かいのうた

やあ、今日は良い月だね。

 ああ、たいへん良い夜だ。

こんなに大きな月の日は、
さぞたくさん出るのだろうね。

 ああ、出るに違いない。

十年に一度の日和になるね。

 ああ、こんなすてきな夜は滅多にない。

僕は浮かれて、
宵から潮に流されるところだったよ。

 どうやら、
 ほんとうに流されてしまった
 奴も居たらしいぜ。

他のみんなは、いつ出てくるのかな。

 ああ、間もなくだ。あっという間だ。
 ほんとうに、今日は良い夜になるぞ。

僕なんか待ちきれなくて、今にも、ほら。

 ああ、それはいけない。皆が揃うまでは。

わかっているけど、
どうしようもなく開いてしまうよ。

 ああ、いけない。
 それではほんとうにいけない。
 そら、俺が上に乗っていてやろう。

それは、とてもありがたいことだね。

 これで治まるなら、お安い御用さ。


 ……なんだ、どうした?
 黙ってちゃ、わからないだろう。
 ああ、そうか。
 口が開かなきゃ喋られもしないな。
 おっと、
 そおろそおろと皆が揃いだした。
 何奴も此奴も沢山持って、
 今にも口が
 はち切れんばかりじゃないか。
 さあもうすぐだ。そろそろだ。
 あと一時の辛抱だ。
 そら、間もなく月が天辺に届く。
 そうしたらお前も存分に開いていいさ。
 俺が降りても辛抱できるか?
 できるな?
 よし。じゃあ、いよいよ俺は降りるぞ、
 いいか、いよいよだ。
 お前は辛抱を忘れるな。
 そら、たった今、俺は降りたぞ。
 零れぬように気を付けて喋るのだ。

……

 しようのない奴め!
 喋りもできなくなるほど、
 そうまで腹一杯詰め込んだのか。
 ああ、ほんとうに、しようのない奴だ。
 どうせ良いも悪いも
 お構い無しに拝借したのだろ。
 そら、いよいよ天辺だ。
 待ちに待った天辺だ!
 よくぞ辛抱したものだ、
 さあ、お前も俺も、
 思う存分開くとしよう!

……ああ、やっとだ、やっとなのだねえ。
ほうら出て来た、
僕の唄が出て来たよ!

 ああ、この分だと
 今夜はまだまだ出るぞ。たんと出るぞ。

やあ、この白いのは、
毎日砂浜を散歩に来る子のやつだよ。
あの子の心のお腹は楽しくて、
いつも余計に食べ過ぎてしまうんだ。
こっちの赤いのは、
日がな溜息ばかりだった男の。

 奴のは俺もずいぶん拝借したぞ。
 こうして頻繁に食ってやらないと、
 奴は藻屑となってしまうからな。

おかげで帰りはいつも、
すっとした心持ちだね。

 そうだ、そうなのだ。
 心持ちさえすっとすれば、
 暫くはまたやれる。
 楽しいお腹だってそうだ。
 持ち過ぎては、却って好くない。
 いつまでもその楽しさに
 しがみ付いてしまうからな。
 良い加減を上手く計って
 食ってやるのが正解だ。

そうだね。
僕は楽しいお腹が大好きで、
つい余計に食べてしまうのだけども、
そんなの構やしないと思ってるんだ。
少々多めに食べたところで、
どうせ
持ち切れないほどなのだからねえ!

 お前はもっと節操を持って
 拝借すべきだと思うのだが、
 それでも確かに一理はある。
 だからきっと、いつまでも、これからも、
 そうするのだ、俺達は。

けれども、みんな知らないのだね。

 ああ、知らないさ。
 そっと心のお腹を拝借している事も、
 こうして満月大潮の夜には唄にして、
 月へ渡している事も。

なんだかそれは淋しいな。

 そんなではない、
 そんな風では、お前はいけない。
 周りを見てみろ、
 皆嬉しそうに挙って唄自慢だ。
 わかるか? つまり今夜は
 貝のお祭りなんだぜ?
 お祭りに淋しいも糞もあるものか。

そうだね。それはたぶん、
どうやら仕合せなのだねえ。

 ああ、そうともさ。


それにつけても、今夜は大した量だね!

 ああ。これでは月も大変だろう。
 いつもより
 早く欠けてしまうかもしれないな。

月は偉いね。身を削りながら、
半月かけて唄をとろとろ溶かしては、
空に戻すんだね。

 それが月の仕事だからな。
 だからきっと、いつまでも、これからも、
 そうするのだろ。


 さあさ、もう、じきに夜明けだ。
 今夜中に全部唄ってしまわないと、
 次が食えなくなるぞ。

そうだね。
溜息男もきっとまた来るだろうし、
また楽しいお腹を
たんとほおばりたいから、
僕は頑張って唄うよ!

 おや、なんだかんだで
 お前も随分な楽天家じゃないか。
 これなら心配するまでもない、
 俺も、もうひと絞り
 唄うとしよう──