Fake or truth
気付けば犯罪者と結婚していたと言う、サイコホラーのつもりのショート
私
二〇〇四年十二月十日、私は地元商店街の緑や赤で煌(きらめ)めく、クリスマスデコレーションを見て溜息(ためいき)をついた。こんな時期に大好きな透くんと一緒に居られたらいいのに。
三月に高校受験が控えているので、私達中学三年生は勉強しなくてはいけないけれど、無性に彼氏が欲しい年頃でもある。
冬はクリスマスやバレンタインデーなど、恋人達の為のイベントが目白押しなのに、その先にはしっかりと受験が待ち構えているのだ。
「仕方がないね。」と手に握りしめていた透くんの写真に呟(つぶや)き、家路を急いだ。
二〇〇五年四月、透くんと一緒の、地元では有名な進学校に合格したよ。高校三年間クラスや部活動は違ったけど、透君を毎日身近に感じる事が出来た。
高校生活最後の体育祭で披露した、クラス混合創作ダンスで、偶然透くんと一緒に踊る事となったね。透くんが私の事を見ているのが良く分かって、かなり緊張したよ。
先生と親との三者による進路相談。透くんが東京のM大学を受験すると聞いたので、私も同じ大学を志望した。一生懸命勉強を頑張ったよ。
結果、見事二人とも合格。透くんは私が同じ大学に合格し、そこに進学する事に気付いていないみたい。
二〇〇八年三月上旬、大学生活を送る為のアパートを探す為に親と上京した。
透くんが友達に、「ここに住む」と言っていた、東急東横線沿いの中目黒駅周辺に住みたかったけど、
「女の子が住むには騒がしいわね。もう少し静かな所に住みなさい」
と母親が煩(うるさ)くて、駅から徒歩数分で比較的閑静な住宅街のある、隣駅の祐天寺駅周辺に1Kのアパートを借りることにした。
大学生活が始まれば、毎日透くんの声を聞けるから嬉しい。
忘れもしない二〇一〇年一二月。私が加入しているテニスサークルでの忘年会。大学二年生になっていた私は、酔った勢いで同じサークルのYくんと寝てしまった・・・。
ごめんね、透くん。でも透くんには、同じ学部に彼女が居るじゃない。浮気にはならないわ。
二〇一二年四月、私達は無事に大学を卒業して、透くんは渋谷にある音響メーカーへ就職。私は住んでいるアパートから徒歩二キロメートルの距離にある、大手会計事務所に就職した。
二人が就職してから間もなくして分かった、透くんが理想とする女性像。
「女性は、綺麗(きれい)でスリムがいいよなー」
この耳でハッキリ聞いた。大学生の頃は聞いた事がなかったけど、社会に出て求める女性像が固まってきたのかな。
そうか、綺麗でスリムな女性が良いのか。そうだよね、男性は皆そうだよね。
今のお給料ではエステや美容整形には通えないな。どうしようか。
昼仕事の他に、何か割の良いアルバイトもしなくては。
週末のみバイトできる、イベントコンパニオンの採用試験を幾つか受けてみたが、容姿がネックとなり悉(ことごと)く不採用となった。
透くんの為にも、自分を変える必要があるのに。何とかして費用を捻出しないと。
クリスマスも近くなった頃、渋谷のセンター街を一人歩いていると、黒い服を着た人に呼び止められた。
「時給一万円の良い仕事があるんだけど、どうかな?夜だけ働く事も出来るから、昼間仕事しながら稼いでみない?」
興味があったので、仕事の内容を聞いてみる。さすがに躊躇(ためら)ったが、数日間考えお金の為と割り切り、黒い服の人からもらった名刺の事務所に電話をした。
このアルバイトを初めて二年目。ほぼ連夜、渋谷にある事務所に出勤していた。クリスマスも近くなったある夜、いつものように指名を待っているとマスターが、
