【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第14話
果たして白坂先輩はどこまでのシナリオを考えていたのだろうか。
住野さんがああやって自分が殺したと嘘を吐くことも織り込み済だったのではないかと思ってしまう。だから、あえて彼女だけには自分が死のうとしていることを明かしたし、煽るようなことを言って彼女の怒りを買った。
もしかしたら、僕が白坂先輩の死を暴くところまで、彼女のシナリオ通りなのではないかとすら思える。そうだとしたら、僕はどこへ向かうのが正解なのだろう。彼女の死を解き明かすことができたなら、そのときは自分に与えられた役割も理解できるのだろうか。
結局住野さんの嘘を暴いても、白坂先輩の死については何もわからなかった。どうして彼女が死を選んだのか。そしてそこに何故シナリオを遺していったのか。僕たちに何をさせようとしているのか。
自殺未遂から数日経ち、住野さんは無事退院することができたらしい。しかし学校へは一度も来ておらず、当然ながら僕もあれ以来会っていない。噂によると、すでに転校の手続きを進めているそうで、きっと二度と僕たちとは会わないつもりなのだろう。
僕はあれから何度か聞き込みを続けていたが、あまり目新しい情報は得られなかった。時間的にみんな各々の活動を行っている時間で、部室棟の周りは人目が少なく、逆に部室棟の中にいる人間は外のことを気にかけていない。人は多いはずなのに、エアポケットのようにぽっかりと見逃されてしまう状況が出来上がっていた。
和希も僕と同じように白坂先輩の遺したシナリオを気にしていて、継続して色々と調べていたが、結果はやはり芳しくないようだった。何か新しいことがわかったら報告すると言っていたものの、しばらく部室にもやってきていない。
一方で、その日は僕が部室を訪れると、珍しく友利先輩の姿があった。
「どうも」
彼と顔を合わせるのは白坂先輩が死んで以来だった。一人で姿勢よく椅子に座っている彼はひどく虚ろげで、まるで部室に取り残された亡霊のように見えた。
本来なら部室棟の聞き込みをする前に、一番の関係者である彼に話を聞くべきだった。しかし、同輩の死をどう思っているのかわからず、こちらからその話題に触れるのを躊躇してしまっていて、今まで一度も話をできていなかった。
「少しお久しぶりですね。しばらく来れていなくてすみません」
彼は物腰の柔らかい丁寧な口調で言う。どうやら今日はそういう設定らしい。髪の毛もきちんとブラッシングされたように真っ直ぐ伸ばされていて、七三で綺麗に分けられた前髪に几帳面さが表れていた。
「ちょうどよかった。実は今日はあなたに会いに来たんですよ」
「僕に、ですか?」
思わず聞き返すと、彼は無言で頷いた。
「あの日のこと、色々調べていますよね?」
声のトーンも表情も変わっていないはずなのに、まるで糾弾されているような感覚がして身体が冷たくなる。何を怖がっているのか、自分でもよくわからなかったが、彼の言葉の裏側に後ろ暗いものを感じ取ってしまう。
「……もうやめにしませんか」
彼は深い溜め息とともにそんなことを口にした。
「死んだ人間の墓を掘り起こすようなことをしても、何にもなりませんよ」
諭すような彼の言葉に、僕は改めて自分がおかしなことをしていることを自覚する。死を悲しむよりも先に、その真相を暴こうとするなんて、野次馬よりも質が悪い。
「でもそれを一番望んでいるのは白坂先輩自身じゃないですか。そうでないとしたら、あのシナリオの意味は何だっていうんですか?」
駄々をこねる子どものように、彼に答えを求める。
「その人が望んだなら、相手を殺したっていいと思うのですか?」
まるで僕が殺したとでも言いたげな口ぶりだった。
「そうやって私たちが彼女を許容し続けたから、最終的にあんな結末になってしまったのではないですか。本当に彼女のことを思っていたのなら、間違った方向に突き進もうとしている彼女を止めることもできた。それなのに、私たちは彼女を見殺しにしてしまいました。そして、死してなお、彼女の誤りを否定せずに、それどころか、彼女の死を肯定しようとしている」
彼は後悔しているようだった。白坂先輩を自殺に追いやったのは、ある種自分たちの責任だったのではないかと、そう思っているらしい。
確かに彼の言うことは間違っていないのだと思う。彼女の『本作り』という名の疑似的な自殺を幇助していたことは、少なからず彼女の死にも関わっている。
それでも彼女の死を自分のせいだと語ることは、あまりに傲慢すぎる気がした。彼は自分の過ちを後悔しているというよりも、彼女の死を自分事にしたがっているように感じた。
「死んだ人間を追いかけても、何も良いことはない。それだけは覚えておいてください」
言いたいことは言い終えたといった様子で、彼はそのまま部室を去っていった。