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「野良の虹」考察

隠すつもり無かったけどキリンジファンです
でもエイリアンズしか聞いてないにわかだったんで他の曲もきいてみようと思った去年の冬、まんまとキリンジの虜になりましたよ。
1番好きなアルバムはpdm、次に3、fbhlと言った感じです。
まぁ前起きはさておき、そんな中でも初めてエイリアンズを聞いた時のあの感動を差し置いてもう自分の中で1番好きな曲になったのがタイトルにもある通り「野良の虹」です。
この曲を初めて聞いた時は曲調的に切ない感じかなと思っていました。(音楽のこととかさっぱりわからんけど)

初めはそこまで思い入れはありませんでしたが、アルバムを聞いていくうち、双子座グラフィティ▶︎風を撃て▶︎野良の虹と、ひねくれた三曲が俺の心を狂わせました。

そして「野良の虹」は「2in」というシングル?で別バージョンがあることを知りました。中でもCメロの兄貴の歌声はこっちの方がセンチメンタルで好きです。

ということで今回はキリンジの「野良の虹」について考察したいと思います。やはり好きな曲であるからこそ考察して考えを深めて曲の思い入れを深めたいです。
いきますか。

野良の虹(作詞作曲 堀込高樹)

まずは歌い出し。なんなんだこれは。
キリンジは多少エロさがあると知ってはいたんですが多少ではありませんでした。
まずこれは過去の話でしょうか。女の子とあるのですから、交際中であった女性との肉体関係についての感想?
でもここで「女の子」と書くことで今はもう彼女ではなさそうな関係であることが分かります。
故人の話をしているのに現在形の文脈である、過去、現在の対比と言えば良いのでしょうか。

これは今の話でしょうかね、「また」あおうねというところがポイントだと感じました。
男は煩悩にまみれる生き物だから彼女、交際相手などと別れて、今はそんな女性なんて知らないなんて言ってみるわりには実は心の奥ではできるならばもう一度、またどこかでよりを戻してみたいなんて思っては自分の中に押し戻すものです。
枯れた頬とはなんでしょうか?
これはもしかしたら虹と関係ある?
みずみずしさが無くなる▶︎雨が止んだ後のように頬が枯れてくるということはすなわち雨の後=虹、みたいな?
Aメロでは過去、Bメロでは現在の話をしていると思います。この対比の意味は次で分かると思います。

サビです。「流星のイレズミをまぶたに刻め」ということで、これのオマージュとなった作品、吉増剛造さんの「燃える」についても触れていきたいと思います。

吉増剛造 燃える

この詩は対比、比喩などが主に使われてくる詩です。詳しいことは俺より絶対解釈で着ている人を参考にした方がいいです。↓
黄金の太刀と恒星面を通過する莉の花
それにより己が無限となり得る存在である

これらをふまえ、自分のように小さき者でも何にでもなれるということに気づき、乳房、太陽、リンゴ、紙、ペン、インクなんにでもなっていけるのだということこそが夢であると。

と、言うことは全てのものを自己に刻むことが出来る、それがスポーツカーに乗って真正面から見る流星であっても、そう、とても一瞬の出来事であっても刻むことが出来るのだ。
そしてここで今までは自分自身が気づいたことについて話していたのにいきなり「きみ」が出てきました。しかし図らずとも作者と同じことが出来ているのだ、森羅万象は、

んー、つまりどういうことや(笑)
この詩において有限的なものと無限的なものの対比が施されていると同時にそれらは対等であるんだと感じました。

そして戻りますがこの「野良の虹」では最後の段「流星を正面から顔に刺青できるか、きみは!」というところがピックアップされます。

流星のイレズミをまぶたに刻め

詩では疑問形、曲では命令形となっています。これは自分に言い聞かせてるんじゃないかなぁと感じました。
この詩を踏まえ、今自分は別れているのだが、そんなか細い時だからこそ一瞬の出来事、流星のイレズミってことはすなわちこの交際相手との日々でしょうか、この現実から目を背けるのではなく、むしろまぶたに刻むのだ。ということ?
そして枯れた頬をよせあった間には袂を分かつ野良の虹が出ていたのですね、