「中目黒の○○町に、すぐ行ける人いる?」
と、待機中の女の子全員に聞いてきた。住所に聞き覚えがある。
「お客さんの名前は、何と言うのですか?」
マスターに聞いてみる。
「○○だってさ。」ぶっきらぼうに答えた。
「私、行きます。」気付くと、大きな声で真っ直ぐに手を上げていた。
僕
世間では、プレミアムフライデーと云(い)われている金曜日の今日。仕事を終え、いつものように帰路へ着く。僕は、東京のメーカーで働く二十五歳の独身サラリーマン。彼女でもいれば、仕事終わりにデートでもしているのだろう。
僕にとっては、金曜日の何がプレミアムなのか、さっぱり分からない。
今日に限って珍しく残業もなく、ほぼ定時に退社できた。そういった意味では、今日はプレミアムフライデーなのかもしれない。
コンクリートジャングルと呼ばれ久しい大都会は、この季節の夜、コンクリートが寒さで冷やされ、雪が降るわけではないが冷え込む。
しかし、今日はいつもの残業後の深夜と違い、太陽の残した温もりが未だ漂っている。
渋谷のスクランブル交差点に差し掛かると、駅から街に繰り出す若者で溢(あふ)れていたが、オフィスビルから黙々と、駅へと向かう会社帰りの大人達は非常に少なかった。
渋谷駅構内は夕方で混んでいた。速足で歩いていると、駅から繁華街へと向かう女性とぶつかった。女性が持っている大きなカバンから化粧道具等が落ちたので、拾い集めるのを手伝った。
中には、タイマーの様な物もあり、何に使うのか不思議に思ったが、不要な詮索(せんさく)はやめた。
「ありがとうございます」と礼を言い、彼女は足早に去って行った。普段であれば、駅構内も混雑していないし、ぶつかって相手が何か落としても、手伝う余裕はない。「ごめんなさい」と言いながらその場から去るだけだ。
いつもは乗ることの出来ない、夕方六時半発の電車に乗った。車内は夕食の時間帯のせいか、やけに空いている。
「乗客の全員が座っている光景なんて、久しぶりに見た」
と、思わず声に出す。
学校帰りの大学生や、部活終わりの高校生が乗客の殆どを占めている。
そのおかげで、普段は混雑していて決して読むことの出来ない、過激な文字が踊る、雑誌の吊り広告を見る事が出来た。
(性病と自分は何ら関係が無いな)
と自嘲気味に笑った。性交を二年間行っていないからだ。
(そろそろ本気で出会いを探すかな。)
渋谷から電車で五分の駅に住んでいる為、広告を読んでから窓の外を眺めていると、電車は直ぐに最寄り駅に到着した。
電車から降り、外の景色をぼんやり眺めると、駅前から幹線沿いに連なるビルには煌々と電気が付き、幹線は師走の為か、タクシーと業務用と思われる大型車両で混雑している。
ヘッドライトの灯りがSOS信号の様に、光っては車の陰になり消え、チカチカ点灯していた。
平時、ビルの電気はオフィスの一部を除いて消えており、道路を走っている車も、殆どが飲み会帰りの客を送るタクシーが占めている。そのような夜は、漆黒が闇を包み、靴音がやけに甲高く聞こえるのだが、今日は違う。
残業を終えて帰るという事と、ほぼ定時で退社するという事では、見慣れた景色や気配が、こんなにも違うものなのかと驚いた。
駅から出て、駅前通りを歩き始めると直ぐに、大学生と思われるアルバイトの青年からビラを渡された。
僕も、学生時代は配布物のアルバイトをやった事があるから、良く分かる。必ず、一日につき何枚、と配布枚数のノルマが課せられている。
いつもは、疲れ果てていてビラを差し出されても、素通りするのだが、今日は苦学生の一助になればと、心に余裕があり、ビラを一枚受け取っていた。
