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水色のラズベリー 前編

カシャ・・・  カシャ・・・

音がする方を見ると、一眼レフカメラを片手に桜のつぼみを撮っている男性の姿があった。そこは地元でも有名な桜並木道だ。

ここへ来るのを来週にしていれば、綺麗な桜が見れたかもしれない。いつでもいい用事だっただけに、地元に帰る予定を適当に決めていたことを少しだけ後悔していた。

地元を離れてから、もう10年以上の時が経っている。駅前には大きなマンションがいくつも建ち、おしゃれな飲食店も増えたような気がする。子供の頃いつも通っていた駄菓子屋はシャッターがしまっていた。

1つ路地を入れば下町風情のある変わらない街並みがそこにはあったが、その光景が街が変わっていることをより鮮明に僕に印象付けていた。

久しぶりに実家に帰った僕は、そそくさと用事を済ませるとご飯も食べずに実家を後にした。別に親と仲が悪いわけではない。親とは外で食事をしたり、時々会っているので今日は久しぶりに訪れた地元の街を少し歩いてみたかった。

街の中心に大きな図書館ができたらしい。雰囲気の良いカフェも併設されていて、若い人も多く集まるちょっとした地元の人気スポットになっていると聞いた。いくつかメールを返したり、やらなければいけないことがあったので、そこのカフェに行って少し仕事をしようと思った。

実家から10分くらい歩いたところに、その図書館はあった。図書館の横には芝生の公園もあり、小さな子供たちが走り回って遊んでいた。図書館は7階か8階建てだろうか。ずいぶん立派なのができたなと感心しながら、僕はゆっくりと入り口に向かって歩いていた。

入り口付近には1台のタクシーが止まっていた。すると、タクシーから1人の女性が降りてきた。ヒールにパンツスーツ姿でスプリングコートを腕に持っている。手には小さめの黒い革のバッグを持っていた。

その女性が図書館に入っていく時に一瞬だけチラッとこちら目をやったので、僕とその女性はその瞬間わずかに目が合った。

僕はその時、息ができなくなるような衝撃を感じた。自分でも聞こえてくるほどバクバクと心臓の音がなる。図書館へ消えていく女性の姿を目では追っていくが、体全身に力が入らなくなって、僕はしばらくその場から動けなくなっていた。

ようやく少し息を整えて、冷静さを取り戻した僕は図書館に併設されたカフェに入った。ホットのカフェラテを注文して店内を見渡した。確かにおしゃれなカフェだった。僕はカフェラテを受け取ってから窓際にある電源が使える席を選んで座った。

カフェラテを一口飲んでからMac Bookをリュックから取り出してはみたが、どうしても集中できず僕はしばらくの間、背もたれに寄りかかりながら深く呼吸をして座っていた。

先ほどの衝撃が大きすぎて、頭も体もまだ興奮状態にあったのだ。僕は少しの間、目を閉じて心を落ち着かせることにした。そして僕はゆっくりと自分だけの静かな世界に入っていった。

* * *

* *

「きりーつ!気をつけ!礼! ちゃくせーき!」

チャイムがなり学級委員が号令をかけると、1週間で一番楽しみにしている授業が始まった!週に1度、2時間連続で行われる「技術」の時間だ。女子はこの時間は家庭科の授業を受けている。

校舎の1階にある技術室に男子だけが集まり学期ごとに課題が出されて、設計したり製作したりする。別に僕は技術の勉強が好きなわけではない。ものづくりも別に好きではない。むしろ分野的には苦手だし、嫌いな方だった。

そんな僕がこの時間を何よりも楽しみにしているのは、最高に自由な時間だからだ。

先生は最初の30分くらいその日やることを説明したあとは、いつも技術準備室という技術室の隣にある先生の部屋のようなところにこもってしまい、2時間連続の授業の最後の5分まで戻ってこない。

