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【クリミナル・マインド 9】報復 – あらすじ
「過去は死ぬことも過ぎ去ることもない」
小説家 ウィリアム・フォークナー
11,000文字ほど。
【感情のトリガー↓】
第一章:【悲・謎】
第二章:【驚】
第三章:【解】
第四章:【哀】
最終章:【緊・驚】
第一章:ハンター狩
⑴ 家に忍ぶ者
闇が一面にひろがる 人里はなれた森のしげみ。そこには、大きなトレーラー・ハウスがぽつんと置かれている。すると、《ドルゥン…ドルゥン…》と地面をころがし、一台のピックアップ・トラックが帰ってきた。そこから降りてきたのは、ガタイの良い三十代くらいのワイルドな出立ちの男性——クラーク・ハワード。
彼れは、大きめなアイスボックスを両手に、トレーラー・ハウスのなかへと入っていく。その途中——外には手製の物干し竿が置かれており、仕留めたウサギや小鹿などが吊るされていた。すでに内臓はきれいに抜かれているため、肉の味を損なうことなく食することができる。なんと、その下には大きな “熊の手” まであるではないか。中国では、滋養効果の高い食材として、高級な食材のひとつでもある。
そんな練達の狩猟者——クラークはいま、テーブル台のうえにアイスボックスを置き、今晩の酒のお供である 仕留めたイタチをとり出した。すると——
《ガサッ》
クラークは、なにか、外のほうで物音がしたような気がした。すぐに、窓を覆っている車用カーテンをすこしめくり、外のようすを確認する。が、エサにつられてやってきた動物の姿はみられない。気のせいかと思ったクラークは、また、アイスボックスの方へともどり、氷に冷やされた缶ビールを一口すすった——
《バン、バン…!》
窓をたたかれたような音にビクッと驚き、すすったビールを少しこぼしながら、クラークは缶ビールを置いて、ながい猟銃に手をのばした。
——動物じゃねぇなぁ……まさか、連中の仕業か!?
——かまわねぇ、私有地への侵入でぶっ殺してやる!
クラークは猟銃の安全装置をはずし、すぐに撃てるようにしたあと、ハウスの扉をあけだした。だが、あたりを見渡しても、人の気配はみられない——
《ッバァ——ン!!》《ガシャーンッ!!》
突如、空を裂く銃声とどうじに、ハウスの前に駐めてあるピックアップ・トラックの窓ガラスが割れだした! それは、無意識に力んでしまったクラークの指によって、発射された弾によるもの。なんと、体重が八十キロほどある彼れのからだが、宙に浮いているではないか! 猟銃を地面に落とし……暴れている!
すると、グラグラと揺れていたクラークの脚が、ピタリを止まった! その瞬間——《バキッ!!》という鈍い音が響きだす!
クラークは、地面に落とされた。うつ伏せになって倒れている彼れのからだは、もうピクリともしない。ただ……それはありえな光景だった…………
生を宿さなくなったクラークの顔は——
真上の天を向いていた……。
⑵ 荊棘線の刑
ベージュ色のストッキングに、淡いピンクのワンピース、その上にシルク素材の明るいグリーンの T シャツを履いて、そのまた上に、濃いめのピンクのカーディガンを着こんだ——ペネロープ・ガルシア。その頭には 咲いたピンクの花飾りが付けられており、これみよがしなオレンジ色の縁をしたメガネをかけて、モニターの前に立っている。
彼女は、行動分析課のメンバーが集まっているミーティング室で、事件内容を説明しているようだ。
「みなさん、ゲロ袋の用意はいいですか?」モニターに、昨夜、殺害された——クラーク・ハワードの画像を映しだし、ガルシアは続ける。「いつも以上にエグい写真が続きますから」
数々の悲惨な光景を目の当たりにしているホッチナー、リード、ロッシ、アレックス、ジェイジェイは、いたって平然だった。
「クラーク・ハワードは昨夜、ウエスト・バージニアのホイーリング郊外で殺され——凶器はこれ」ガルシアは、モニターの画像を切り替えた。
「有刺鉄線!?」怪訝が顔で、モーガンが言った。
「そう」とガルシア。「縛り首用にアレンジしてあった」
「アレンジってどういうことだ?」とロッシ。
