【洋ドラ】『ディスカバリー・オブ・ウィッチズ ~第1章 3話~』
◆どんなストーリー?
クレアモント教授とのディナーで自分の気もちにきづいたダイアナ。そんな彼女のもとにコングレガシオンの一味がせまってやってくる。
彼女の身をあんじたクレアモント教授は、じぶんの抑えられない恋心にくっぷくし、ダイアナといっしょにイギリスをはなれて外国へとびたつことを決意する。
◆主要人物
ダイアナ・ビショップ……科学史の研究員。魔女
マシュー・クレアモント……生科学の教授。吸血鬼
ジリアン・チェンバレン……ダイアナの友人。魔女
ミリアム・シェパード……マシューの同僚。吸血鬼
マーカス……若い医師。吸血鬼
ピーター・ノックス……コングレガシオンの一味
サトゥ・ヤルヴィネン……北欧の魔女
ジュリエット……ガーバートの娘。吸血鬼
ガーバート……ジュリエットの父。吸血鬼
ドメニコ……吸血鬼
ナサニエル……悪魔
ソフィー……ナサニエルの妻
アガサ……ナサニエルの母
ショーン…… 図書館のスタッフ
サラ・ビショップ……ダイアナの叔母
エミリー……サラのパートナー
シルヴィア……魔女のリーダー
ヴォールドウィン……?
(ルビなしで約19000字)
◆発動の引金
しずかにスゥスゥ…と眠っているダイアナの美しいからだを、ベッド・ルームの窓から入る秋の陽光があたたかくつつみこんでいる。ヘッド・ボードのついていない質素な脚つきのベッドで、まくらは壁にあたっている。そのすぐ隣りには腰ほどのたかさがある木製のキャビネット、また、壁にかけられた額縁の絵が一枚かざってある。簡易ラックも壁にとりつけてあり、今はあかりが消えているウォール・ライトも付いている。寝室のとなりはリビング・ルームになっており、レース・カーテンをベッド・ルームとの仕切り代わりにしてあった。
ようやくダイアナがめざめだす。毛布を脚でのけて、Tシャツに、デニムふうのレギンスを穿いた彼女はゆかに立ちあがる。天然のそのうつくしいブロンド・ヘアーは、彼女のもつ豊満な乳ふさをかくすにはじゅうぶんのながさがあり、とても誠実てきで、ときに勇ましく、そして、聡明な女性——ダイアナ・ビショップは、きょうも論文のしっぴつを進めるために、ちかくの〈ボドリアン図書館〉をおとずれようとしていた。
カレッジから街ちのストリートへ通じる門衛のところに、身支度をととのえたダイアナがやってくる。デニム・パンツにハイネック・セーター、その上にツイードのチェスター・コートをはおり、長いショルダー・バッグをこしらえて。
ダイアナは、ある人物のシルエットを視線にとらえた。天井がバレル・ヴォールトになっている——アーチじょうのトンネルのような——通路のどまんなかに、背をむけて正面を見すえている長身の男がたっている。インディゴ・ブルーのスーツをまとっており、そのシルエットはあきらかに彼れしかいないと、ダイアナはおもった。ゆうべ、じぶんの手首に深いキスをしてくれた——マシュー・クレアモント教授しかいない、と。
すると、ほかの通行人たちがいきかうなか、道路脇にじぶんの車を停めて、入り口のまんなかに立っている彼れはダイアナの気配にふりかえる。
ダイアナは笑顔をみせた。
「マシュー」彼れのまえでたちどまり、髪みをうしろで結えているダイアナが言った。
マシュー、たしかに彼女はそう呼んだ。じぶんよりも遥かに年上である彼れの名を、ファースト・ネームで呼んだのだ。
ダイアナとの距離がちぢまったことに嬉しさをおぼえつつも、その表情をイチミリも顔に出さずに、ノーネクタイのマシューは訊く。「図書館へ?」
「ええ」
「やめたほうがいい。クリーチャーたちが君を待ちかまえている」マシューはつづける。「だから——わたしと出かけないか?」
ダイアナが返事をするまえに、車道をトコトコ…とヒールの音をてて、マシューのうしろのほうからジリアンがやってきた。「ダイアナ、ちょっといい?」
マシューもジリアンのほうをふりかえる。
ジリアン・チェンバレン。ダイアナとおなじく魔女の種族であり、おなじ大学につとめている友人でもある……であった。ふくらはぎまであるミモレ丈のあかいスカートに、サイケデリックのような派手に色がつかわれている白のワイシャツ、チャコール・グレーのトレンチ・コートをはおり、肩にはショルダー・バッグをかけている。あまり、スポット・ライトをあびたがるようなタイプではなく、ひかえめで大人しそうな華奢な女性。しかし、キャラメル色に染めてある髪みはきれいなボブ・スタイルとなっており、身につけている服装にもこだわりが見てとれる。彼女にも、心のどこかでひそかに目立ちたいという欲求はもっているようだ。