だから僕は一切設計も製作もせずに、友達と好き勝手過ごしている。

ただ、僕がこの授業が好きだった理由はそれだけじゃない。明後日になれば、明日になれば、と指を折ってその日を楽しみにしていたのは、ちょうどその時間に学年が1つ下の女子の体育の授業が、同じように2時間連続であるからだ。

技術室には大きな窓があり、窓を開けると3段か4段の階段があって、それを降りれば校庭に出れるつくりになっている。

僕はいつも技術室を出て、その階段に座って友達と一緒に校庭を眺めている。僕たちにはそれぞれお気に入りの子がいて「絶対この子のが可愛い」とか「いや、この子のが胸が大きい」など、いかにも男子中学生らしい会話をしている。

声をかけるわけでもなく、ただ見ているだけだったが、毎週それが続き、僕はいつしか一人の女の子に本気で恋をした。

僕が恋をしたのは中西早希(なかにしさき)ちゃんという子だ。僕ら男子の中では、だいたい3人の女の子に票が分かれていたが、早希ちゃんもその3人のうちの1人で友達の間でも人気が高かった。髪が長くて目が大きくて時々見せる笑った顔が可愛いのが特徴だ。

次第に、僕は本気で早希ちゃんと付き合いたいと思うようになり、仲の良い1個下の後輩に協力してもらい、早希ちゃんのことをどんどん聞いていった。

この後輩がなかなかできた後輩で、僕にいろんなことを教えてくれる。部活、家、通っている塾、ついには携帯電話の番号まで僕に教えてくれた。

僕は携帯電話はまだ持っていないので、早希ちゃんの携帯番号を教えてもらったところで、かけることもできないし、そもそも早希ちゃんが僕を知っているかどうかさえわからないから、いきなりかけたりはできない。

でも、早希ちゃんの携帯番号を知っているというだけでドキドキする。

早希ちゃんのことを知っていくうちに、僕は早希ちゃんのことを少しでも見れる機会、少しでも接近できる機会を意識的にたくさん作るようになったた。

早希ちゃんはテニス部だから、放課後校庭の横を通れば早希ちゃんの姿が見れる。僕の家は裏門から帰った方が近いけど、わざわざ早希ちゃんを見るためにいつも正門から帰るようになった。

早希ちゃんの通っている塾や、塾にいく曜日も知った僕は、塾の帰り道の時間に合わせて、早希ちゃんが通りそうな道を自転車でずっとウロウロするようになった。

そんなことを繰り返し、何度も偶然をよそおってすれ違い、僕は早希ちゃんに自分の存在をアピールした。

そしてついに、僕は後輩から早希ちゃんに彼氏がいないという情報を聞き、告白することを決意した。一度も話したこともないし、何度かすれ違っていることに早希ちゃんが気づいているかどうかもわからない。

でも、僕は張り裂けそうな胸のうちを伝えずにはいられなかった。相手が自分を認識しているかわからない以上、会って気持ちを伝えるしかない。僕は塾の帰りに声をかけて、足を止めてもらい告白するという計画を立てた。

告白の日、僕は朝からそわそわと落ち着かなかった。なんて声かけよう、なんて気持ちを伝えよう。ずっとそんなことばかりを考えていた。

告白の言葉も決まらぬまま夜になり、僕は高確率ですれ違える場所で、なおかつ他の友達や知り合いに見られなさそうな場所を選んだ。

いつもより少し遅いなと思い腕時計に目をやった少しあとに、早希ちゃんは現れた。

さぁついに声をかけるぞ!と思った僕は、結局一言も発することができず、何もできずにチャンスを逃してしまった。自分の意気地なさにがっかりしながら1週間を過ごした。

ちょうど1週間後、今日こそ絶対に声をかける!そう決意して、早希ちゃんの塾が終わる時間を待った。

自動販売機が3つ並び、少しだけ道を明るく照らしている場所に自転車を止めて、僕は早希ちゃんを待っていた。

待っている間、ずっと心臓がドキドキしているのがわかった。足もプルプルと細かく震えている。今日こそ、何が何でも絶対に気持ちを伝えると、決めただけに緊張の度合いが大きい。