「ヤマアラシのセックスと同じ。刺さらないように」
「だが……有刺鉄線をロープみたいに結ぶのは無理だろう」訝しげにロッシは言った。
「それだけ、犯人が怪力だってことじゃないでしょうか」とリード。
「首を一八〇度ひねったところを見ても、怪力はたしか……」とジェイジェイ。
「それにしても、無駄のある手口ね」アレックスが言った。「被害者を縛り首にして——」
「首切りかも」リードが口をはさんだ。
「どっちにしても、有刺鉄線では上手くいかず、結局、素手に変えた」とアレックス。
「ここに、“被害者その二” と書いてあるが」ロッシが訊いた。「一人目は誰れだ?」
「マサイアス・リーです」画面に四十代くらいの長い白ひげを生やした男の画像を映しだし、ガルシアがつづける。「リーさんは、狩りにでて、熊用の捕獲罠にかかったんです」
今度は、罠にかかった画像が映しだされた。なぜか、脚ではなく、頭が挟まれている写真が……。
「事故じゃありまんよー、木の陰にかくされた——手作りの装置から発射されてて、しかも、有刺鉄線が巻きつけてあったので、同一犯だと思われます」
「被害者はふたりともハンターだが、殺し方も狩りだなぁ」とモーガン。
「銃を持った被害者に 犯人は突然、襲いかかった」ロッシが言った。「つまり、気づかれずに 近よれるテクニックを身につけてる」
「犯人のホームグランドでの捜査になるから、当然、向こうに武がある」ホッチナーが言った。「気を引き締めていこう」
昨夜、殺されたクラーク・ハワードは、二人目の被害者であった。その前に、マサイアス・リーという男が殺されていたのだ。二日で二人の殺害……。当時、リーを殺害した容疑として浮上していたのが、クラーク・ハワードである。なんと、彼れらは、家族ぐるみでいがみ合う——犬猿の仲として 知れわたっていたのだった。が、その容疑者が殺されてしまった。
犯人は家族関係者の誰れかの仕業か?
それとも、両家の破滅をたくらむ 第三者の犯行か?
支局の取りしらべ室に、クラークの母親——シシー・ハワード(六十代)と、マサイアスの父親——マラカイ・リー(七十代)を、接触させないように時間をずらして 面談をしてみたが、犯人につながるような情報はえらず……。どちらも、互いのことを忌みきらう仲だが、“手を出すな” という言いつけは絶対。だから、殺したのは息子ではないと、彼れらは そう言ったのだ。
その頃、ロッシとモーガンは、被害者のねむる安置所をおとずれていた。そこで分かったこととは、マサイアスもクラークも、有刺鉄線による絞殺が死因で亡くなっているのだが、ふたりの手には 似たような火傷の跡があったこと。その指に、アルカリ液の反応が出ていたらしい——おそらく、郊外に住む彼れらは——そこで覚醒剤を作っていたのではないか?
殺し合っているという状況からみると——
密売をしていたのでは——?
凶器に使用されていた有刺鉄線は、近所の農家から盗まれていたことが、リードの聞き込みによって判明した。
その数は三本だったとのこと。マサイアスとクラークで、鉄線は二本……だとすると、あと一本がまだ見つかっていない。
あと、一本が……。
第二章:けん引の刑
殺された最初の被害者——マサイアス・リーの兄弟が帰ってきた。運転しながら携帯で話している様子からすると、仕事の取引が順調にすすんでいるらしい。その荒っぽそうな三十代くらいの男は、くらい砂利道に駐めた車から降りるなり、心を弾ませながら自宅へ入ろうと——
「ギヤァァ——ッ!!」
ガレージのような納屋から、突然、けたたましい叫声がなりひびく!——それは、奥さんの声だった。男はすぐに携帯を捨てて、納屋のなかに駆けつけた!
「マディ——!」
男が扉を開けたタイミングで、シャッターの入り口から セダン車が走りさる!——奥さんは納屋のなかで拘束されており、床に仰向けで置かれていた……が、これは、かなりやばい状況である。
納屋には百キロを超えるであろう大きなロッカーが、たくさんの鎖りに巻かれて——奥さんの両脚につながっている。そして、首には有刺鉄線の輪と、それを繋いでいるけん引用のロープが……いま、さきほど走りさった車の後部に……。とぐろ状に巻かれていた長いロープが、どんどん伸ばされていくではないか!
