【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第5話

 それからしばらくの間、学校は終始騒がしかった。
 学校側から白坂先輩の死に関するアナウンスが流されるまで一週間ほどの空白期間があり、それまでの間はずっと色々な噂が飛び交っていた。渦中の僕は周囲から腫物に触るように扱われ、遠巻きでこちらを見ながら耳打ちし合う同級生を何度も見かけた。
 そしてついに学校側も隠すことができないと判断したのか、あるいは大人たちの間で何かしらの調整が行われたのか、朝の全体集会で彼女の死が発表された。
「皆さんの大切な学友が不慮の事故により亡くなりました。前途ある一人の生徒の未来が失われてしまったことを誠に残念に思います」
 校長が芝居がかった口調で定型文のような文章を読み上げる。生徒たちは困惑した様子でざわつき始めるが、彼はお構いなしに話を続けた。
「それでは、一分間の黙祷を行いましょう」
 一通り話が終わると、全校生徒で一斉に黙禱が行われる。と言っても、実際に祈りを捧げている人などほとんどいないだろうし、こうしてただ口を閉じているだけの時間にどんな意味があるのだろうか。そんなことを考えていると、僕も彼女への祈りを捧げることのないまま一分間が過ぎていた。
 放課後、特に来る理由もなかったが、気付くと部室へとやってきていた。事件からしばらくは部室棟全体が封鎖されていたが、数日前に解放され、今はもうこれまで通り部活動に勤しむ生徒たちで賑わいを見せていた。
 周囲はざわざわと騒がしいはずなのに、どことなく寂しげな階段を一段ずつ昇っていく。おろしたてのスニーカーがまだ足に馴染んでおらず、歩く度に踵がこすれてひりひりと痛んだ。
 特に物が減ったわけではないのに、部室はがらんとした雰囲気を帯びていた。窓際に置かれた空の花瓶が低くなった太陽の光を反射して眩しく輝いている。そういえばあの花瓶にはいつも前の部長が花を活けてくれていたから、彼が卒業したあとはずっと放置されて埃を被ったままだった。
 入念にクリーニングがなされたのか、この文演部の部室も何事もなかったかのように元通りになっている。一か所だけ、わずかに床の色が変わっている部分だけが、彼女の死の面影を残していた。
 その日も部室に他の部員の姿はなかった。結局あれから一度も三人と顔を合わせていない。いざ会ったらきっと何を話せばいいのかわからないし、ちょうどいいのかもしれないと思った。
 この部室棟もすっかり活気を取り戻していて、誰もいない静かな部室で一人座っていると、方々から会話の断片や物音がひっきりなしに耳に雪崩れ込んでくる。遠くから聞こえる運動部の掛け声や楽器の音がすっかり元通りになった日常を表しているような気がした。
 僕は鞄から一枚の封筒を取り出す。その中には白坂先輩が死ぬ間際に残した最後のシナリオが入っていた。

【梗概】
 白坂奈衣は自殺した。何故彼女が死を選んだのか、その理由を誰も知らない。

【登場人物】
・白坂奈衣……文演部三年。部室にて死体が発見される。
・友利成弥……文演部三年。白坂の同級生。
・西村景 ……文演部二年。白坂の後輩。
・桜川和希……文演部二年。白坂の後輩。
・住野詩織……文演部一年。白坂の後輩。

【人物設定】
役名:西村景
 詳細は既知のため割愛。

 この封筒は白坂先輩が死んだ当日、彼女自身から受け取ったものだった。
 あの日、僕たち文演部員の四人は白坂先輩からこの封筒を事前に渡され、指定された時間にみんなで同時に部室に入ってくるように指示を受けていた。その時はまた何か『本作り』のための仕掛けを用意しているのだろうと特段気にしていなかったが、いざ部室に入ってみると、彼女の死体が倒れていたというわけだ。
 封筒は部室に入ってから開けるように言われていたので、こんなものを遺していたのだと知ったのは彼女が死んだ後だった。
 これを見ればわかる通り、どうやら彼女は最期に自分の死を使って『本作り』をしようとしているらしかった。もう自分はいないというのに、わざわざこんなものを遺して。僕に渡されているということは、残りの三人にも同じものが渡っていることだろう。
 一体自分はどうすればよいのか、まだ図りかねていた。そもそも与えられた役が僕自身なのだから、無理して何かをする必要もないのかもしれないが、僕が彼女の死を前に何を想い、何を行動するのかが自分にもわからなかった。
 いっそ設定まで書いておいてくれたなら楽だったと思う。既知、と書いてあるけれど、僕は僕自身のことを全くわかっていない。彼女からの僕はどう見えていたのだろうか。
 ――何故彼女が死を選んだのか、その理由を誰も知らない。
 ふと、梗概に書かれたその一文が気になった。ほとんど何も書かれていないに等しい内容の中で、彼女がどうしてあえてこの一文を書いたのだろう。全体の見栄えを考えるなら、この一文はない方が綺麗なはずだ。
 ――もしかして、彼女は自分の死の理由を誰かに知ってほしかったんじゃないか?
 少し彼女らしくない気もするが、そう考えるとこの一文にも辻褄が合う。だとするなら、その誰も知らない理由を知ろうとする登場人物が必要だ。
 真っ暗だった視界の先に、一筋の光が見えたような感覚を得る。このシナリオにおける自分の役割が見えて、ようやく「西村景」という人間の感情と行動が頭の中に浮かび始めた。
 僕が彼女の遺したシナリオを完成させる。そう決意して、僕は『本作り』を始めることにした。



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