っていない。感染したその少年は、病院を出ていったきりで、それ以降、もどってこなかったらしい。少年の父親は、六年前に亡くなっており、母親はベガスに在住している。が、兄がいた。おなじ町ち——ウィスコンシン州のミルウォーキーに。そして、感染していた少年の兄——現在、二八歳のデビッドが働いている職業が——
危険な動物をあつかう専門業者——
だった……。
【哀】自我の崩壊
腕をがぶりとやられたラッセルは、ベッドの上に拘束されていた。そのとなりに置かれているベッドには、あの狂乱に満ちた女性もしばられている。
犯人は、やはり デビッド という男だった。いつのまにか、防護ヘルメットをはずし、その憎々しい面をみせつけながら、どこかへ去っていく。すると、悪魔にとり憑つかれたエクソシストのような女性が、がむしゃらに結束バンドから腕をひっこ抜き、動けないラッセルのもとに飛びかかってきたではないか! また、彼れを襲うのかと思いきや、その女性はベッドを台にして 壁の窓をバリン…と割り、そこから飛び出していくのだった—— 。
どうやら、脱走した彼女には届かなかったようだ。
その背後で必死に叫んでいる、ラッセルの声が……。
僕のも外してくれー! 行かないでくれ——!!
窓から差す わずかな光に照らされながら——
ラッセルは深い悔恨の涙を浮かべていた……。
廃業となった動物管理センターから、四十代くらいの狂乱した女性がやってくる。そこは、昼間の人気なカフェ店だった。そのお店に入るやいなや、カウンターにすわる他の客や店員にむかって、「あの娘はどこ?」——と彼女はつぶやき、突如、咆哮のいきおいで 「返せ——ッ!!」 と叫びだしたのだ!
とうぜん、店内にいる人たちは、みんな、呆然状態。その女の諸相といったら、何日もシャワーを浴びていないであろう ベタベタな髪みに、両眼は赤く充血しており、干からびた唇からは、ぶくぶくと白い泡を吹いているのだから……。
すぐに彼女は通報をされてしまったが、その時にはすでに 店を後あとにしていたのだった。
通報を受けたリードとモーガン、ジェイジェイが現場へ向かう。彼女が次に出没していたのは、子連れの母親がたくさんにぎわう公共の公園広場。いままさに、その広場のなかで彼女は暴走していたのだった。
駆けつけてきた リード と ジェイジェイ が、親子を逃がしているあいだ、モーガン が女性を引きつけている。「あの娘はどこだー! あの娘を返せー!」 と今も錯乱している彼女に向かって、モーガンは止まるように命令する。が、我を失っている彼女は、警告を無視して どんどんこちらに迫ってくる。やむを得なかった……。
弾丸は女性のももを撃ちこんだ。
彼女の狂騒はしずまった。
自分の子どもに会いたかった……ただ、それだけのために必死だっただけ……。その願いがかなわないばかりに、彼女は悲痛のうめき声をあげていた……。
やがて、彼女は病院へと搬送された。その電話を受け、一ヶ月ほどまえに失踪届けを出していた 娘たちと旦那もかけつけた。
恐水病は、発症してから二十四時間以内であれば、ワクチンで助かる可能性があるという——しかし、搬送されていった四十代くらいの母親——リズ・フォーリーは、すでにそれを通りすぎていたのだった……。
【緊・綻】ビリビリ棒・体力テスト
F B I は、リズ・フォーリーを確保した場所から、いまは空き巣となっている動物管理センターをわりだした。ただ、スワット・チームがそこへたどり着くのに五分ほど要すため、行動分析課のメンバーだけで突入することにしたのだった。
獰猛な野犬たちの熱い歓迎を浴びるなか、モーガンとリード、ジェイジェイが施設の奥へと進んでいく。が、明かりのないその施設は死角だらけで、いつ、襲われるか分かったものじゃない。そのため、拳銃にとり付けられた “タクティカル・ライト” で照らしながら、慎重にすすみつつ、閉まっていた扉をあける——と、いたっ! 檻りのなかにいるラッセルのすぐとなりの——完全防具服をその身にまとった——デビッドがっ!