ふたりから二メートルほど離れたところでたちどまり、ジリアンはマシューに気性のあらい猛獣でも見るかのような視線をむけた。彼れのことを恐れているのだ。
ダイアナはマシューに目配せをすると、しぶしぶながらジリアンのほうへ歩をすすめた。
ジリアンが口をひらく。「あのね……このあいだのことを説明させて」
彼女はダイアナに見られてしまっていた。写本のことでしつこくダイアナをつけまわしていたピーター・ノックスという中老の男が、じぶんの自宅のリビングにいたところを。
「あなたが話したのね」怒ってる顔でダイアナが言った。
「シルヴィアに話したの。ウソをつけなかった」
「信じてたのに」
「あなただって……」けげんな顔をしてるダイアナにジリアンは言った。「魔力で出世したじゃない」
——いったい、だれがそんなデマを——
「ノックスね?」
「彼れはコングレガシオンの一員よ」
まるで信徒のようにノックスを崇拝しているジリアンの口ぶりをみて、ダイアナは呆れ顔になった。
「あなたを心配してる」と、ジリアン。
「ひつようない」
「怒ってるのは分かるけど、彼れといなくても」
マシューは自分の車のまえで二人を見まもっている。
ダイアナはなにも言いかえさなかった。信用をうらぎったあげく、じぶんの行動にまで口をはさんでくるジリアンに対して、けいべつてきな視線をおくり、彼女を無視してマシューのところへと歩いていった。
マシューはまるで執事のような身のこなしで助手席のドアを開けてあげた。
ふだんのダイアナであれば素直にお礼を言っているところだが、今はとても苛立っていた。「じぶんで開けられるわ」こども扱いをするなと言わんばかりの口調で言い、ダイアナはマシューの車にのりこんだ。
つい感情のたかぶりと状況にのまれてマシューの車に乗ったものの、だんだん苛立ちがおさまってくると、今度は緊張のほうがやってくる。そもそも……ダイアナはふと思った。「どこへ行くの?」
彼女のほうむいてマシューは言う。「わたしの家だ」
ふたりは郊外にあるわびしい住宅地をとおりすぎ、紅葉づいた並木みちがまっすぐつづいている私道をはしっている。ちいさな小雨のすい滴がフロント・ウィンドウをたたきつけてきた。
ダイアナの不安と緊張によるドキドキ感がしずまらない。
すると、黒の高級セダンが門扉のまえで止まった。マシューがさきに降りて、木板がチェックのような格子じょうになっている門のチェーンを解いた。また彼れは車にもどり、ひろい荘園をかまえた前庭をすすんでいく。前庭には、色あざやかでアンニュイな羽根をしたオスのクジャクが歓迎してくれている。ととのえられた芝生には、こんもりとした緑りの灌木がうわえられており、左右対称にならぶ並木が荘園のおくまでずらーっとつづいている。
ダイアナはおもいつく言葉がでないくらい、とても賛嘆とした顔で降り立った。
車のすぐよこに石でできた二メートルほどの擁壁があり、それをのぼっていくための石段がしつらえられている。その段をあがっていくと、ルネッサンス様式のデザインをとりいれたとおもわれる——よこながの平面にちかい邸宅がこれみよがしに顔をだしてくる。壁はすべてブリック・レンガでつくられ、正面玄関はちゅうおうにあり、今はつかわれていない煙突いがいは、まどの数や切りづま屋根の位置が対称になっている。
マシュー・クレアモント——いったい、彼れはどれくらいの資産をもっているというのか……。所有する土地のひろさからするに、そのレベルは貴族のような上流階級にちかいものがある……いや、もしやすると……。
「大半はカレッジで過ごすが、ときどき、ここへもどってくる」彼れは玄関ドアをあけて、ダイアナをさきに入れた。
なかは全体的にほの暗く、レトロのいんしょうをつよく受ける。木造のゆかに、灰色がかった漆喰のかべ、その壁には木造の軸組みがかぶさっていたりもする。
アトリエの部屋にもよさそうなばしょにダイアナをあんないし、マシューはドレープ・カーテンをあけて日差しをいれた。
「すごいわ」ダイアナが言った。「タイムマシンで来たみたい」