もらったはいいが、近くの小学校から帰る親子連れも沢山歩いていたので、
(あの人、道に何か捨てたよ)
と小学生に指摘される可能性があり、いい大人が道端に捨てるのも憚(はばか)られたので、そのままスーツのポケットにしまい込んだ。
アパートは駅から徒歩五分程の場所にあり、少しだけ歩けば着く。
この疲れない範囲で歩く、というのが夜遅くまで仕事をする俺にとっては非常に重要だ。
道中、道路下のトンネルを歩く。いつもは夜中に、靴音がトンネルの壁に反響し、不快な音を立てるため、憂鬱な気分になるのだが、今日の反響音は何故か軽く リズミカルだ。
家までの道程には店が並び、各々の店にはクリスマスの装飾が施してある。
(酒でも買って飲むか。)
今日は、早く退社できた事もあり、久しぶりに平日に酒を飲みたい気分になった。
まず、お酒のつまみになりそうなものを、スーパーで購入する。次に、シングルモルトのスコッチウイスキーを取り扱っている酒屋で、グレングラントというスコッチを買い、上機嫌で家路に就いた。
僕が住んでいるアパートの間取りは、1LDK。家賃は八万五千円だ。渋谷駅から電車と徒歩で十分の近さにあり、この条件であれば申し分の無い物件だと思う。
アパート手前の歩道で、学生の様に、小石を数回蹴飛ばしてから家に帰ると、直ぐにルームウェアに着替えた。
夕食兼おつまみとして、蛸のカルパッチョ、スモークチーズとサラミの盛り合わせ、ガーリックトーストを手際よく作った。
厳密に言うと、トーストを除き、スーパーで買ったものをきれいに盛り合わせただけだ。
最近は、便利な道具が販売されており、バーでマスターが一生懸命ピックで削り、仰々しく出てくるような丸氷を、自宅の冷凍庫でも簡単に作る事が出来る、丸氷製氷器、を俺も買って使っている。
この丸氷は、出来不出来がはっきりしていて、綺麗な丸になる事もあれば、半円の様になる事もある。作る度に思う、人生と一緒だ。
(今日は、俺にとって滅多にない「プレミアムフライデー」のようだ。綺麗に出来てくれ。)
と願いながら、手順に従って製氷器を開けると、透明で綺麗な円形をした氷が、出来上がっていた。
氷の出来栄えに更に気分を良くし、鼻歌交じりでソファーにゆったりと腰掛けた。
エンリコ・モリコーネのニュー・シネマ・パラダイスのサウンドトラックCDを聴き、グレングラントをちびちび舐めながら、夕食をゆっくりと食べる。
(やはりウイスキーは、ブレンデッドよりもシングルモルトの方がおいしいよな)
とグラスを傾け、ウイスキーに静かに溶けていく丸氷を見ながら思う。
昔は、数種類のウイスキーをブレンドする事によって、円やかな味わいを醸し出す、ブレンデッドウイスキーの方が好きだったが、二十代半ばにもなると酒も含め、酸いも甘いも、分かる様になり、シングルモルトの個性が強く、醸造元だけでしか醸し出せない味わいに、魅了される様になった。
何時の間にか、無難よりも突出を好む様になったようだ。
僕は社会人になってからは、テレビを殆(ほとん)ど見なくなった。
平日は仕事で忙しく、家は寝て朝食を食べるだけの場所と化している事もあるが、最近のテレビは、かつて少年時代に見ていたそれとは全く別物の、エンターテイメント性に乏しい、惰性の塊に成り下がっている。
だから僕は、酒を飲む時は、専ら八十年代後期~九十年代の、活きの良い音楽をかけながら、その頃の時代背景に思いを馳せた。
(僕もオンタイムで聞いていたなら、僕の青春時代もまるで違っていたかな?)
