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『ハンニバル・ライジング(2007)』をチラッとノベライズで紹介!

どんなストーリー?
 愛する家族の命を奪われた圧倒的な体験をきっかけに、部分的な記憶喪失と心の傷を負った稀代の青年が、叔母である美しい日本人の女性に希望を与えられるも、よみがえってしまった忌まわしきトラウマの体験が引き金となり、誰にも止められない復讐の化身となりて、世にも恐ろしい怪物になってしまうストーリー。

主要人物(映画)
ハンニバル……パリ在住の医学生
ミーシャ……ハンニバルの妹
紫(むらさき)夫人……ハンニバルの叔母
グルータス……闇商人
ドートリッヒ……ソ連警察中尉
ミルコ……クルータスの仲間
コルナス……カフェ経営者
グレンツ……剥製店経営者
ポピール……パリ警視庁警視

 一九四四年、リトアニア——。
 当時、ハンニバルが八歳くらいのときだった。焦茶色の髪みがまだ長く、まだ純粋無垢であった好奇心いっぱいの少年は、三、四歳くらいの妹——ミーシャといっしょに湖畔の小さな桟橋のところにきていた。ミーシャの髪色はブロンドで長く、愛くるしい瞳をしているハンニバル以上に可愛い顔立ちをしている。仲の良いふたりは、桟橋にのっかった砂のうえに——ちかくの森林に落ちていた小枝をつかって——なにやら文字を書いて遊んでいるようだ。
「“ミーシャ”の“M”」指で絵を描いている妹に、ハンニバルが言った。「“ミーシャ”」
 すると、兄の顔をみるなり、ミーシャも「“ミーシャ”」と笑顔で反復してみせた。
 ふたりはまた、砂遊びにとりかかろうとした——と、そのとき、近くでなにやら大きな衝撃音が鳴る!
《——ドカーンッ!!——》けたたましい音が冬の空を裂いた。
 ハンニバルはミーシャをつれて、近くの自分のお家——何百年も前に建てられた大きなレクター城——に戻っていく。
 レクター城では、すでに城を離れる荷造りがせわしなく行われていた。この第二次世界大戦中のなか、リトアニア近くで起きているソ連とナチス・ドイツの激しい争いに巻きこまれないよう、ハンニバルの両親と召使いたちは、すこし離れた狩猟用の山小屋で——ほとぼりが冷めるまで身を潜めることにしたのだった。
「ハンニバル、ミーシャ、早く来なさい」石造りの門を走ってきた二人に父が大声で言った。
 父の指示でハンニバルは馬がひいていく荷車のうえに、ミーシャを乗せてあげた。
「ハンニバル!」城の階上の窓から、母が呼んだ。
 母に呼ばれて部屋に入っていったハンニバルは、先代から引き継いだ——宝石や真珠の数々が入った——手箱をわたされ、運ぶのを手伝わされた。
「早くしろ!」最低限の食料をいっぱいに抱きかかえている父が煽った。「必要な荷物は積みこんだ。急がないと」
 爆撃がちかくに落とされ、地震のようなはげしい揺れにみまわれる。父と母とハンニバルは、急いでミーシャの世話係りもつとめる乳母と、ハンニバルにあの“記憶の宮殿”という記憶術を授ずけた家庭教師が待っている下へと降りていった。

 しばらく霜掛かったせまい森道のなかをすすんでいくと、ひっそりとたたずむ山小屋が見えてきた。山小屋と言っても一般のコテージ以上の大きさがあり、白い雪がさらりと乗っかった三角屋根は森に擬態するかのように濃い緑色をしている。
 無事に山小屋へたどりつけたレクター一家は、ひき馬の荷車から荷物をはこびこみ、ひとときの安堵をとりもどす。
 子供用のバスタブに温めたお湯と水を溜めこみ、母は小さなミーシャを浴槽に浸からせた。ハンニバルは妹の右手首に付けているブレスレッドを外してあげると、その輪を浴槽のなかにつっこんだ。それを取りだすと、せっけんの溶けこんだ液体の——うすい膜からできる綺麗なシャボン玉を吹いてみせた。
 自分の身につけていたアクセサリーから突然、出現したシャボン玉に、ミーシャは心から嬉々とした笑顔をみせていた。目の前のシャボン玉をつかもうと手をのばし、パチンと叩くと泡が消える。この不思議な現象をえらくミーシャは気に入ったようだ。そんな喜ぶ妹のようすに、ハンニバルも心からよろこんでいた。
「ミーシャも吹いてみな」
 ブレスレッドの輪にむかってミーシャは吹いた。輪からたくさんのシャボン玉が現れた。幼くしてミーシャは、正しい方向にむかって力強く吹くと、より美しいものが見れるということを学んでいたのだった。