彼は銃弾を避け、逃げていった。すぐにその後を モーガンとリードが追いかけていき、ジェイジェイは ラッセルの救出に尽力する。
モーガンとリードは、拳銃を構えながら「今すぐ諦めて、出てこい」と警告するのだが、彼れからの返事はかえってこなかった——と、そこにっ!
モーガンはひるみ、電気ショックのせいで拳銃を落としてしまった。すると、がたいの良い恰幅をした——デビッドの剛腕がモーガンのからだを捉え、間隔が二メートルほどしかない壁と壁のあいだを、なんども往復するように叩きつけられている! 拳銃をかまえたリードが、デビットのからだを捉えようとするのだが、ふたりの距離が近すぎて撃つことができない。しかたなしに銃をあきらめ、リードも彼れに向かって突進した!——が、その恰幅の良いデビッドはぜんぜん怯みやしない。ぎゃくに彼れの強烈なパンチを、リードの顔面にもらってしまう。その瞬間——起き上がったモーガンが、近場にあった鈍器をつかみ、渾身の力をこめて めいいっぱいにスイングしたっ! それは、デビッドの防護ヘルメットをめがけて、カーンッ!!—という音とともに、倒れこむ。
デビッドは 起きあがろうとしたが、そのときには、すでにリードの拳銃が自分のほうに向けれていた。これで、ようやっと彼れは、逮捕されたのだった——。
————————。
ジェイジェイに救出されていた二十代の青年——ラッセルは、恐水病の発症から二十四時間以内であったため、幸いにも命はたすかるとのこと。これで、事件は一件落着したと思ったのだが…………。彼れらには、F B I の職務更新にひつような、体力テストがまち受けているのだった。その彼れらとは——
ドクター・スペンス・リード と ペネロープ・ガルシア。
そのため、ここ何日かふたりは 陸上競技用のグランドで、ひそかにランニングをしていたのだった。
そして、いざ本番——。
陽光うららかな朝、軽快な身なりにととのえていた リード と ガルシア は、念入りに柔軟運動で からだをほぐしていた。すると——キャップの上にフードをかぶった男がやってくる。競技用のトラックのすぐ近くに引かれた、黄色のラインからはみ出すこともなく、てくてくと両手をポケットにしまって歩いてくる。その偉そぶった、ナルシストふうの人物とは————
デレク・モーガンだった。
リード と ガルシア の、嫌な予感が的中する。
なんと、モーガンによる鬼のような指導が、夕方近くまで続いたのだった。それも、準備していたランニングではなく、うで立て伏せをやらされたと思ったら、けんすい、階段の昇降運動、障害物の反復よことび、なわ跳び……、モーガンの熱い叱咤激励をあびせられながら、終わったときにはもう、ヘロヘロ状態。そんな二人のまえに、モーガンはさらに追いうちをかけようとする。
なんと、これから「三千二〇〇メートル走をはじめるぞ」と言ってきたのだ。そんなことを言われたって、とっくに リード と ガルシア の体力は、底をつきている。すると、ニヤつきながら、モーガンは「そろそろ、ぶっちゃけようかなぁ」と言ってきた。
これはすべて、彼れの楽しみで仕組まれていた ウ ソ 。
そもそも、ガルシアは現場に出ることがめったにないし、リードに関しては、資格更新にひつような現場時間をとっくにクリアしていたのだ。
このあと、モーガンは さんざん二人に追いかけられた挙句、とっつかまって、懲らしめられるのだった——。
【感想】
ということで、結構、僕の感情が誘発されました。なんか、勉強になる要素もあって、「恐水病って、怖っ!」って思いましたね。
ん〜、素晴らしい。さいごは笑顔になります。
だって、一日中、パソコンに張りついている ガルシアのほうが、現場に出ている リードよりも体力があるのですから!
えっ!? どうした、リード?
って感じですよ(笑
「友情は人生の喜びを何倍にも増やし、苦しみを軽くする」
哲学者 バルタサル・グラシアン