と妄想にふける。
この年代の音楽は僕にとって、人生における大切な事を教えてくれる、人生の先輩の様な存在だ。時には、
(好きな音楽を思うがまま聴け、それはお前の心を豊かにしてくれる。ただし保証はしない。お前が感じるかどうかだ)
と語りかけてくれる。
ブルースリーの名言「Don`t think, feel.」
の様なものだ。
スコッチをちびちび舐め、軽く酔いが回ってきた頃、ふと、さっき駅前でもらったビラが気になった。スーツのポケットから出して見ると「デリバリーヘルス如月」と書いてある。
所謂、女性を家に呼んで、性的なマッサージをしてもらうものだと直ぐに分かった。
僕は、元来この手のものには興味が無い。これまでも友人や会社の先輩から勧められたが、断ってきた。
しかし、今日はプレミアムフライデー。極度の開放感からか、大好きなスコッチと、音楽に誘われるまま携帯を手にしていた。
「はい、デリバリーヘルス如月です」
「もしもし、あの、お願いしたいんですけど」
「初めての方ですか?」
「はい、どうすればいいですか?」
「では、お名前と住所、電話番号。それと女の子を指名してください」
名前、住所と携帯電話の番号を正直に伝えた。伝え終えた瞬間に、名前は偽名を使えば良かったと後悔した。
「女の子は綺麗めで、スリムな方なら特に指定はありません」
そもそも、システムもどの様な女の子がいるのかも分からないので、可愛い女の子が来るよう、押さえておくべきポイントをきちんと伝えた。
「それでは、これから三十分後に女の子が行きますので、よろしくお願いします」
と言い、如月の男性スタッフの電話は切れた。
ドキドキしていた。初めての事だから尚更ではあるが、自分がこの手のものを利用するなんて。自分自身の勢いとテンションの高さに驚いた。
女の子が来るまでの三十分間、少しでも第一印象を良くしようと、ビジネスホテルと化している部屋のリビングと寝室を掃除した。
(あざといな)
と思いながら、日頃は読まない小難しい哲学書や、人気作家の小説を、話題作りの為、目の付き易いところに置いた。
また、掃除が終わると近所のコンビニに行き、女の子がリラックスできる様、ビールを二本買った。
コンビニから帰って来て直ぐにインターホンが鳴った。
「こんばんは。如月の薫と言います」
三十分ぴったりに来た。こういう業界は時間にルーズではないようだ。グレングラントをひと舐めすると、
「今、開けます」
と言いながら扉を開けた。
玄関を開けると、極めて普通の顔立ちで、ややぽっちゃりした女性が立っていた。
「はじめまして」
お互い同時に言うと、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「どうぞ、中に入ってください」
彼女を部屋の中に招き入れた。何をしたら良いのか全く分からないので、自己紹介をする事にした。
(綺麗めでも、スリムでもないじゃん)
電話に出た男にクレームを入れたかった。もちろんそんなことは、本人を目の前に出来る筈もない。
「僕はメーカーで働いていて、勤務地は渋谷です。今日は残業がなくって、珍しく早く帰れたんですよ」
初めての事で緊張し、心臓もドキドキしているが、意外とすんなりと自己紹介が出来た。
「私は薫と言います。普段はOLをしていて、副業でこのお仕事をしています」
彼女は、慣れた感じでさらりと答えた。
「そうなんだね。ビールでも飲む?」
それなりに酔っているにも関わらず、緊張している自分を、ビールの爽快感で和まそうと、提案してみる。本来の目的は、彼女をリラックスさせる為であったが、余裕がなかった。
「では、いただきます。ありがとう」
二人でビールを飲みながら、他愛のない会話をした。何を話したかは殆ど覚えていない。ただ一つ覚えているのは、好きな芸能人は誰か、と彼女が聞いてきた事。唐突な質問に、答えに窮したが、綺麗でスタイルも良く、モデルをしている、
「鈴木えみ、かな。」と答えた。
掃除している間にかけた、メアリー・J・ブライジのCDが終わると、頃合いを見計らっていたかのように、彼女が僕に抱きつきキスをしてきた。
僕は彼女に全てを委ね、許される範囲内のあらゆる行為をして、最後に彼女の口の中に射精した。
全ての行為が終わった後、やっとリラックスした僕は、彼女に色々と質問した。何処でどんな仕事をしているのか。何故この副業をしているのか、本名は、などだ。
彼女は一部のみ素直に答えてくれた。
「目黒区で、普通の事務仕事をしていて、残業もなく普通に生活しています」
「何故、このお仕事をしているの?」
「このお仕事もやっている理由は、お金を貯めたいからです。これ以上は言えません。ごめんなさい」