轟音のような悲鳴をあげつづけている妻を助けようと、男は急いでペンチを取りだし——その頑丈な鎖りを断ち切ろうとした——が、間に合わない!——ついに、ロープが ぴんっと伸ばされてしまい、妻のからだが数メートル先まで引きずられて…………
「マディ——っ!!!!」
《ベキッ!》……《コロ…コロ……————》
「…………」
いつの間にか……奥さんの断末魔の叫びは……
止んでいた……。
第三章:二人の関係
またしても、マラカイ・リー(七十代)の血縁関係者が殺された。とうぜん、対立しているハワード家の人間が疑わしいのだが、支局にやってきたシシー・ハワード(六十代)は、家族の親戚もふくめた車の登録証を持ってきて、「うちに、シヴォレーのモンテカルロを所有してるものはいない」と、のたまった。それは昨夜、目撃されていた——子育てちゅうの母親の首を断ち切った——くるまの車種名だった。
「助かりますが——」ホッチナーのとなりに立っているロッシが言った。「あまり必死に無実を訴えられると、かえって怪しいですね」
「そう思うのは勝手」悲壮を内に秘めるシシーが言った。「たしかに、リーと ハワードはいがみ合ってる。でも、子育てちゅうの女を殺すようなものは、うちにはいない」昂然とした態度でつづける。「犯人はうちのものじゃないよ。覚えときな」
シシー・ハワードは、威風堂々と帰っていった。
ここで、ガルシアによる情報が入る。
ハワード家と リー家は 禁酒法時代、密売のライバルどうしであったこと。そして、それは一族全員を巻きこみ、血 で 血 を争うような関係が、禁酒法の撤廃まで続いていたとのことだった。
そこで、F B I は 覚醒剤の密売が関わっているのではないかと睨み、ネット経由で購入していた道具から、マラカイ・リーの農場を突きとめる。令状をもって、いざ、彼れらの納屋を確認してみると……そこで見つかったのは、意外なものだった。
ハワード家と リー家は、互いに覚醒剤を作っていたのではなく、使用済みの食用油を エタノール・ガスに変える “バイオ燃料” を作っていたのだ。
覚醒剤とちがい、こちらは合法。しかも、ガルシアが転職したいと思うほど、儲かる事業らしい……。
これで、またわからなくなる。
独占しようとしなくても、合法的な方法で互いに儲かれるのに、なぜ、殺しあう必要があるのか? それも、処刑をにおわすような殺し方で……。
そのヒントは、意外と目の前にあったのだ。
あのとき、はじめて シシー・ハワードと マラカイ・リーを支局に呼んだとき——ふたりが鉢合わせしないように、時間をずらして呼んだとき——実は、ホッチナーの合図で、ジェイジェイは二人をエレベーターのなかに鉢合わせていたのだった。そのときに、マラカイ・リーは言っていたのだ。
“父親の墓に参ったか?”——と。
シシー・ハワードは “そっちは?” と冷たく返して、立ち去っていったのだが——あれは、皮肉的な意味ではなく、おなじ墓のことを言っていたのではないか?
両家の家系をしらべると、マラカイ・リーには “マグダレン・リー” という妹がいたのだが、彼女は五〇年前に失踪していた。ところが、シシー・ハワードのミドルネームも “マグダレン” という奇妙な一致。しかも、彼女には 四〇年前の記録がいっさいなかった……。
マラカイ・リー と シシー・ハワード ——
ふたりは、兄妹の関係だったのだ——。
第四章:出生の秘話
F B I は、マラカイ・リーと シシー・ハワードから事情聴取をしようとしていた——矢先のこと——
シシー・ハワードは、昨夜、拉致されていた……。
まだ陽が隠れている未明、意識が朦朧とするなか、ウッド・チェアに拘束されているシシー・ハワードが目を覚ます。力いっぱいに拘束をほどこうと試みるが、縄はしっかりと締められて びくともしない。すると、すぐに誰れかの気配を感じた。彼女は、前を向いた。
うす暗い小屋のなかに獣臭がもんもんと瀰漫しており、今いるこの山小屋の板壁は、かなり老朽化がすすんでいる。その目の前には、いろり鍋のようなものを温めている暖炉があり、その近くに ひとり、それはいた。
「あんたは、誰れだ?」恐怖の色をかくして、シシーはたずねた。「どうして、私しをさらってきた?」
燃えてる暖炉の近くでしゃがみ込んでいる それは、背中を向けている。うす暗くてよく見えないが、なにか作業をしているようだ。それは、返事をしない……。
「……お金がほしいのかい?」シシーは訊いた。「金ならやるよ! いくら欲しいんだい?」
