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プジョー308SW アリュールBlueHDi(FF/8AT)

「じっくり」の機会

現在乗っている旧型モデルから正常進化した同じエンジン・ほぼ同じ足回りと仕様を有する新型とをじっくり乗り比べる機会はシロートの我々には意外と少ない。
ここで大事なのは「じっくり」ということ。
試乗の数分間ではなく日数をかけて、最低でも1泊2日以上乗れることが肝心だ。
交際を始めてから最初のお泊まり旅行で相手の綻びが見えることがあるじゃないですか。あのクルマ版。
「あの」と言うほど交際経験のタマ数が少ない人間が言うことじゃないけど。

で、いろいろあって最終型とほぼ変わりがない普段使いの2018年型・プジョー308SW GT-Line(以下・旧型)と新型のプジョー308SW アリュール(以下・新型)をじっくり乗り比べる機会があったので報告させていただく。

前へ前へ

アバターブルーという色遣いがそうさせるのか、立派になったなあというのが最初の印象だ。
実質的なサイズ拡大と相まってひとクラス上の存在感がある。
フォルクスワーゲンで言えばパサート以上、メルセデスで言えばEクラス(大げさか)くらいの圧だろう。

最初は大嫌いだったけれど、オーソドックスで飽きのこない旧型のデザインに時間を置いて馴染んだ目には「前へ前へ」の造形に思わずたじろいでしまう。
なんだよ、西洋の甲冑みたいなリアのデザインは。
イケメン俳優を間近でみると、あまりの格好良さに笑ってしまうことがあるけれどそれに近い感情を抱いてしまう。
全体的にハンサムすぎる。野暮ったさがまったく感じられない。
ここまで派手にやらないと、EVやアジアメーカーを含めたライバルひしめく雛壇には上がれない熾烈なタタカイが繰り広げられているということだろう。

コッテリとした造形のなかに

内装にも同じ印象を覚える。
このセグメントでここまでの未来感は必要なのか? 押し出しの強い中央の液晶画面と物理的な針が存在しないコッテリとした黄緑のメーター類がこちらを値踏みしてくる。
よく観察するとダッシュパネルの造形も「大丈夫なのかこのねじり具合は」と要らぬ心配を抱きたくなる大胆さだ。
プラスチックの限界へ挑戦しているのかもしれない。
素材のチープさと無縁なのが最近のクルマのスゴいところだ。

ウインドウの天地が狭まったことと、カミソリの如き鈍い輝きを帯びるセンタートンネルが前面に向けて競り上がるようになっていることで閉塞感は増したものの、収納の容積は増えたと思う。
カップホルダーもふたつ分用意された。地下に通じるかのような深いアームレスト下の収納も心強い。
細かいところではグローブボックスの容量が倍増したことは旧型オーナーとしてうれしいポイント。
蓋を開け、向かって左側が謎の隔壁になっていないだけでこんなにありがたみを覚えるのか。
車検証が丸々入るとは。
こんなヘンなこと、共感できるのは旧型の308ユーザーだけであろう。

インターフェイスに感じる進化の度合い

もうひとつ。液晶画面の操作系が整理整頓されたこともうれしい。

旧型はオーディオやカーナビ(Apple「CarPlay」)画面から空調の設定を変更しようにも、何回かタップを繰り返してから調整を終え、そこから元の画面に戻るため再びタップするという、どうやっても運転に支障を来たしまくるシーンを何回も体験した覚えがある。
しかし新型、特に前面液晶を採用していないアリュールは、物理的な空調の温度調節ダイヤルと液晶画面が独立したことで視線を外さずに調整ができるようになった。
ちょっと「?」な設定もあるけれど、液晶画面のカスタマイズ範囲が広がったことは素直に喜びたいと思う。
GTの「オッケープジョー」で呼び出す音声認識機能は必要ないだろう。

神ディーゼルに偽りなし

STARTボタンを押してエンジンを始動させる。
旧型とほぼ同じ仕様の1.5リッターディーゼルが静粛なのは、普段使っているので十分知っていたはずだ。
新型のGT(ハッチバック)も体験済みなのでわかってはいたものの、改めて振動が少なく静かであることに気付かされる。

