コロンビアビジネススクールでのアカデミックな学び:Real Estate
私が通っていたコロンビアビジネススクールにおけるアカデミックな学びについて記載するシリーズ。今回は、Real Estate(不動産)をテーマにコロンビアビジネススクールで学んだことを記載したいと思います。
自身のバックグラウンドに関連するため、コロンビアでは不動産に関する様々な授業を取りました。ニューヨークという不動産ビジネスの聖地ということもあるのか、コロンビアにはビジネススクールでは珍しく不動産に関するクラスが充実しています。
また、不動産バックグラウンドの学生も全体の5%程度(40人程度)いるため、ネットワーキングの機会も充実しています。
1. Real Estate系のカリキュラム
コロンビアビジネススクールの不動産系の授業のカリキュラムが下図の通りとなっています。
必修科目で学ぶValuationやCorporate Finance、純必修科目で学ぶCapital Markets & Investmentsを基にして、まず不動産に関するファイナンス知識の基礎である「Real Estate Finance」という科目を学びます。これを習得した後に、さらに専門分野の科目を取ることができます。
私は、以下の科目を受講しました。次項からこれらの科目の詳細について記載します。
・Real Estate Finance
・Residential Real Estate
・Real Estate Transaction
・Real Estate Securities Analysis
・Real Estate Debt Market
・Real Estate Mergers & Acquisitions Deal Workshop
・Real Estate Analysis
2. Real Estate Finance
これは「不動産ファイナンス」というコロンビアの不動産系の最も基礎的な授業となります。
前半部分では、必修科目で学んだコーポレートファイナンスでの企業のバリュエーションモデルを応用し、賃貸住宅やオフィスビルなどの価値を計算する方法を学びます。
非常に簡単な例を述べると、
賃料収入が毎年5億円、メンテナンスなどの費用が毎年1億円のオフィスビルの価値は、キャップレート(建物の立地やグレードなどにより変動するリスク(=この建物から投資家がどれだけのリターンが欲しいか))を4%とすると、
(オフィスビルの価値)= (賃料収入 - 費用)÷(キャップレート)
(5億円 - 1億円)÷ 4% = 100億円
となります。
この考え方を応用させて、「いま賃貸住宅をxドルで購入し、10年間保有した後にキャップレートy%で売却した際のIRRはいくらか。ローンの条件は●●である」というような実践的な論点を考えていくこととなります。
これについては、以下のnoteで詳細に解説していますので、併せてご覧いただけると幸いです。
後半部分では、詳細は他の各科目で記載しますが、不動産ファイナンスの世界についてその基本的な考え方を学びました。
エクイティについては、米国リートの紹介がありました。日本でもリート市場は拡大しており約60のリートが上場していますが、米国は約150のリートが上場しています。市場規模も日本が約15兆円に対し、米国は約150兆円となっています。銘柄も様々なタイプがあり、カジノなどの娯楽施設、電波塔、森林、刑務所を扱うリートまでもあります。詳細は「Real Estate Securities Analysis」の項目をご覧ください。
デットについては、住宅モーゲージの紹介がメインとなりました。住宅を購入する際に借りることとなるローンの考え方や、米国で盛んなモーゲージの証券化の方法(RMBS)について学びました。
3. Residential Real Estate
この授業では、居住用不動産(賃貸住宅や分譲住宅)に焦点を当て、その価値評価、開発、建設、住宅ローン(及びローンの証券化)、住宅問題などのトピックを扱います。なぜ「住宅」に焦点を当てるかというと、米国では約75%の人が「自身にとって最大の経済的な成功である対象」として「住宅を持つこと」と答えており、一般的には賃貸にせよ分譲にせよ、家計に占める住宅関連の費用は非常に大きいため、経済活動において住宅は主要なテーマであるからです。そのため、政治的にも住宅政策は非常に重要です。
この授業では多くの実務家からなるゲストスピーカーが登壇し、自身が携わっているプロジェクトの話をしてくれました。中には、日本では余り耳にしない米国特有のプロジェクトもあり、自身のアイデアを深めるのに大変役に立ちました。ここでは、いくらか興味深いプロジェクトの例を紹介します。
Affordable Housing(低所得者向け住宅)の開発