すると、それは小さな声で答えた。「金なんかいらない」
「……じゃあ、なにさ?」
それは立ち上がり、言った。「挨拶してほしい」と。
「だれに? ……あんたに?」
ほんのすこし、それの正体が見えてきた。かすかな陽の明かりに照らされた それは、何年も使い古したベルトのないズボンを履いており、それをサスペンダーで留めているのだが、上半身はなにも身につけていない半裸……身長は小さめだが、 引き締まった筋肉をしている……が、どこか違和感のある体型だった。まるで、『ハリー・ポッター』に登場する “ドビー” を思わせるような……そんな風貌……。
大きめの手袋を履いた それは、棺のような木造の桶を、シシーのもとに 引きずりながら運んできた。そして、中身を覆っていたピンクの布をめくってみせる。
「この人……」さっきよりも確かな声で、それは言った。
やはり、これは棺。なかには、たくさんの細かい氷をかけられた——八十代くらいの老女が眠っていた。
シシーは、おののいた。きっと、縛られていなかったら、後退りしていたはず……。その記憶を封印していた——できれば思い出したくもなかった——人物だった。
「覚えてる?」長年の怨憎のこもった声で、それは訊いた。
愕然と言葉もでないシシーは、ゆっくり声の主をみやった。
「俺れの母さんだよ」それは言った。「その人は、俺れの育ての親。ごはんと服をくれて……狩りを教えてくれたんだ」
「……きれいな人だね……」シシーは冷や汗をかいていた。
「頭もよかった」それは続ける。「俺れを誰れにも見せないようにした。誰れもわかってくれないから……」
シシーは、思わず固唾をゴクリとのみこんだ。
「そのうち、俺れがいろいろ聞きはじめた」それが近づいてくる。「“なんで俺れはみんなと違うの?” 」それの顔が露出する。「“なんで、母さんに似てないの?”」
それは、人であって人ではない顔。おそらく、実年齢は四十代くらいなのだろうが、すでに六十はいってそうな老け顔で、まゆげは産毛すら生えておらず、口はついていても、唇が存在しない。まるで、『エルム街の悪夢』に登場する “フレディ” を彷彿させるような容姿。
シシーは目をみはるだけで、話すという機能を忘れていた。
「母さん、ガンでどんどん弱ってく最中に……教えてくれたよ」それは言った。「“ と り ひ き ”のこと……この森で、取引したことを」
「おまえ……」ようやく、シシーが口をひらいた。
「そう」それは、有刺鉄線をとりだした。「さあ、決めよう……あんたを生かすか——殺すか。それは、どこまで喋るかによる」
その頃、ホッチナーは マラカイ・リーを呼んで、事情聴取を行っていた。シシー・ハワードとは、兄妹だという関係を知られたマラカイは、真実を打ち明けるのだった。
なんと、二人はただの兄妹の間柄ではなかったのだ。それは、若さゆえの過ちなのか……当時……いや、現代でも許されるものではないだろう……血のつながるもの同士の恋愛……。
シシーを拉致した犯人は、二人の間にできた子供だったのだ。
これが、家族にバレては二人とも殺される……そう思ったマラカイと シシーは、ひそかに子どもを産んで、その処分を考えていた。が、兄であるマラカイが途中で怖気づいて逃げ出してしまったため、妹のシシーは森を苦しみながらさまようことに……。
そこで出会ったのが、アパラチア族の大人の女性——犯人の育ての親である。その女性に、赤ちゃんを譲るという条件で、出産を手伝ってくれたのだ。とはいえ、自分のからだから生まれてきた瞬間、とてつもない母性本能が目覚めだすものだ。他人に譲ることなんてできなくなってしまうはず……ところが、シシーは生まれてきた赤ちゃんの姿を見てしまった……。
シシーは、アパラチアの女性に譲ったのだ……。
最終章:戦慄の恐怖
⑴ 庭同然の森
F B I は、地理的プロファイルから犯人がひそんでいそうな場所を絞りこむと、国勢調査員から、連絡のつかないアパラチアの女性が、そのあたりの小屋に住んでいるという情報を受けたのだった。
おそらく、その女性が犯人の育ての親かもしれない。
行動分析課のメンバーは、スワット・チームも率いて、いざ、敵の縄ばりである森の中へと足をはこぶ——。
現場にたどり着いた時にはもう陽が沈み、あたり一帯は異様な妖気を放っている。そこに、ヘルメッドと防弾着を装着したスワット隊と、B A U のメンバーも 厳かな面持ちで進んでいく。いつ、どこから降ってくるかもわからない——弾を警戒しながら。
すると、森閑とした暗い森のなかから、山小屋を発見した!