桃色の手を振る「恋人」とあります、「女の子」▶︎「恋人」になることで「またあおうね」の部分を捉えつつもう両思いではないという悲壮感も「バイバイバイ」を混じえながら漂います。

自分は彼女を洗脳させていいように使っていたんですかね、自分はセックスしたことないから分かりませんが女性の心的負担は限りないものだと思います。ということは自分は彼女を都合よく騙し、セックスをたのしんでいた。
七曲がりなセックスとはどういう意味なんだ?
幾度にも折れ曲がる、すなわち何回戦もやってるってことなのでしょうか?

見果てた空の下、これまた虹を想起させるワードです。枯れた頬をよせあって見果てた空の下で袂を分かつ野良の虹
あ、野良ということに触れてませんでした。
野良=野生ってことは元いた場所に戻る、結果的に袂を分かつって事ですかね。

今まで聞いてきた中で1番スっと脳に刻まれたし感動した美しいメロディだ。
左胸がドクドクしてるってことだよね
心臓の疾患、ストレス、薬の副作用、アルコールとかがあるらしいです。この男は酒カスしてそうだし、薬とも言える彼女が消えることによるストレスや副作用(反動)などが露になっています。
黄昏は夕ぐれ、すなわち虹ももうすっかり消えた頃、もう彼女とは二度と会えないのではないか、そんな緊張が頭をよぎり、動悸が起きてしまうのです。
ここの「黄昏動悸と苦い汗」のみなまで言わない同士をつけない感じが疾走感、緊張感を出していて心の焦りが見透かされます。

落ちにくい口紅を塗りなおしてるんですよ、その落ちにくいというのは自分の勝手な思い込みであって、実際は自分たちの関係なんて彼女にとっちゃ軽いもんだったわけ、もうあの子は俺ではなく他の誰かに騙される、俺の知っていた君はもう居ない、そんな目新しい君は誰なんだ?
さっきまで別れた緊張感がよぎっていたのにここではなにか冷静になっているように見受けられますね、これも男特有の感じがあるなと思いました。いや、俺だけがそうなのかも知んない、感情の起伏が激しいから思い上がったり冷静になったりすることはよくある。そんな葛藤が伺えます。
そしてラスサビ。

桃色の手のひらを降っているあたりなんか彼女的には円満のように見えるんですよね、でも自分側はできるのであればまた、、、みたいな
グッバァーイでさらに後押ししてくる。
なんて美しいのだろう。

まとめ

この話は下心丸出しの男性と比較的純粋な女性の感情の入れ違いだと感じました。お互いの価値観のせいで別れてしまった。女性は別に深く思っていないけれど男性はイレズミをまぶたに刻むことだってできる、なんだってできるのに別れることは止められなかった、でも必ずできるのだろう、まだチャンスはあると感じつつ最終的に表記的には「女の子」と言った認識になる。もう知らねぇよと。でも時間を置いたらまた片思いしているんだろう。


あとがき

ニコニコだと「風俗嬢の歌」などと言われていましたが確かにそうとも捉えられるなと感じました。まぁ歌詞がド直球なのと「女の子」や「君は誰」などと他人表記が通用するからでもありますね。
野良の虹ファンがなかなかいないのでこれを機に共通の友達が出来たらいいななんてことも考えています。
キリンジは難解なメロディーに難解な歌詞だから初めはとっつきにくかったですが今はそれさえも可愛く感じられるようになっていますね。あの時の「なんかきもちわりぃ」みたいな感情はなんてあらわせばいいのやら。
まだ人生経験が浅いなりに30代の詩を嗜んでみましたけれどもとても楽しかったです。
これからもずっと聞き続けそうですわ。

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