そして、ついに、早希ちゃんの姿が見えた。立っている感覚さえないくらいの緊張の中、僕は勇気を振り絞って声をかけた。

「ごめん、ちょっといい?」

「はい・・・」

「あの、、、俺、中西さんのこと好きです。
 よかったら付き合ってください」

「、、、
 ちょっと、、、
 考えさせてもらえますか?」

「はい。」

「では、失礼します」

「うん、じゃあ。」


時間にして、1分くらいの出来事だったと思う。僕は返事はまだわからない状態だったが、胸いっぱいにあった気持ちを伝えられたことに、高揚していた。

何より、初めて近くで見る早希ちゃんは、これまで見たなかで、一番可愛かった。目があったのも初めて出し、話したのも初めてだった。

嬉しさと不安が入り混じった気持ちのまま、僕は数日間過ごした。

問題は、気持ちを伝えたはいいが「どうやって返事を聞くか」だった。

僕は早希ちゃんのことをいろいろ知っていたが、早希ちゃんは僕のことなど深くは知らないはずだ。そんな早希ちゃんからは僕に話しかけるチャンスもないだろうし、連絡手段もない。

結局僕は、以前後輩から聞いていた早希ちゃんの携帯番号に公衆電話から電話することにした。突然帰り道に現れたり、突然電話をかけてきたりというのは、気持ち悪いと思われるかもしれないと思ったが、僕にはそれ以外の方法が思いつかなかった。

テレフォンカードを公衆電話に入れて、一度もかけたことないのに暗記してしまっている早希ちゃんの携帯番号を僕は震える手で押した。きっとこの時間だったら出てくれるだろう。そう思う時間に僕は電話した。

4コールくらいした時、受話器から声が聞こえた

「はい、、、」

「あ、突然ごめん。 亀山です。
先週告白した者です。今少し大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「あの、、考えてもらえましたか?」

「            」


* 

* *

* * *

目を開けると外はすっかりと暗くなり、目の前のテーブルに置かれたカフェラテも冷たくなっていた。

思えば中学生だったあの日から、もう20年近い月日が流れている。街の様子も変わったし、僕たちはそれぞれいろいろ経験して大人になった。

久しぶりに帰ってきた地元で、偶然見かけた彼女は今も変わらずすごく綺麗だった。

声をかければよかったかなと少し後悔していた。いや、もしかしたら図書館を探せば、まだ彼女がいるかもしれない。

ふとカフェの店内を見渡すと、中学生か高校生と思われる男女がイヤホンを1つずつ耳に付け、仲良さそうに1台のスマホを一緒にみながら笑っている姿があった。

普段なら目にも止まらない、なんてことない日常だが、僕にはその光景がほんのり甘酸っぱく感じた。

少し迷った末に、やっぱりこのまま帰ろうと思い、席を立った。結局、やろうと思っていた仕事は一切できないまま、僕は店を後にした。

外の空気がひんやり気持ちよく、大きく一息深呼吸してみた。

さて、明日からまた頑張ろう、と思い駅に向かおうとしたその時、、

トントン、、、後ろから肩を叩かれた

振り向くと、恥かしそうに照れ笑いする彼女がそこに立っていた。

そして僕にこう言った。

「久しぶりだね」


その日の夜、1つだけ他よりも少し早く咲いている桜の花を見つけて、僕は春の訪れを感じた。


(2019/03/24 追記)

=====

あとがき

今回は短編小説を書いてみました。

実話をもとにしていますが、登場人物の名前や物語の一部はフィクションです。

どこまでが実話で、どこからがフィクションかは、それぞれのご想像にお任せします。

なんとなく、春ってドキドキしたりしますよね。

なんか無性に物語が書きたくなったので、3時間半くらいかかり、書きました。

最後まで読んでくれたあなたの心がほんの少し温まったら良いなと思います。

いつもより少し長かったと思いますが、最後まで読んでくれてありがとうございました。

カメ郎

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