七、八人のスワット隊が、銃を構えながら小屋のドアを開けた——その時だった!
水の入ったバケツが勢いよく落下した!——すると、それを結んでいたヒモが 伸びきった!——そして、フックから外される!——それは、ものすごい勢いでこちらに向かってやってくる!——とても頑丈で重たいコンクリート・ブロック……に固定されている——大きな鎌がっ!!
「ゔおぉぉ——ッ!!」
「一人やられた——!!」モーガンは、すぐに無線で知らせた。「みんな、下がれ——っ! 下がれ——!」
それはあっという間の出来事で、隊員の背中にまで刃が貫通していた。小腸と大腸をいちじるしく破壊された隊員の男は、絶命した……。
その周辺にいた隊員たちや、BAUのメンバーも、一気に戦慄が走っていく。肝心の犯人の姿が、小屋のなかにいなかったのだ。すると、モーガンとロッシがいる部隊のところに、ジェイジェイが駆け寄ってきた。
「犬がにおいを嗅ぎつけた!」
「よし! それじゃ、手分けして捜そう!」とモーガン。
メンバーは、なるべく離れすぎない距離を保ちながら、闇にまぎれた犯人を追っていく。タクティカル・ライトで正面を照らし、慎重に前へ……しんちょうに前へ……。
やがて、カエルの鳴き声が聞こえる岸辺にたどり着いたアレックス。彼女の照らした先には、大きな木のしたに縛られている——シシー・ハワードの姿があった。が、そこに犯人の姿はいない。
「シシーを発見」激しい恐怖・緊張を抑えつつ、アレックスは無線で伝えた。「木に縛られてる」
『罠かもしれない』モーガンが慎重に言った。『そこで、待機してろ。今そっち——』
「——ゔっ!!」
突如、なにものかが、アレックスを押し倒してきたっ!——その強い衝撃で、ふたりとも川の中へとつっこんでいく!——泥でにごった水がバシャーンと、飛び散る!——起き上がったアレックスに、なにかが殴りかかっている!
《バァ——ン!》
アレックスの撃った弾丸が、空へと向かう!——なにかの、奇妙な形をしている手が、アレックスの手首をつかみ、銃口が定まらないようにしている!
《バァ——ン!》
なにかの動きが止まった!——ふたりは一緒に、川の中にしずんでいった!
あの刹那の騒ぎはおさまった——と、そこにモーガンが駆けつけてきた。
「ブレイク——!」
銃声の音をたどってきたが、アレックスの姿がみられない。
「ブレイク——!」もう一度、モーガンは叫んだ。「どこだ? ブレイク、返事しろ——!」
ロッシとジェイジェイも合流した。ライトを川に当てていくと、ぶくぶく気泡が浮いているのを確認——
「——っぷはあぁ————ッ!!!!」
勢いよく顔を出したのは——
アレックス・ブレイクだ!
「撃って——!」アレックスが、泣き叫びながら言っている。「早く、撃って——ッ!!」
「どこをだ——?!」拳銃を構えているロッシがたずねた。
「そこらじゅう!」
《《《バァンバァンバァンバァン……》》》
モーガンとロッシ、ジェイジェイは、そこらじゅうの川にむかって、合計三十発以上も発砲したのだった——。
————————。
⑵ 妖艶な女性
あまり雲行きのよろしくない朝、ホワイトカラー風のカップルが仲良く歩いている。お互い、三十代くらいの年齢で、イケメンと美女という——なんとも羨ましい組みあわせだ。
「こんなとこ、どうやって見つけたのー?」白ワイシャツにベージュのジャケットを着た、ブルネットの美しい妻がたずねた。
「あー、実はさ」ジーンズにグレーのジャケットを着た、新婚の夫。「子どものころ、よく親に連れてこられたんだ」
「本当にご両親と来たの——?」過去の女性関係をうたがう妻。
「そうだよー」
雑木林がうっそう立ちならぶ道を歩いていくと、人気がまったくない場所に瀟洒なコテージの家が建っていた。そして二人は、正面玄関から入っていく。
「それにしても、ほんとに静かなとこね」キャリー・バッグを運びながら妻は言った。
「絶対、気にいるぞぉ」ボストン・バッグを片手に持つ夫。「誰れも邪魔しに来ないからさ——電話もなし、ネットもなし」
「クリーニングもう——テイクアウトもなし」
「上司からの電話も……」リビング・ルームから、美しすぎる妻をみやって夫は言った。
ふたりは、数秒みつめあう。
「それ、いいかも♪」艶然な笑顔で妻は近づき、夫とキスを交わす。
まだ若い夫は、ボストン・バッグを床に置くと、空いた左手を妻の後頭部にやって、ささえる——と、すぐに、そのいたずらな手は、彼女のジャケットを脱がそうとする。
「——ダメよ……ちょっと、待ってぇ♪」
「なんでだよぉ……いいだろ?」
「まぁまぁ、待つかいは……あ る か ら ♪」コケティッシュなオーラをはなつ妻は、シャワー室のほうへと歩いていった。
そのあいだ、おあづけをくらった夫のほうは、リビングを歩きまわり、部屋のようすを見渡していく。すると、金髪の白人夫は、暖炉のところで立ち止まる。
——あれ? 使った跡が残ってる……。
——管理人が片付けるのを忘れたとか!?
