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「氷河期世代が持ち家を持てない?」— じゃあ、日経新聞は1997年頃に何人採用した?TBSはなぜ笑っていたのか
最近、「持ち家なき氷河期世代」 という記事が話題になった。
「40~50代の持ち家率が下がっている」「老後の賃貸負担が重く、生活が困窮するリスクが高い」
そんな現状を分析したものだが、読んでいてふと思った。
——じゃあ、1997年ごろに日経新聞は何人採用してたの?
氷河期世代は「自己責任」じゃなくて「政策と企業の失敗」
氷河期世代は、バブル崩壊後の景気低迷と、企業の採用縮小によって、新卒時の就職が極めて困難だった世代だ。
例えば、1999年の大卒新卒の有効求人倍率は0.99倍。
これは、「仕事を選ばなければある」どころか、「そもそも選べる仕事がない」 という状況を意味していた。
さらに、公務員の採用も抑制され、今になって人手不足が問題視されている 教員や地方公務員の採用も、当時は高倍率だった。
1997年の関東地方の小学校教員採用試験の倍率は 10倍前後 もあった。
つまり、「なりたくてもなれなかった」 ということだ。
では、企業はどうだったのか?
「持ち家なき氷河期世代」なんて言うなら、当時の企業の採用状況もセットで語るべきではないのか?
日経新聞、お前はどうだった?
日経新聞が「氷河期世代の持ち家率が低い」と分析するのはいい。
しかし、その分析をする前に、まず 日経新聞自身が1997年ごろにどれくらい新卒を採用していたのか を公表してほしい。
・1997年、1998年、1999年の日経新聞の新卒採用人数は?
・バブル期と比較して、採用枠をどれくらい減らしたのか?
・当時の自社の採用状況について、氷河期世代に対してどのような責任を感じているのか?
仮に日経新聞が当時の採用を絞っていたとしたら、
「持ち家率が下がっている」と他人事のように語るのは、あまりにも無責任だろう。
問題提起で終わるな、解決策を示せ
今回の記事に限らず、「氷河期世代が大変だ」「対策が必要だ」といった話題は、ここ数年で繰り返し報じられてきた。
しかし、結局のところ、「問題がある」と言うだけで、具体的な解決策を提示することはほとんどない。
対策が必要なのは分かりきっている。では、誰が何をするのか?
住宅政策をどうするのか?
持ち家がない氷河期世代の老後はどうするのか?
年金や生活支援は強化されるのか?
賃貸の高齢者をどう扱うのか?
これらの具体策が示されない限り、「自己責任論」の延長に過ぎない。
結局、「問題ですね」と言って終わる記事では、何の解決にもならないのだ。
「氷河期世代の問題」を語るなら、まずは自分たちの責任を振り返れ
企業やメディアが「氷河期世代の問題」に言及するのはいい。
しかし、その際には、「では、自分たちは当時どんな行動をしていたのか?」 を検証すべきではないか?
日経新聞が本当に誠実な報道をするつもりなら、まずは自社の過去の採用状況を公開すること から始めるべきだろう。
それができないなら、「持ち家がない氷河期世代が問題」と言われても、
「そりゃそうだろうよ。原因を作ったのはお前らだろ?」 という感想しか出てこないのだから。
TBS「情報7DAYSニュースキャスター」はなぜ笑っていたのか
昨夜のTBS「情報7DAYSニュースキャスター」 では、就職氷河期の話題が取り上げられた。
しかし、そのワイプに映るコメンテーターは笑っていた。
——笑うところでは全然なかった。
さらに、そのコメンテーターは 「(氷河期世代が)もっとお金を使うべき」 と言ったらしい。
一体何を知ったふうな口を利いているのか。
いや、もはや 「知ったふうにすらなっていない」 のではないか?
そのコメンテーターは大学教授、
番組のメインキャスターである安住紳一郎氏は、世代的には氷河期世代だが「奇跡の雲の上の人」、つまり上級国民である。
もしかしたら、これが 「報道機関の氷河期世代に対する総意」 だと取ってもいいのかもしれない。
結局、誰も責任を取らないのが氷河期世代の悲劇
氷河期世代は、バブル崩壊後の経済停滞、企業の採用抑制、雇用の非正規化など、様々な要因が重なった結果、苦しい立場に追い込まれた。
にもかかわらず、誰も責任を取らず、「自己責任」と言われ続けた。
いま氷河期世代が直面している問題は、「持ち家がない」「老後の生活が不安」といった表面的な話ではなく、
「社会全体で見殺しにされ続けた世代の現実」 である。
そして、それを他人事のように報道するメディアこそが、この問題の一因であることを忘れてはいけない。