レバー式からスイッチ式に改められたシフトに違和感を覚えながらも「D」にポジションを変える。
シフトショックがまったくない。コツン、ともしない。
アクセルペダルに対する加速の「ツキ」もはるかに良い。
フリクションを感じさせず回るエンジンの感触も旧型から変わらない。
黙って乗せられたらこれがディーゼルエンジンだと誰も思わないだろう。

シフトプログラムが上手になった影響も相まって、車内は平穏そのもの。
高速道路では気を抜くとアイドリング相当の回転数(800rpm前後:コースティングだ)で前へ進み続ける。
その影響で距離を重ねても重ねてもメーター上の航続可能距離がまったく減らない。
低燃費だと思っていた旧型より1割良好な燃費を稼ぐことにも感心させられた。
理論上は1,000kmイッキに走れるらしい。本当か。

一方で造形の限界に挑戦したプラスチックパーツの一部が、路面の状況によってビリビリと共振するのには閉口した。手探りで音源を探しながら運転するのは、クールな内外装に反してなんとも間抜けな光景だったと思う。

まるで半身浴

ともあれ特筆すべきは乗り心地だろう。
乗り慣れた旧型と同じ17インチ・同じ銘柄のタイヤ、同じ仕様のサスペンション(カタログ上では)を有しているのにもかかわらず、一枚も二枚も上手だ。


18インチタイヤを履く新型のGTで、ある程度「硬さの目星」はつけていたつもりだったけれど大いに裏切られた。
もちろんいい意味でだ。
旧型で通り慣れたいつもの道を走ると「短時間で路面をヤスリがけをしたのか?」と錯覚してしまうほど、さらに滑らかさのレベルが上がっている。

もともと旧型でも、わざわざ遠回りをして帰宅をするぐらい乗り心地には十分以上の満足を覚えていたので、不満などあるはずはない。ないのだが……。
実際に新型を味わってしまうと、路面の轍や継ぎ目を超えたときの乗り越え方の巧みさは、このセグメントではなかなかお目にかかれないと思ってしまう。そしてこの味がやけに後を引く。ずっと体験していたくなるのだ。
適温の半身浴に浸かり続けているかのような快適さは、さらなる遠回りでの帰宅を産んでしまうことになるだろう。

積極的に選びたいベーシックグレード

現地からの調達の都合で、インポーター的にはGTを優先的かつ戦略的に売り出している感があるけれど、旧来から言われている「フランス車はベーシックグレードにこそ良さが込められている」の法則にのっとり、アリュールを選ぶという手は間違いじゃない、むしろ正解だとすら思える。ガラスルーフは惜しいが、旧型が霞んでしまったぐらい「アリュール一択で」と言いたいくらいだ。

で、買っちゃったんだもの、結局。
白状すると、ここまでぜんぶ納車後の感想です。

帳尻合わせからの脱却

およそ9年にわたって生産されてきた旧型は、その長いモデルライフのなかで自動ブレーキを含めた運転支援システムの採用や、スマートフォンの進化にともなうApple「CarPlay」やGoogle「Android Auto」への対応など、クルマの動的性能以外に対するバージョンアップに翻弄され、どうにか時代の要請に対し帳尻を合わせながら歩んできた印象がとても強い。


プジョーが将来歴史を振り返ったとき、地味ながらクルマのテクノロジーやユーザーの価値観の過渡期を乗り越えた記念碑的モデルになると思う。
ライバルに比べ「おつかれさまでした」の言葉がよく似合う。

新型は旧型で感じていたそれらの帳尻合わせとチグハグさを一気に解消し、ようやく最適化されたと思う。
現代のトレンドに乗せるどころか、一躍トップランナーに躍り出た感が非常に強い。
これから先10年近くのモデルライフが予想されるなかで、PHEVのラインナップを拡げていくのか、はたまたe-308(EV化)を進めていくのか、完全自動運転を実装していくのか、伸び代が楽しみなクルマに仕上がっていた。
10年乗り換えられねえけど。