 レクター城のそびえる尖塔の先に、ナチス・ドイツが掌握したということを表す逆鉤十字の “卍” マーク——ハーケンクロイツ旗が掲揚された。
「ユダヤ人か。お前らの作る料理は食えん」軍帽をかぶったドイツ軍のきびしい指揮官が言った。
 ドイツ軍につかまった白髪で小太りの——レクター家に仕える温厚そうなコックの——男は覚悟を強いられた。
「始末しろ」指揮官はちゅうちょせずに命令した。
 コックの男はほかの兵隊たちに連れて行かれた。そして、パァンッ——! という銃声が鳴った……。
 レクター城には、まだ住みこみで雇われていた庭師——五十代くらいの口髭を生やした男もいた。
「土地の者は土地の者に任せよう」親衛隊の徽章であるルーン文字の(SS)マークを襟につけている指揮官が言った。
 形勢が不利の状況にあったソ連をみかねて、ドイツ側についた不成者の民間人たちは、表面上、彼れらの意向に従っていた。弱いものより強いものに巻かれる——処世術のかしこい選択だ。
「見どころのある奴は親衛隊に入れてやる」指揮官は不成者たちのリーダーらしき——グルータスを煽った。
 指揮官に逆らえないグルータスは、自国を裏切れるということを証明するため、後ろをふりかえる。「その農夫をここへ」おなじ不成者の仲間に庭師の男を連れてこさせた。「お前はロマ人(移民)か?」冷酷な青い目で言った。
「いや、違う」死への恐怖を隠しながら、口髭が立派な庭師が答えた。
 グルータスの仲間の一人——素行の悪そうな恰幅いいグレンツが銃を庭師に突きつけた。「確たしかめてやるから、てめぇのイチモツ﹅﹅﹅﹅を出しな」仲間たちはゲラゲラと笑った。
 すると、レクター城の高いボコボコした胸壁から、隊員の一人が報告してきた。「少佐! 敵の戦車です!」

