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よくがんばりました❤️【コメディ】

カミオコージ、六十歳。ついに迎えた定年退職の日!!

四十年以上、営業一筋で頑張ってきた!!成績は常に上位!後輩の指導もバッチリ!取引先には土下座する勢いで頭を下げまくった!!

なのに!!!部長にはなれなかった!!!!

なぜか!?

会社の飲み会、全部バックレてたからだ!!!

いや、そりゃ行かなかったよ?だって行きたくなかったもん!!上司のくだらん武勇伝を聞いて、「さすがですねぇ!!」なんてヨイショするより、家で米炊いて食べてたほうがマシやろ!!

そうや、ワイは家庭を大事にしたかったんや!!

会社で出世することより、妻との時間を大事にしてきたつもりやった。

やったんや……。

「……カミオさん、ごめんなさい。私、もうあなたの妻ではいられません」

あれは、一年前のことやった。

いつものように仕事を終えて帰宅すると、家がやけに静かやった。

「……?」

何かがおかしい。いつもリビングでテレビを見ているサエコの姿がない。

テーブルの上には、ポツンと置かれた一枚の手紙。

『ごめんなさい。もう、あなたの妻ではいられません』

「?????」

なんやこれ!?

パニックになりながらスマホを見ると、サエコからのLINEが入っていた。

サエコ:「カミオさん、ごめんなさい。私、タカシさんと一緒になります」

タカシさん。

どこかで聞いたことがある名前やな……と考えた次の瞬間、血の気が引いた。

町会の世話焼きおじさん・タカシ(六十八歳)やんけ!!!!!!!!

いやいやいやいや!!!

ワイ、会社のために四十年働いてきたのに、その間に妻、町会のおじさんとできてましたって、どんなシナリオやねん!!!!

あのタカシ、町内会の集まりでニコニコしながら「奥さん、お元気ですか?」って聞いてきたけど、お前が元気にしてたんかい!!!!

その後、サエコとは話し合いの末、離婚。

タカシはサエコと一緒にどこかへ消えた。

家には、静寂だけが残った。

家に帰ると、しーーーんとした静寂が広がっていた。

「……はぁ」

長年、仕事に明け暮れて、やっと自由になったと思ったら、誰もいない。

サエコもいない。

家族のために働いた結果、ワイには何も残らんかった。

「明日から……何をして過ごせばいいんや……」

考えても答えは出ない。とりあえず布団に入る。

ズキンッ!!!!

「んおぉぉぉぉぉ!?!?」

突然、奥歯が反乱を起こした。

何や!?何が起こった!?ワイはただ寝てただけやのに!!!

痛い!!!痛い痛い痛い痛い!!!!

ズキンズキンと響く激痛!

寝返りを打ってもダメ!枕を強く抱きしめてもダメ!!むしろ枕に八つ当たりしたくなってくる!!!

時計を見ると……深夜2時。

「朝まで……長ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

歯を押さえながら悶絶する六十歳。なんやこれ、退職祝いにしては酷すぎるやろ!!!

朝になった。

しかし、ワイは完全に瀕死だった。

奥歯の痛みは昨夜よりも増し、ついにはズキズキを通り越してゴンゴンと脈打つような激痛になっている。

起き上がるだけで、頭に電撃が走る。

「ぐおおおおおお!!!!」

ベッドの上で転がりながら、ワイは歯を押さえた。いや、押さえたところで痛みは消えへん!!むしろ触ったせいで余計に痛い!!

なんなんや!!ワイは何か悪いことしたんか!?妻に逃げられて、会社も静かに放り出されて、そのうえ奥歯にまで裏切られるんか!?

「も、もうええ……!!歯医者や……!!歯医者行くしかない……!!」

痛みで半泣きになりながらスマホを操作し、近所の歯科医院に電話をかけた。

「申し訳ありません。本日は休診日となっております」

「ぐはぁ!!!!!」

もうこのまま、奥歯とともに人生終了するんちゃうか?

それでも諦めずに検索し、ようやく見つけたのが――

「ひまわりキッズ歯科クリニック」

……キッズ?????

いやいやいや、ワイ、キッズちゃうで?どこからどう見ても六十歳の哀愁漂うおっさんやで???

でも、背に腹は代えられん。痛みで選り好みしてる場合やない!!

「あの……大人なんですが、診てもらえますか?」

電話の向こうで、一瞬の沈黙。

そりゃそうやろな。

しかし、受付の女性は優しかった。

「少々お待ちくださいね」

しばらくして――

「大丈夫ですよ!すぐにお越しください!」

「ありがとうございます!!!」と叫び、ワイはすぐに家を飛び出した。

が――

「いってぇぇぇぇぇ!!!!!」

寒さのせいか、ちょっと動くだけで歯がズキンと激痛を放つ。いや、もうこれは歯の痛みを超えて、もはや何かの拷問では!?