Affordable Housingとは、市場価格よりも少し安い賃料を設定した賃貸住宅のことで、通常の賃貸住宅に住むことができない住民層をターゲットにしています。複数のデベロッパーや不動産ファンドがインパクト投資の一環として米国でAffordable Housing(低所得者向け住宅)への投資を進めています。
一見利益にならなさそうなプロジェクトではありますが、投資側にとっては以下のメリットがあります。
・州政府から開発にあたって補助金をもらうことができる
・開発認可が下りやすい
・住民のリテンションが高い(長く居住される)
・賃料のボラティリティが低い
こうしたAffordable Housingの開発にあたり、周辺に医療施設やジムなどを整備したり、住宅内のエネルギーを再生エネルギーで賄うなど、周辺の住環境や地球環境に配慮した施策を打っています。
都心の高級コンドミニアムの開発
マンハッタンの南部に位置する、かつては工場地帯であった「ミートパッキング ディストリクト」の再開発として高級コンドミニアム(分譲住宅)を作るために様々な工夫をしたというプロジェクトです。
周辺は歴史的風致地区であるために建物建設のハードルが高かったのですが、そこから数m離れた土地を偶然取得したことによりそうした厳しいゾーニングを避けることができたことや、土地の前所有者の経済状況が非常に悪化したことから市場よりも安く(その代わりに素早い決済が要求された)土地を仕入れられた、という幸運が紹介されました。また、建物を建築する際には付近のホイットニー美術館と協力して、草間彌生氏の絵を建設中の覆いに使用してSNS映えや高級感を狙う工夫が紹介されました。
郊外の分譲賃貸の開発
賃貸住宅というと一般的には「都心の賃貸マンション」というイメージがありますが、郊外で一戸建ての賃貸物件を開発する業者の紹介がありました。郊外で一戸建ての賃貸物件を開発・運営するメリットは以下の通りです。
・ライバルが少ないので土地が安く仕入れられる
・家族向けには一戸建てに住みたい需要がある一方で、いきなり分譲住宅を購入するのには抵抗感もある
・家族向けなので単身者よりも退去率が低い
・子供の学区などを気にして、都心よりも学区の良い郊外に住む需要がある
Manufactured Housing(製造住宅)
これは、主に工場で組み立てられ、居住地に輸送される住宅で、可動式の住宅と言えます。州ごとに強度などのレギュレーションが定められていますが、通常の住宅と比較して安価であるため、低所得者にとっては人気の住宅です。平均所得の低い州では、こちらの住宅の方が主流となってきているところもあります。一方で、こうした住宅が既存の住宅地に入ってくることによる住民差別の問題や、製造住宅には高いローンが付与される(建物としての価値は低い)ことによるデフォルトなどの問題も引き起こしています。
4. Real Estate Transaction
この授業では、不動産取引の一連の流れを学びました。買付(Letter of Intention)の提出、DD(デューディリジェンス)、契約、資金調達、クロージング、リーシングといった内容を細かく見ていくものでした。マニアックで法的な側面が強い内容ではあったのですが、不動産取引において日本と共通する部分、異なる部分を知ることができた点は有意義でした。
とりわけ、私の大学時代の友人が昔、「容積率(建物がその土地でどの高さまで建てられるか)は金なり」という名言を残していましたが、ニューヨークでもそのことは事実であり、「いかに単位面積当たりに大きな建物を建てられるように行政や近隣と調整するか」は非常に重視されています。例えば、容積を増すために以下の取り組みがよくなされます。
・近隣から不要な容積率を買い取る
・地下鉄の出入口を新築物件に付けるなど、地下鉄へのアクセスを強化することで公共インフラ整備に協力する
・公衆広場(公園)を敷地内に提供することで、周辺環境に配慮する
5. Real Estate Securities Analysis
この授業では、米国リートのバリュエーション方法を学び、各銘柄が買いなのか、売りなのかを判断するための一連の手法を学びました。
米国リートは日本のリート(J-REIT)よりも自由度が高く、J-REITではあまり行われない開発などにも積極的に取り組んでいます。そのため、ほぼNAVや分配金利回りで評価されるJ-REITよりも評価方法が複雑になってきます。授業では、以下の3手法を組み合わせて各銘柄のバリュエーションを行いました。
①NAV
簡単に言えば、不動産価値と株式価値を比較するもので、株式価値が不動産価値よりも高ければ割高、株式価値が不動産価値よりも低ければ割安、と判断されます。
日本では、リートの運用会社が不動産鑑定評価額を期末ごとに開示する必要があるので、NAVは簡単に計算できますが、米国では不動産鑑定評価額は開示されないため、自身で想定する必要があります。
そのために、米国リートの決算資料を読みながら必要な数字を拾う必要があります。例えば住宅リートであれば、平均賃料やユニット数を求め、想定される将来の収益を計算します。そして、CBREなどの不動産会社が公開している地域ごとのキャップレートで割り戻し、不動産の市場価値を求める必要があります。