《パリンッ!》「ンッ!」
すぐに夫は振りかえる!
ジャー……という蛇口から流れる水の音をたどっていく夫。「サンディー?!」恐る恐る、ドアのほうへと近づいていく……。「サンディ?」声をひそめて訊いてみた……が、反応がない。「サンディ?」開いていたドアをのぞいてみる……。
——更衣室の窓が開いている……。
——まさか……さらわれたんじゃ……
更衣室の奥まで入っていくと、洗面台の水が、ずっと流しっぱなしだった……。すでに、ビクビクしてる夫は蛇口を閉めた。そのまま、ゆっくり——あとずさりして……
「ガアァァ——ッ!!」「キャ——ッ!!」
夫は ドアのすぐ近くに立っていた妻に、はげしく驚いた!
その、予想外の仰天ぶりに、いたずらを仕掛けた妻のほうもビックリ!
「ビックリしたぁ——」笑いながら妻は言った。「どうしたの? あなた」
「それは、こっちのセリフだよぉ」声に安堵がこもる。
「でも、あなた——ビビるとセクシー♪」妻はワイシャツの最後のボタンを外して、透けたレース素材のブラジャーとショーツを魅せてあげた。
あまりの驚きで、その艶姿までは気づかなかったが、いつの間にか——妻はジャケットとズボン、そして靴下もぬいでいた。いま、目の前にいる彼女は、隠すという目的を果たしてない誘惑的な下着に、ボタンの開いたワイシャツのみ……ゴクン……。
「んあ……あ……君も、セクシーだよ」
そのたわわな膨らみが持っている神秘な力で、どんどん、どんどん圧迫されていく。とても、とても息苦しいような——もう、はやく開放させてあげたい気分にさせられる——
「——ヴ……ぅ……ぅ……ぅ……」
「イヤアァァァァ————ッ!!」
妻の雷鳴のような絶叫が鳴りひびく!——その顔は、決して見てはいけないものをみてしまった——まるで井戸の底から、こちらを覗いている化け物をみてしまった——がごとく、恐怖でひきつり、後ろへとおののいた。
うしろのまっ暗な寝室から、それは、またたく間に現れ、夫の首に鉄線を巻きつけた!——その異質な顔……エルフのように尖った耳……指の関節がおかしな曲がり方をしてる大きな手……。
バ ケ モ ノ ……。
「三秒以内に、おまえの車のキーをよこせ」夫の耳元で、それは言った。「三……二……一……」
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【感想】
いやぁ〜いいですねぇ、面白い作品の一部をかき集めたかのような——無駄のない内容。
『ソウ』シリーズに登場する、ジグソウ役の俳優さんも出ててきて、ビックリ! あの死んだ魚のような目が、もうすでに悟ったかのような感じをだしてますよぇ。
そして、犯人のアレは、なぜ “有刺鉄線” にこだわっていたのか? 凶器はいくらでもあったはずだし、わざわざ農家から盗んでいますからねぇ。
かってな推測ですが、あれは “罪から逃れられない” という隠れた意味があったのでは?? 有刺鉄線は、脱走を防ぐという意味でも使われますかねぇ……。
ということで、全体を通すとサイコ・スリラーな内容でありんした。
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