一歩踏み出すたびに「ズキン!!」と頭まで響く。

二歩目を踏み出すと「ズキン!!!!!」

三歩目……いやもう無理や!!動くだけで痛い!!!

しかし、電車に乗るなんてもってのほかや。満員電車の中でこの痛みに耐えられるわけがない。たぶん吊り革につかまるどころか、その場で崩れ落ちてしまう。

というわけで、キッズ歯科にすがることを決意。

「がんばれ……がんばれワイ……!!!」

自分を鼓舞しながら、這うようにして歯医者へ向かうのだった。

目に飛び込んできたのは、カラフルな内装、壁の動物イラスト、そして……元気に走り回るキッズたち!!

受付の前で、ぴょんぴょん跳ねながら順番を待っている小さな子供たち。カラフルなプラスチック椅子にちょこんと座って、泣きそうな顔をしている男の子。

そして、彼らの中に混じって座る、ひとりだけ異様な雰囲気を放つワイ(六十歳)。

場違いもいいところである。

「……おじちゃんも、むしば?」

隣の椅子に座っていた幼女が、キラキラした目で聞いてきた。

「……うん……」

ワイは小声で答えた。

しかし、歯の痛みには勝てず、恥ずかしさを噛みしめながら受付へ。

「あの……カミオコージです。予約しました……」

「お待ちしておりました!」

受付の女性は、変に笑うこともなく、普通に対応してくれた。

そして、ついに診察室へと案内される――

診察室のドアが開いた瞬間、ワイの目は釘付けになった。

そこにいたのは、白衣姿の若い女性医師。

「こんにちは、カミオさんですね?お待ちしていました」

――若い!!!めちゃくちゃ若い!!!

そして、めちゃくちゃ美人!!!!

キッズ専門だからか、普通の歯医者よりも親しみやすい雰囲気を持っている。ふんわりとした優しい表情、柔らかそうな声。

そして――

胸が近い!!!!!!!!

診察台に座った瞬間、先生が顔を覗き込んできた。近い。近すぎる。いや、これは単に医療行為として必要な距離感なのかもしれんが……。

「じゃあ、お口開けてくださいね」

ふわっといい匂いがした。あかん、それどころちゃうねん。痛みでそれどころちゃうはずやのに、思考があらぬ方向へ暴走しそうになる!!

「緊張しなくて大丈夫ですよ」

いや、無理や!!!!!!!!

「じゃあ、少し削りますね」

キュイイイイイイイン!!!!!!!!

ぎゃあああああああ!!!!

ワイの頭蓋骨が直接揺さぶられとる!!!!!

歯医者のドリルって、なんでこんなに恐怖を煽る音なんや!?まるで脳の奥を掻き回されてるみたいな振動!!麻酔が効いてるはずやのに、なぜか全身がビクンビクン反応してしまう!!!

「大丈夫ですか?」

先生が優しく声をかけてくれるが、ワイの魂は抜けかけていた。

口の中で器具が動くたびに、歯に伝わる微かな振動が神経を逆撫でする。

「うぐっ……!!!」

「もうちょっとだけ頑張りましょうね」

もうちょっと!?まだあるんか!?

治療台の上で、ワイの両手は硬直してガッチガチ。足は無意識にプルプル震え、頭は完全に思考停止状態。

キュイイイイイイイン!!!!

「おっふ!!!??」

ドリルの衝撃が頭のてっぺんまで突き抜ける!!!歯の治療を受けているのに、なぜか目から涙がじわっと滲みそうになる!!

先生が少し体勢を変えた瞬間――

胸がふわっと額に当たった。

ビクゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!

「す、すみません……!」

先生が少し動揺した様子で謝るが、ワイはそれどころやない。頭の中が処理落ちを起こし、完全にフリーズ。

いやいやいやいや!!!

「だ、大丈夫ですか?」

違う!!そっちの心配ちゃう!!!

しかし、ワイはすでに反応できる状態ではなかった。目を見開き、ただ天井のライトを見つめることしかできない。

このままでは脳内処理が限界突破しそうだったが――

「はい、終わりましたよ」

天使の声が降り注いだ。

終わった……終わった……!!!!!

全身の力が一気に抜ける。

「カミオさん、よく頑張りましたね」

先生がニッコリ微笑みながら、何かを手渡してくる。

小さな金色のメダル。

そこには、こう書かれていた。

「よくがんばりました❤️」

「お子さんに渡してるものなんですけど、特別ですよ!」

その瞬間――ツーッ(涙)

な、泣いてへんぞ!!!これは汗や!!!目から出るタイプの汗や!!!

妻に逃げられ、会社にも冷たく退職させられ、誰にも労われることのなかった六十歳のワイ。

カミオコージ、六十歳。

「よくがんばりました❤️」メダル、誇らしく持ち帰ります!!!

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