(戯曲) 隣人ジミーの不在
※3人の俳優が7役を演じる。
俳優1 山尾
俳優2 海子、宮里
俳優3 雨永、川人、河本、平服亭吊る弁
1.山尾と海子
俳優1、2、出てくる。ふたり、見つめ合う。しかし決して触れない。
山尾 まず、きみの髪をなでる。ふれるかふれないかの距離、右手で、なでる。左手は頬をなでる、ゆっくりと、わずかにふれているだけ。左手で、唇をそっとさわる。さわるというより、ふれるくらいのやさしさで。
おれの右手は髪の毛から流れ落ちて、きみの首筋、背中をなでおろしている。背中で円を描く。たまに、お尻のほうまでなで回す。
海子 わたしの唇にそっとふれたあなたの左手をなめる。人差し指を吸い込んで、奥のほうで、舌で……。次は中指、のまえに、人差し指と中指の間の水かき。わたしは手首、それから腕をなめているわ。腕を持ち上げて、脇までなめるよ。
山尾 くすぐったくない、気持ちいい。
海子 あなたの左腕、宙で波打っているよ。
山尾 だって、すごくいいんだ。
海子 ねえ、その右手、いったん離してくれない?
山尾 どうして?
海子 こうするの。
俳優1、両手を宙にあげる。
海子 それからこう。
俳優1、着ていたシャツを顔のところまで捲りあげる。
山尾 ああ……!
海子 右? それとも左?
山尾 ああ、まずい……ああ、
海子 かわいい。
山尾 おれも舐めさせてくれ。
海子 ……いいよ。
ふたり、あえぐ。
山尾 海子、もう我慢できない。
海子 あっ、だめ。挿入はだめ。妊娠後の挿入はよくないって聞いてるの。
山尾 わかった。
引き続き、ふたり、あえぐ。
頂点に達する。
山尾 すごく、はーっ、よかったよ……。
海子 すごく気持ちよかった。
山尾 敏感だったね。
海子 赤ちゃんできたからかな。
山尾 それになんだか、うまくなってる。
海子 はずかしい。
長い間のあと、ピロートークタイム。
海子 最近ね、よく倫子から手紙が届いてるの。
山尾 倫子っておまえの母親だろ。
海子 お父さんとは今もうまくやってるらしいんだけど、まだ不倫つづけてるみたい。信じられる? そんなの娘にほのめかすなんて。
山尾 相手はだれなの。
海子 なんか鶏農家の男……。
山尾 青森に鶏いるの。
海子 直営の居酒屋もやってて、羽振りがいいらしいんだ。
山尾 鶏農家の羽振りがいいんだな。
海子 それで倫子は週末になると、その居酒屋で飲んでるらしいの、毎週毎週。しかも最近は美咲も一緒に行ってるらしいの。信じられる? 母親の不倫相手の店に、母親と一緒に行くなんてどういう神経してるのか。美咲は昔からそう。わたしが高校生のときに、初めて男の人とデートしたときだって……。
沈黙
海子 ねえ、何を考えてるの?
山尾 ああ。……明日、ダンスの発表会なんだからさ、寝ろよ。
海子 もうちょっといいじゃない。
長い沈黙
山尾 ダンス、一緒に出るあいつ。池谷ってやつだろ、知ってるぞ。おまえら、おれに隠れて会ってるだろ。メールもいっぱいしてるだろ。おれにはしてくれないくせに。
毎日会ってるだろう。「しまり屋」に入っていくの見たぞ。
海子 「しまり屋」くらいいいじゃない。
山尾 いいことあるか。
海子 いいよ。おやすみ。
山尾 寝るな。
ちょうど火遊びがしたくなっている子どもと一緒だよ、おまえ。好奇心の子どもだ。満足して飽きるまで、おれは辛抱だよ。
海子 どういうこと。
山尾 台風が過ぎたら快晴になるって昔から相場は決ってるんだよ。雲ひとつない。おれはいまお前という台風の中にいるんだよ。辛抱だよ。
海子 は?
山尾 台風一過ってことだよ。まあ台風はまた来る。毎年来るけどな!
海子 は?
山尾 だからそういうことだよ。
海子 わからない。
山尾 もういいよ、寝ろよ!
海子 ねえ、
間
海子 寝る。
山尾 寝るな。
台風でも吹かなきゃ、おれのありがたみもわからないんだよ。台風は来る。毎年来やがる。バカにしてるよ。
海子 せっかく赤ちゃんができたって夜にいったいなに言い出すの。
山尾 いったい、それは池谷の子じゃないのかって言ってるんだよ。
海子 それ、とか言わないで。
山尾 なんで、今までできなかったのに、急にできたんだ。
海子 知らないよ。できたんだよ。喜んでよ。
山尾 喜びたいよ。でも、おまえ、やっぱりそうなんじゃないのか。おれにやっぱり原因があって、だからそしたらその子ども、池谷のじゃないのか。
海子 池谷のじゃないよ。
山尾 本当かよ。
海子 本当だよ。
山尾 証拠は?