「本名を教えてもらうことはできるの?」
「出来ません。この業界のルールなんです。ごめんなさい」と言うと同時にタイマーが鳴った。
いきなりタイマーが鳴ったのでびっくりすると、入室と同時にタイマーをセットするのが業界のルールと彼女が説明してくれた。
「もう時間になりましたので、帰りますね。」
と彼女は照れくさそうに笑って、帰り支度を始めた。
「そうなんだ、六十分だけ一緒にいられる感じなの?」
こういったサービスのシステムを全然知らないので、必要となるかどうかわからないが、後学の為にも聞いてみた。
「そうですよ。でも、また会えると思いますから」
コートを着ながら、彼女は何気なく言った。
「えっ?」
「何でもありません。気にしないでください」
彼女はそう微笑んで玄関へと向かった。
「ありがとう。楽しかったよ」
僕は気付くとそう言っていた。
「私も。こちらこそ、ありがとうございました」
彼女はそう言うと玄関を閉めて帰って行った。
部屋には、飲みかけのビールと九十年代サウンドの余韻、甘ったるい空気だけが残っていた。
二〇一七年、世間ではプレミアムフライデーとい云われている今日も、家路へと急ぐ。家には愛する妻、優子が待っているのだ。
僕は、二年前に優子と、大学時代の友人が開催した飲み会で知り合い、お互い九十年代の音楽が好きな事から意気投合し、付き合って一年で結婚した。
顔やスタイルが僕の好みであった事も、大きな要因だ。幸い僕が1LDKに住んでいた事と、優子の会社とアパートが隣の駅だった事から、僕のアパートに優子が同居する形で、新婚生活を始めた。
玄関を開けると、
「お帰りなさい。」優子がいつも優しい笑顔で迎えてくれる。
子供はまだ居ないが、近い将来赤ん坊が生まれたら、もっともっと温かい家庭になるだろう。
「ただいま。」
と言って、いつものように玄関でハグをする。
着替えてリビングに戻ると、優子が料理をする包丁の小気味良い、リズミカルな音が聞こえてくる。先週奮発して買った、シングルモルトのスコッチ、マッカランのシェリーオークをロックでちびちび舐める。
「今日は何を聞く?」優子に聞くと、
「たまには、レンコグニートがいいかな。」とアシッドジャズのアーティスト名が返ってきた。
CDをかけ、ソファーでくつろぎ、スコッチを舐める。我が家のプレミアムフライデーのいつもの光景だ。結婚後、会社では平社員から責任のある主任に昇格し、過度な残業は無くなっていた為、金曜日はこのような過ごし方が出来る様になっていた。
結婚する前にも、金曜日に同じような事があった様な気もするが、よく思い出せない。何かが引っかかる感じがしたが、どうせ他愛のない事だろう。
優子と知り合ってから、お互いの事を沢山話してきたが、中学生以降の話はあまり話したがらない。
何故と尋ねてみても「話したくない事が多いから」としか言わないので、僕もそれ以来聞くことを止めた。
今は、優子と二人で幸せな時間を過ごしている。優子の青春時代に何があっても、現状に変化は生じない。レンコグニートの「fake or truth」を聞き、グラスのウイスキーに丸氷が解けていく様子を眺めながら思った。
翌日、僕は接待のゴルフで早朝から外出した。優子は、一人で過ごす週末に退屈しているらしく、何度かラインで「暇だよー」という連絡が来た。昼食後の昼下がり、殆どの人がそうなるのと同じ様に睡魔に襲われ、眠ってしまったみたいで、午後二時を最後にラインは来なくなった。夕方に僕は帰って来たが、玄関に出てこないので、まだ優子は寝ているようだ。
無理に起こすのも憚(はばか)られたので、夕食は宅配ピザを取る事にし、五時過ぎに注文した。
「お帰りなさい」五時半に優子は起きてきた。
「ぐっすりと寝ていたね」
「昔の事が夢に出てきたの」
「そうなんだ。夕ご飯ピザ頼んだから一緒に食べよう」
「ありがとう」
優子はハグしてきた。
夕食のピザ・マルゲリータを食べ、ゆっくり休んでから一緒にお風呂に入り、優子の中に何度も出した後、二人とも疲れて直ぐにベッドで寝た。
ふと目を覚ますと、午前六時前だった。学生時代の出来事を詳細に思い出す様な、やけにリアルで、かつ、何者かに束縛されている様な夢を見た。起き上がってリビングに行くと、優子はダイニングキッチンに居て、俺が起きた事に気付いていなかった。
「そうそう、すっかり忘れていた」
と独り言を言い、キッチンにある工具入れから、ドライバーを出すと、コンセントの蓋を外して、裏に仕掛けてあった何か小さな機械を外した。
そして素っ気なく、優子はそれをゴミ箱に捨てた。
「十年近くの間ありがとうね」
と言いながら。