フォルクスワーゲン ゴルフ eTSI R-Line
ベンチマーク、ひっそりと前進す
国内で発表される数日前、ゴルフ7に紛れてなんでもない様子で8世代目のゴルフがディーラーに置かれていた。
遠目で見る限り迂闊にも見落としてしまうくらい自然に、そう少なくはない交通量に面した道路の端で当たり前のように佇んでいた。
全体的なフォルムはまごうかたなきゴルフのそれだけれど、顔つきが違う。
先代のトヨタ・オーリスに似た、世の中のすべての事柄を疑い尽くしているかのような表情。近眼キャラの設定なのかもしれない。
見慣れない景色
一方、インテリアはスクープ写真を見たときから「ウソでしょ⁉︎」と思い続けてきた液晶てんこ盛りの構えに大変貌を遂げていた。これがゴルフの景色とは…。生で見ても俄には信じられない。
ゴルフからゴルフへ乗り換えるユーザーはこの風景を見て何を思うのだろう。
久々に訪れた思い出の原っぱが突如宇宙ステーションになっていた、的な気持ちを抱くのではないだろうか。
それにしたってここまで物理スイッチを排除するものかね、とため息が出た。
エアコンの操作スイッチはおろかオーディオのボリュームですら静電タッチ式だ。
フォルクスワーゲン、ひいてはドイツ車っぽさを地味ながらも演出していたライトのロータリースイッチですら静電タッチ式にするほどの念の入りよう。
物理スイッチ屋さんと大掛かりな喧嘩でもしたのだろうかと余計な心配をしたくなる。
スイッチの片付けにときめきはあるのか
単なる守旧派のセンチメンタルにも取られる覚悟で言わせていただくが、このテの静電スイッチは運転中に一瞬視線を外さないと操作ができないし、誤操作も多い。
なんでもかんでも収納すれば心がときめくってものでもない。適切な使い分けをして欲しかった。
普段使いのクルマでもこの問題に直面しているだけあって、フォルクスワーゲンには安易に取り入れて欲しくなかった、というのが正直なホンネである。
メーターパネルから後方へ視線を移すと、そこは馴染みのあるゴルフの風景。
ざっくりとしたシート(R-Lineじゃないグレードのヤツのほうがたっぷりしてて良い)、頭上周りに余裕がある後席(空調の温度調整機能が追加されている…!)などの美点は引き継がれていた。
意外な宗旨替え
動かし始めてみる。太いステアリングを握りエイッと動かすと、思いのほか軽いことに気づく。これまでは、もうちょっとヌトっとした手応えを感じたものだがそれがない。
アクセルも同じ。グッと意識して踏む独特の重たさが消えている。
ウインカースイッチも、木の枝をバキリと折るかの如き硬さと堅牢さがまったく無くなっていた。
総じて扱いやすくなっているけれど、ゴルフに乗る意味が若干希薄になった気がしなくもない。
乗り味はボディの堅牢さを土台とした忠実で正確な足の動きを味わえる。ここは変わっていない。ホッとした。ただし若干コツコツと正直に道路の表情を伝えてくる点も引き継いでいる(美点かも?)
文句なしのパワーユニット
エンジンは街中に限って言えば1.5リッターは過剰かもしれない。思い切りパワフル。そして静かである。今回、最大のウリであるモーターの介入もまったくわからなかった。
もしかしたら真打ちは1リッターのほうじゃないだろうか? ベーシックの良さが感じられる可能性が高い。
いち早く購入したい場合を除いて、パッケージオプションてんこ盛りの高単価・初期導入時期を敢えて見送り、台数が行き渡った時期を狙って検討しはじめても決して損はしないと思う。
その間に高機能な液晶画面を制覇する時間に当てても良いだろうし。
この先ゴルフは夜ごと電子の夢を見る
世界のベンチマークたるゴルフの最新版はできるだけ乗ると決めてたのは、確か6世代目あたりからだと思う。
そのたびに「まだここまで伸び代があったのか…」と思わず背筋がゾッとするほどの進化の度合いをまざまざと見せつけられてきたものである。
今回もそんなゾクゾクがあるのかも?と大きく期待をしてステアリングを握ったが、残念ながらそこまでの驚きは、こと乗り味に関しては感じなかった。
正常進化が妥当なところかな? と思ったくらい。
それだけライバルのレベルが異常に上がってきたことで、決定的な差を生むのが難しくなってきているのだろう。
しかも今回のモデルチェンジはハードよりソフト面の進化にウェイトを置き、双璧となる電気自動車・IDシリーズとの差別化と見劣りをしないための機能を盛り込む必要があった事情も垣間見える。コネクト技術の進化はクルマそのものの進化より速いのだから当然か。
早くも公式にゴルフ9代目の開発を明言したフォルクスワーゲンは、8代目のモデルライフの間でやるべきタスクが既に明確で、次世代に繋がるような進化のネタを隠しているのかもしれない。
新しいベンチマークの動きは今までの延長線上では語れない。
細かく味見をさせていただく手間が増えるかもしれないけれど、これもまた楽しみである。
(2021.06.26)