 山小屋のちかくにあった小型の馬屋が破壊された。ソ連軍率いる戦車が突っこんできたのだ。
「なにごとだ?」食卓用のテーブルに着いていたハンニバルの父が言った。いっしょに座っていた母、乳母、ハンニバルも外のほうに耳を澄ませた。
「ソ連の戦車だ!」窓から覗いたハンニバルが言った。
 連射が可能な自働火器と、長い火砲をそなえたソ連軍の戦車一台が、レクター家の山小屋のまえで止まった。戦車のハッチがひらくと、ゴーグルをおでこにずらして、冬季用の戦闘服をまとった戦車長が顔をだす。「家から出てこい!」
 山小屋から家庭教師がおずおずと現れた。ついで、ハンニバルの父、ミーシャを抱える母、乳母、ハンニバルも山小屋の前にでてきた。すぐちかくには、ライフル銃を構えている軍人たちがいる。逆らうことは絶対できない。
「子どもは中にいてもいい。そのほうが暖かいだろ。我々は水を補給したいだけだ」降りてきた戦車長が言った。
 ミーシャをハンニバルにあずけ、その他の一家は軍人たちの案内にしたがって立ちならんだ。
「よし、汲みあげろ」戦車長の指示で、ソ連軍の隊員はホースを取りだす準備にとりかかる。
 山小屋——狩猟ロッジの玄関口で顔をのぞかせているミーシャが、戦車長に手を振ってみせた。そんな妹を、ハンニバルが抱き寄せている。
 戦車のハッチにもどっていた戦車長も、かるく手のひらを見せて応えた。
 本当なら問題なくレクター家の一抹の不安は、水の補給完了とどうじに解消されるはずだった…………
 くもり空に隠れていたかのように突つとそれは現れた。
 ドイツ軍が運用しているシュトゥーカ——急降下爆撃機が、悪魔のサイレンを鳴らした瞬間、搭載されている機関砲から対戦車攻撃をしてきたのだ!
 ソ連軍も負けじと機関銃で応戦しはじめた。
「撃てぇ——ッ! 撃ち落とせ——!!」
 レクター伯と妻、乳母、家庭教師は急いで地面に伏せた。これは何かの悪夢だと祈りながら、現実では地獄の光景を映しだしている。すでに何人かのソ連軍の隊員達が絶命していた。
 息子と娘を心配してかけ走ったレクター伯(父)が、敵の銃撃を背中に受けてしまった。家庭教師に守られているレクター夫人(母)が悲鳴をあげた。ハンニバルは妹の目をおおい、見せないように努力した。その目に涙をためて。
「パパ——!」
 ハンバルとミーシャのほうに手をのばし、倒れたレクター伯(父)は息をひきとった……。
 戦車長の猛烈な攻撃が、シュトゥーカ——急降下爆撃機にヒットした!
 その機体はコントロールをうしない、そのままコチラ側に向かって突っこんでくる。そのあいだも、シュトゥーカによる自動連射は続いており、戦車長はもろにその掃射を受けて絶命した。そして、ものすごい轟音と衝撃をひびきわたらせ、機体は戦車と衝突した。すさまじい爆風によって、ハンニバルとミーシャは山小屋のなかに戻された。機体に乗っていたドイツ軍も死は免れなかった。
「ミーシャ……ハンニバル……」弱々しいレクター夫人(母)の声が聞こえる。黒煙のたちこめる間から、夫人の姿がみえてきた。炎はまだ周りで燃えている。
「ママ!」山小屋からハンニバルが駆けつけた。
 レクター夫人(母)は両手をのばし、ハンニバルを抱きしめようとした……が、その寸前で前に倒れこんだ。
 ハンニバルが母を抱きとめた。痩身な美しい母の瞳は光をうしない、息も途絶えてしまった……。
「ママ!……やだよ、ママー!……ママ——っ!!」
 近くには父と母とどうよう、乳母も大好きだった家庭教師も無惨な姿となって地面にねむっている。
 この惨事をどう受け止めればいいのだろう……平和な日常を送っていた幸せの時間を、身勝手な戦争によって、一瞬で壊されてしまったのだ……忌まわしき戦争によって……はるか昔からいっさいの成長をみせない愚かな人間たちによって……。
 兄の悲嘆の叫び声に、無垢なミーシャが顔を出してきた。「ハンニバル!」
「ダメだよ、こっちに来るな! ミーシャ!」
 ドイツ軍の戦闘機の銃弾がちかくの地面に撃たれている。まだ、終わってはいないのだ。ハンニバルは急いでミーシャのところに走りだす。状況をまだ理解していないミーシャは、それでも兄のほうへ行こうとしている。
「ほれ、いそいで戻るんだ!」ハンニバルはミーシャを山小屋のなかへ戻した。ギリギリで敵の銃弾を避けながら。

 ハンニバルが覚えている記憶はここで途絶えてしまった。それ以来、彼れは言葉を失った……。それ以来、毎日、悪夢にうなされるようになった……。その悪夢にかならず出てくる——悪臭のただよう不成者の男たち。ミーシャが彼れらに連れて行かれる……。白い雪景色から後ろを振りむき、「ハンニバル!」と、最後に聞いたミーシャの呼び声……助けを求めているような儚げな声…………。

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 ということで、またお会いしましょう!
 ご愛読ありがとうごさます。

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神氏
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