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結局、忘れられるのが怖いんだよな

こんばんは。かめのうらです。
心の呟きが氾濫したので、こうして筆を取った次第。
いや、そんなことしてる暇があるなら寝ろよという意見はごもっともで、眠りたいは眠りたいんだけど、なんだかわなわなして眠りに向かえない時ってあるじゃないですか。
寝つきが悪いとかいう以前、椅子から動けないみたいな。
そんなこんなで、僕は僕のために、noteを書こうと思ったわけです。

いろんなことを忘れたくない


勉強のことを思い出すと、絶対に忘れたくないな、なんて思った記憶がほぼなくて、いわゆる劣等生だったのだなぁなどと思い返す今日この頃。でもその分、絶対忘れてやるもんかと思った思い出もたくさんあって、そのほとんどを忘れてしまっていたりします。
例えば、一人で行ったライブのセトリとか、ボーカルのMCとか、目が合った瞬間とか。全然覚えていないからこそ、ライブのレポートとか画像とかチェックして、この時って自分はこの辺りにいて、指差ししてたよなぁとか、手がかりをもとに思い出すわけです。
記憶だけじゃ、どこかに消えて行ってしまいそうだからこそ、こうやって文字にしたり、写真に残しておいたりするんです。僕なんかメモ魔なので、すぐに残してしまう。勿論、個人情報は載せないので、いつも孤独を演出しているのですが。

去年、noteに何も残さなかったというのが我ながら意外だったのですが、どうも心が苦しくて、どうしても残したくなってしまいました。
何が、誰が、というような具体的な話は何もしないので、超抽象的な表現だけで、特に完結もしないダラダラとした文章が続きます。

人の感情を読み取るのが苦手な分、自分の感情や考えをできるだけ言語化して残しておきたい。
手がかりとして、読み直した時にその時の感情が喚起されるように。僕自身のために。

まず、今日は何度も泣きそうになってしまいました。
帰り道、そういえば今日の占い最下位だったしなぁと自分を納得させないと歩けないくらいに、心ボキボキの1日でした。

最初に、もう、本当に一生会えない人のことを思ってボロボロ泣きそうになりました。人前だから堪えたけれど、家で一人だったらどうなっていたかわかりません。わざと涙を流すように、必死にその人のことを思い出そうとしていたと思います。その人には、たくさん伝えたいことがあったのです。伝えるために、ここまで来たのに、ちゃんと会えなくなってしまったから、いく宛のない言葉や感情が自分の中で溢れて、泣きたいような感情に変わってしまっている感じがあります。
その人がいたから、自分がやりたいことが明確で、指標になっているような人で、きっとその人は気まぐれだったのでしょうが、心から「救われた」と感じることができました。だからこそ、あの時の自分と比較して、こんなにも成長したということを伝えられたらなと思っていて、きっと、その人は僕のことなんて忘れてしまっているだろうけど、ちょっとしたことでこんなにも救われたんだと、ここまで成長できたんだと伝えたらきっと喜ぶだろうなぁなんて期待していました。また、もう一度救ってくれるのでは、という過度な期待もしてしまっていたかもしれません。
どうやっても届かない僕自身のことを、どうにかして伝えるためにずっと頑張っているような気がして、その人にとってのある種の誇り?になれたらなぁなどと考えながら生きています。
去年も、今年も、きっとこれからも、頭の中で、その人に「こんなことできるようになりました!」みたいなことを話している妄想をしては、それが絶対に叶わないことであると悟って、心が凍りつくような、ひんやりとした淋しさを感じてしまうのだろうなと思います。
その人のことを、たくさん忘れて、ちょっとだけ覚えているような自分が許せないけれど、こうやって少しでも思い出して、生きていく糧になり続けるのだろうと思います。
そして、いつか、その人が僕にしてくれたようなことを、まだ見ぬ誰かにしたり、同じような立場になったりした時に「追いついた」と感じて、どこかで「追い抜いた」と感じてしまうのでしょう。その人の足跡を辿るわけではないのですが、同じようなことをして、自分だったらどうするか、その人から学んだことをどのように活かすか、もっともっと考えていきたいのです。

何となく、これが本当に最後かなぁと思う瞬間


きっと、これで最後になるんだろうなぁと思う時に、その瞬間を綺麗に切り取っておきたい気持ちと、うっさむしくなって消し去ってしまいたい気持ちが両立します。
僕は後者の方が強くて、辛すぎて心を閉ざしてしまうタイプです。
これで最後になるのなら、潔くその場から立ち去りたくなってしまいます。
その後に、もっとこうしておけば良かったと後悔するのですが、どんな選択をしてももれなく後悔はするものですよね。

経験としては、心理学的な「転移」が起こった状態にちょっと近くて、あんまり良くない状態だったんだろうなとは予測できるのですが、だからこそ関わり方がわからなくなってしまったのです、おそらく。

これから、思い出、のような不安定なものへと僕の存在が置き換わっていって、忘れられる立場になると思うと、本当に辛くて、無かったことにしてその辛さを回避しようとしてしまう自分もいます。
時間の流れなんてどうしようもなくて、僕が忘れられてしまうことは不可抗力なことはわかっているのですが、それがどうしようもなく怖いのです。怖い物からは逃げたくなるし、誰かに共有して恐怖心を散らそうとしてしまう。
良いところだけ抽出して、それも僕の糧にできたら良いのでしょうが、そこまで僕はポジティブじゃないので、しんどいしんどい言いながら、しばらくは身を引きずりながら生きていくことになるんだと思います。
何よりも、僕自身が忘れてしまうじゃないか、と言う話ですが、それは本当にそうで、他者を悪者にしすぎですよね。いかに人を信じていないか、と言うところもあって、そこら辺は僕自身の弱さ、弱みです。

一旦寝るか


一旦寝れば冷静になれるかもしれない。でも冷静になるのも癪。
明日(今日)もあるので、という理性的な思考のもと寝ます。
おやすみなさい。



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