②DCF
これは、事業会社のファイナンスモデルと同様に、対象となるリートの収益モデルを作るものです。リートの収益源は賃料であるため、賃料マーケットや、将来の開発状況や取得・売却状況を想定する必要があります。また、リートの資金調達方法としては、PO(公募増資)やJVによるエクイティ調達とローンや債券によるデット調達があるため、そのあたりも検討する必要があります。
③Regression Analysis(回帰分析)
リートは上場している以上、リート指数の影響を非常に強く受けます。そのため、米国リートにおいては有名な指数であるNAREIT Indexと各リートの株価の相関が非常に強いです。従って、各リートの株価のトレンドとNAREIT Indexのトレンドを回帰分析し、その結果得られた式に現在のNAREIT Indexを代入することで、株価の目安を求めることができます。
6. Real Estate Debt Market
この授業では、住宅用モーゲージではなく、他の商業用不動産に用いられるDebtについて幅広く学びました。簡単に言えば、不動産ファンドがオフィスビルや商業施設などを購入する際にどのようにDebtを調達するかというところです。そのため、まずはローンの計算方法(年限や利率に基づく毎期の利払いや元本返済額の計算)を学びました。その後、多くのプロジェクトではローンはトランシェされて様々な性質を持つローンに切り分けられるため、そうしたローンの性質について学びました。例えば、最上位ローンであるシニアローンとシニアローンとエクイティの中間に位置するメザニンローン、などです。さらに、米国ではこうしたローンは証券化されて再度投資家に販売される(CMBS)ことが多いため、こうした証券化手法についても学びました。
7. Real Estate Margers & Acquisitions Deal Workshop
日本では少ないですが、米国では上場リートを中心に「リートや不動産ファンドをM&Aする」ことによる物件取得が積極的になされています。実際、私が上記の「Real Estate Securities Analysis」の授業の最終プレゼンでバリュエーションを行い、「買い」と判断した上場リートもその3か月後に別の不動産ファンドに買収されてしまいました。
そのような背景から、この授業では、
・上場リートを買収する側、買収される側の論点
・アクティビストの考え方、アクティビストへの対応方法
を中心に、実際のM&A事例を題材にして様々な論点を議論しました。
8. Real Estate Analysis
これは、上記で述べた「Python for MBAs」の発展版の講座です。Pythonを使って、不動産関連のあれこれを分析しようという、不動産×Pythonをテーマにした講座です。
教授はデータ分析を専門とした不動産分野の学者で、米国でコロナ禍がもたらすオフィスマーケットや賃貸住宅マーケットの影響を分析したことでメディアにも取り上げられた最近有名になった方でした。
以下が、実際に授業で取り上げた分析テーマの例です。コロナ禍、アフターコロナ、金利上昇などの直近の経済テーマに即した内容でした。
・ニューヨーク地下鉄の路線延長による沿線の経済効果(沿線の住宅市場の変化)
・米国リートのアセットタイプ別の株価変動の要因分析
・ニューヨーク市のスターバックス店舗の出店計画(人口に応じて店舗を最適配置する)
・オフィス賃料や住宅賃料の変動要因(Work from Homeの影響)
・都市圏別にみた分譲住宅価格の変動要因と将来予測
・モーゲージの期限前弁済の要因分析
・モーゲージのデフォルト率の要因分析
コロンビアのエンジニアリングスクールの大学院生との合同授業で、授業もコードを写経するのではなく、適切な分析方法のディスカッションが中心で、非常に興味深いものでした。それだけでなく、日本だと中々不動産関連のデータが取得しにくい一方で、米国では簡単にデータを取得することができるため、様々な分析が行え、ビジネスにも活かせる(実際にこうしたデータ分析とビジネスを関連させているヘルスケア企業とモーゲージレンダーによるセミナーがありました)ため、実践的でもありました。
とはいえ、課題は、お題に対してPythonのコードを完成させるものでしたので、2週間に1回は丸1日から2日程度集中してPythonに向かう必要があり、初心者にはかなり辛いものでした。
9. 終わりに
これら一連の授業を受けた感想を簡単に述べると、
「日本と共通する部分は多々あるが、米国の方が様々な面において自由度が高かったり新しい取り組みを行っているため、自身の視野が広がった」というものです。日本で使えるかどうかは分からないですが、様々なアイデアや考え方を享受することはできました。
もし、読者の方でさらに深く知りたい方がいらっしゃれば、ご連絡ください!