【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第16話
友利先輩がいなくなったあと、ずっと彼に言われたことを考えていた。誰もいなくなった部室に居座る僕は、傍から見ればそれこそ亡霊と間違われてもおかしくない。きちんと喪に服す気持ちがある彼の方がよっぽど人間らしい。
何より、僕たちが白坂先輩の死を許容してしまったというのは言い得て妙だと思った。実際、僕が彼女の死体を見た瞬間に感じたのは、伏線が回収されたような納得感だった。僕ほどではないにせよ、他の三人も少なからず同じことを感じていたはずだ。
自分が死ぬシナリオを作ることで、彼女は『本作り』を通して理想の死に方を探していた。そんな自殺実験に、僕たちはずっと加担し続けていたのだ。
では、何故それを誰も止めようとしなかったのか。それは彼女のシナリオの持つ魅力に取り憑かれていたからだろう。
彼女はとにかく人間のことを知り尽くしていた。心の中もすべて見透かして、僕らが言いたいこと、知りたいこと、考えたいこと、感じたいこと、それらをシナリオに忍び込ませて、いつの間にかそうした自己陶酔的欲求を満たしてくれる。『本作り』という特殊な創作物の持つ力を最大限発揮する術を理解していて、完璧なお膳立てをした状態で僕たちを躍らせてくれるのだった。
その心地良さに甘んじながら、どこかで高を括っていた部分もあるのだと思う。いくら疑似的な自殺を繰り返そうとも、本当に死を選ぶようなことはない。彼女も自己陶酔を楽しんでいるだけで、物語の中の自分が死ぬことで満足しているのだろう、と。
ところが、彼女は本気で死を望んでいた。そのことがわかったとき、僕は自分の憧れていたものが真実だったとわかって、嬉しささえ感じてしまっていた。
「どうして自分が死ぬシナリオばかり作るんですか?」
一度だけそんなことを尋ねたことがあった。ちょうど文演部に入って半年ほどが経過した頃で、今にも雪が降り出しそうなほど空気の澄み切った真っ暗な帰り道だった。どうしてそんな話になったのかは忘れてしまったけれど、ずっともやもやとわだかまっていたものを吐き出せて安堵したのを覚えている。
「私はね、美しい死に憧れがあるんだ」
子どもが将来の夢を語るような無邪気さで、彼女はそう答えた。
「どうせ死ぬのなら、人の心に残る死に方をしたい。だから『本作り』の中でそれを探している、といったところかな」
僕はそれを聞いてすごく嬉しかった。決して彼女は後ろ向きに生きているわけではなく、むしろ前向きに自分の死というものに対峙している。死ぬ理由があるから死ぬのではなく、死にたいから死ぬ。そんな潔さが美しいと思った。
そして、そんな風に自分の求める理想に向かって真っ直ぐ進んでいく彼女が羨ましかった。彼女は生粋の芸術家だったのだと思う。その対象物が『自分の死』という特殊なものだっただけで、決して社会には受け入れられることのない存在だったけれど、僕も彼女のような生き方をしてみたかった。
だからこそ、僕は彼女が文字通り自分の命を懸けて作った物語をきちんと鑑賞したい。一人のファンとして、その死を嘆くよりも、そちらの方が有意義だと思った。
「あの、すみません……」
すっかり思考に没頭していたところに、突然知らない声が飛び込んできて意識が現実に引き戻される。慌てて声がした方に顔を向けると、そこには背中を丸めてそっとこちらを覗き込む女の子の姿があった。
「あれ、確か君は漫研の……?」
ぼんやりとした記憶と彼女の姿が辛うじて重なる。彼女はこの間漫研で話を聞いたときに、一番奥にいた子だった。ひどくおどおどした様子で、振り絞るように話をしてくれたのを何となく覚えていた。
「はい。漫研の笹野、です」
彼女は名前を言ってぺこりと頭を下げる。その間もずっと姿勢は変わらず、身体の半分を扉に隠したままだった。どうしたらよいかわからず、とりあえず彼女が次の言葉を発するのを待っていると、不思議そうな顔で僕の方を見つめてきた。
「えっと、何か用事でも……?」
一向に自分から喋り出す様子がなかったので、こちらから話を促す。すると、背中を針で突かれたみたいな身震いをしてようやく口を開いた。
「実は、この間聞かれたことで伝えなくちゃいけないことがあって……」
白坂先輩の死とどう向き合うかということを考えていた矢先、良くも悪くも、笹野さんは予想もしていなかった新しい情報を持ち込んでくる。
「時間がずれてたんです」
彼女はゆっくりと説明を始めた。
「後から紗紀子たちと話してたら、おかしいなって思って。月曜日はいつも委員会の仕事があるから、部室に来るのは少し遅くなってしまうんです。あの日も同じで、正確な時間はわからないんですけど、十六時半は過ぎてたと思います」
漫研部員と根本が怒鳴り声を聞いたのは、十六時ごろ。この声は白坂先輩と口論をしていた住野さんのもので確定している。
しかし、今の笹野さんの話によれば、彼女が部室の中にいる二人を見たのは十六時半以降ということになる。この時間はすでに住野さんは部室棟を出て、高木さんと一緒にいたはずだ。つまり、彼女は別の誰かが部室にいたのを見かけていることになる。
「それに、あのとき私が見たのは、男の人だったと思うんです」
「男……?」
「てっきり紗紀子たちが聞いた怒鳴り声の主と同じだと思ったら、そっちは女の人だって言うからおかしいなって……。時間も少しずれてるし、たぶん違う人を見たんだと思います」
僕はまさかと思い、彼女に尋ねる。
「その人って、バケットハットを被ってなかった?」
彼女はそれを聞くと、思い出したように強く頷く。
「はい、そうでした! 部屋の中で帽子を被ってるから、変わってるなーって思いました」
白坂先輩が撒いた種は、どうやらまだ土に埋まって隠れていたようだった。