海子 そんなもの必要? 本当だって言ったら本当だってば。
山尾 じゃあなんで急に子どもができるんだ。おまえが浮気してないっていうなら、なんで急に子どもができるんだ。おかしいだろ。もういいよ、もう寝ろよ!
海子 おやすみ。
山尾 おい、寝るな。お前、やっぱりそうなのか。
海子 寝ろって言ったのだれだ。
山尾 そうなのか、やっぱりそうなのかおまえの子ども、おれのじゃないのか。
海子 あんたのだよ。
山尾 池谷のじゃないのか、あの色白野郎の。
海子 いったいだれがわたしなんか相手してくれるんだよ。
山尾 じゃあなんで池谷はおまえのダンスパートナーなんだ、あんな背が無駄に高いやつ。おまえとはつりあわねえよ。
海子 つり合うよ! そういう差別をしない人なんでしょ。
山尾 そんなわけあるか。下心があるに決まってるだろ。おまえ、いいように遊ばれてるだけだぞ。あいつお面みたいな顔して、お面とると、血だらけだぞ。生理の血だぞ!
海子 知らないよ!
山尾 知らないことないだろうが! 前髪だって右だけ伸ばしやがって、バランス悪いだろうが!
海子 アシンメトリーって言うんだよ!
山尾 あ、締めるといい? おまえ、しまり屋入っていったのもそういうことか。
海子 無理があるだろうが、ジムでいったいどうやって子どもができるんだ。
山尾 汗水流してるはずだろ。
海子 流してるよ!
山尾 いいか、おれだってこんな子どもができてめでたいって夜にこんなこと言いたくない。仁に、愛子だ。でもおまえ、仁や愛子が池谷の子どもだったらどうしてくれるんだ。
海子 勝手に名前決めないで。なんで子どもが二人になってるんだよ。
山尾 おまえ、おれがどれだけ子どもがほしいか知らないわけないだろ、知ってるだろ。タバコもやめた。酒も飲まない。できるだけおまえと夜は過せるように、出張のない今のバカみたいな仕事に転職した。
そりゃあ夜が遅くなるときもあるよ。でもできるだけ稼ぎつつ残業はごまかして早めにあがってるんだ。それがおまえは、ダンスだ、パートナーだ、衣裳に金がかかる。こっちは人工授精まで考えて、昼食は産業大の学食で済ませて、ちょこちょこ貯金までしてたのに。
海子 だからできたじゃない、赤ちゃん。
山尾 とんでもない女だよ、おまえは。一人ぼっちだったのをおれが優しくしてやったんだ。
やっぱりおまえは呪われてるよ。だから子どもだってできなかったんだろ。
海子 できたじゃないか! あんたの子どもだよ。呪われてるとか言うな。
山尾 いったいどうやったんだ? なんで今までぜんぜんできなかったのが急にできたんだ? おれが種無しだったってことか? それじゃあ池谷ので決まりじゃねえか。
……いいや、そんなわけない。だって、おれが種なしなわけないだろうが!
かつて頬が痩け、大きい二重の目だけがギョロギョロと動き、ボクサーみたいな体脂肪率でムダ毛が多かったおれは、確かに世の中にあらがっていて、かっこよかった。そんなおれがそんなわけない。髪の毛もモヒカンで、目が合うやつには味のなくなったガムを無理やり噛ませ、駅前のキャンペンガールを口説き落とし泣かせ、乱立する不動産屋の看板を壊して回った。バス停のベンチを盗んだこともある……!
言いすぎた。ごめん。そんなつもりはなかったんだ。ごめん。風呂入る。
俳優1、風呂につかる。
山尾 やってしまいました。せっかく海子に子どもができたのに。ダンスだって踊るのに。おれは、海子が楽しそうにしているのが、とても好きなんです。子どもも、本当にうれしかったんです。
(何かを聞いている)はい、それはもちろんです。明日の仕事は休んでダンスの発表会見に行きます。池谷はどうしたらいいですか。無視したらいいですか。わかりました。そうします。とんでもない。
もう(風呂を)出る。
俳優1、戻る。俳優2、いなくなっている。
山尾 海子……、おまえがのびのび、ダンスを踊っているのを目にうかべるよ。
2.ダンスの発表会
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