ひろい居間のなかに明るいひかりがはいると、さまざまな調度品がすがたをあらわす。装飾性のたかい木製のタンスや、キャビネットに置かれたアンティーク調のたかいツボや花瓶、かべに立てかけられた大きな陶版画の絵——
「彼女はだれ?」その絵をみてダイアナは訊いた。
「姉のルイーザだ」
ダイアナはマシューのところへ近づいた。「名前えはずっとおなじ?」
「洗礼名はおなじだが、名字は変えた」
マシューと部屋のなかを歩きながら、ダイアナは訊く。「ほんとうの名前えは?」
「ド・クレアモント」
彼れの口からでた意外な名前えに、ダイアナは笑みを浮かべながらおどろいた。「フランス人?」
やれやれといった表情でマシューはいう。「しつもんが多いな」
「とうぜんよ、歴史学者だもの」またマシューに近づいた。
「吸血鬼の母の姓だ」彼女とリビング階段をあがりながら、マシューはつづける。「わたしの義父フィリップとフランスに住んでいた。今は母だけだ」
ステンド・グラスのある踊り場で、ダイアナは訊く。「亡くなったの?」
「……ああ……われわれも死ぬ。ひどく拷問されれば」彼女にいちべつし、また階段をあがっていった。
ダイアナは彼れの書斎にあんないされ、ワインをご馳走してもらいながら読書にひたっていた。「錬金術師だったの?」コートを脱いでテーブルにすわっていたダイアナが訊いた。
マシューはダイアナから三メートルほどはなれた正面がわのほうにいる。ヨーロピアン・クラシカルなロココ調の——高級そうなイージー・チェアにすわって。「いや、その本は兄から受けついだ。錬金術にくぎづけだった」マシューはつづける。「魔法をふくんだ科学なのか——科学をふくんだ魔法なのか」
写本をめくりながらダイアナは言う。「わたしにも分からない——だから惹かれたの」
本に夢中の彼女をみて、ふと、マシューは思った。「あの本を請求するとき、魔力をつかったか?」
マシューに目をあわせ、ダイアナはこたえる。「いいえ、まさか。魔力をつかうのは苦手なの」
「それでは——」ワイン・グラスをもちながら、マシューは立ちあがる。「おそらく、本に呪文がかけられていて、条件が合ったんだ」ダイアナのとなりに移動し、右手にもっているグラスを彼女のひらいている本にかたむけだした。
そのようすが目にはいった瞬間、ダイアナは「ハッ!」とした表情になる。すると、彼女の無意識の魔力がはたらき、こぼれ落ちるワインから逃れるように写本がすばやくスライドしはじめた!
彼女はあわてて本を手で止めた。「なにするの?!」
「やはりな」マシューは確信する。「きみの魔力はひつようなときに力を発揮する。あの本はけんきゅうにひつようだった。おそらく、特別なつながりがあるはずだ」
じぶんの魔力にもおどろいていたダイアナは、ゆっくりと右手をうらがえし、焼印のような跡がのこった——ふしぎなマークをながめていた。
ふたりが邸宅から出てくるころには、すでに小雨はやんでいた。ダイアナは、また羊の毛でつくられた空色のコートをはおり、マシューといっしょに擁壁のかいだんを下りていく。
「あなたの言うとおり——」ダイアナが言った。「必要とするときに現れるのかも」
「これまでに魔力をつかったことはあるか?」彼女のすぐ真よこでマシューは訊いた。
「ないわ。子ども時代の記憶はすくないの」ダイアナはつづける。「おさないころに両親を亡くした」
「知っている」と、マシュー。「だが、きみの血や骨に魔力の力がそんざいする。きみは生来の魔女だ。生まれつき髪みがブロンドで目が青いようにね」
まるで彼女の良いも悪いもすべて受けとめてくれているような寛大なくちぶりに、ダイアナはしぜんと笑みがこぼれていた。彼れのその包容力、さまざまな時代をみてきたからわかる深い知性、それでいてスレンダーな体格に端正なおももち、これぞまさに世の女性がもとめてやまない白馬のおうじさま——そんな羨望と尊敬のまなざしを彼女はとなりのマシューに向けていた。
足をとめてダイアナは訊く。「あなたはどうだったの?」
マシューも立ちどまった。「わたしは五〇〇年に生まれた。もともとは人間だった。吸血鬼になったのは、五三七年だ」
マシュー・クレアモント。彼れはすでに一五〇〇年いじょうも生きつづけていた。もはや生きる世界遺産ともいえるだろう。
ダイアナは遠くを見すえているマシューに言う。「あした、夕食をどう?」
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