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登山で出会う神話24|別離の導き手、白夢狐(はくむこ)

神無月、寅の刻。霧深き雲取山に、顔に白い線を持つ白夢狐(はくむこ)が現れ、山頂への道を静かに示す。白夢狐に導かれ、霧の中をそっと進むと、やがて山頂に恋い焦がれた彼女の姿が浮かび上がる。淡い微笑みが、その唇に宿る。触れたい――そう願う思いが胸を締めつけ、手を伸ばしかけるも、白夢狐が静かに囁く。「触れてはならぬ。巳の刻が過ぎれば、この思いは霧とともに消える。」


その声に一度はためらい、ふと彼女の瞳を見る。かつての温かさが確かにそこに宿るが、どこか遠い、はるかに隔たった世界のもののようでもある。目を閉じると、恋しさが霧と交わり、山の風に溶け込んでゆくような感覚が広がる。心の奥で彼女を抱きしめ、ゆっくりと手を下ろす。


巳の刻、霧が静かに薄まり始めると、白夢狐はすっと踵を返し、再び山の奥へと姿を消していった。帰り道、何も変わらぬ山道をひとり下りながらも、どこか心の深いところで、なにか新たな響きが芽吹くのを感じる。別れの痛みを超えた先で、見知らぬ温かな予感がふっと微笑む。それは、まだ名前のない出会いの兆し――そして、次に出会う誰かのために、静かに心の戸が開かれるような感覚だった。

at雲取山

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