では、樽型シャフト はどうやって、何が?
オールカーボンシャフトもアルミ/カーボンシャフトも、同じ「シートローリング製法」で作られるといいましたが、「樽型」の説明が不足していました。
EASTONの「アルミ/カーボン」シャフトは、製造方法が公開されていないので詳細は分かりませんが、基本的には1984年から変わっていません。オールカーボンシャフトのシートローリング製法と同じです。ただし異なるのは、最後に海苔巻きから芯は引き抜くのですが、芯の外側にマンドレルに代わる薄いアルミコアのシャフトが残されることです。このアルミにこだわったのは、EASTONがアルミ専門メーカーだったからです。
この時、カーボンシャフトとアルミチューブは接着されていますが、一般にカーボンと金属を接着することはほとんど行われません。鉄より硬いCFRPとアルミでは剛性がまったく異なります。曲げれば剥がれるでしょうし、熱膨張率もまったく異なります。温度変化や接着剤の劣化で、自然に剥がれてくるのはよくあることです。にもかかわらず、EASTONはアルミメーカーだけに、アルミ/カーボンシャフトの製法に、よほどの自信とよほどのノウハウを持っているのでしょう。
しかし、1984年のA/Cのころは、EASTONもアーチャーもカーボンに対する知識が不足していました。100%のシェアを誇る、従来のアルミシャフトとの差別化が明確でなく、カーボンアローとしての性能も不十分でした。
そのため、アーチャーのアルミ/カーボンに対する認識は、非常に値段の高い「アルミアローのようなカーボンアロー」がそのイメージでした。
それは1988年ソウルオリンピックでデビューした、「A/C」の後継モデル「ACE」にも引き継がれています。現在、多くのアーチャーがACEを使うのは、価格のこともありますが、それ以上にアルミシャフトのように、扱いやすいアルミ/カーボンシャフトだという点は見逃せません。現にACEは、重さにしてもスピードにしても、オールカーボンのように速く、シャープではなく、アルミシャフトのように鈍く、重く、高く飛びます。それにカーボンシャフトよりアルミシャフトに近い性質のため、スパインの選択やチューニングの幅も広く、多くのアーチャーにとって、無難で扱いやすいシャフトになっています。このことは、低ポンドの女子、例えば「16径」のアルミシャフトを使うようなアーチャーには、必ずしもACEがアルミアローより性能的に勝るとは言えず、太さや重さも同等といえるでしょう。
ところが1996年アトランタオリンピックでデビューした「X10」は少し違いました。この時からEASTONは、「断面荷重」を性能に加えます。重さ×スピードで得られる飛翔の安定を、スピードより重さに重点を置くのです。
断面荷重とは、断面投影面積あたりの重さです。シャフトを細くすることで断面投影面積を減らし、そして重くしたのです。一般的なオールカーボンシャフトは軽いことでスピードを上げ、滞空時間を減らし、弾道を低くし、安定を得るのですが、X10はあえて重く、細くすることで、弾道も高く、ゆっくり飛び、サイトも低く、値段も高くなることを承知のうえで、飛翔の安定を取ったのです。
ではなぜ、A/Cはストレートシャフトだったのが、ACEやX10はシャフトの両側が細くなった「樽型」形状をしているのか。この樽型に何の意味があるのでしょうか。
その前に作り方です。ACEもX10もシートローリング製法で、中に薄いアルミチューブのコアを残していまが、この段階ではA/Cと同じストレートシャフトです。
シャフトの表面に、こんな模様があるのを見たことはありませんか? ACEやX10で見ることはありませんが、オールカーボンシャフトで見られる模様です。これは不良品ではなく、もちろん表面に段差もありません。
マンドレルに巻かれたカーボンシートは「テープ」で巻いて、締められます。このテープはカーボンが焼きあがれば剥がされますが、これで完成ではありません。最後に表面処理を行います。
シャフトは中が中空なため、中心を押さえることができません。そこで周りを支えて削る「センタレス研磨」という方法で、表面を削って整えます。この時、全体を均等に太さを揃えればストレートシャフトで、シャフト表面に見える模様は、テープで締め付けた痕が光の加減で見えるのです。
ところが、樽型シャフトはこの段階で、両端をより細く深く削り込むのです。そのため、表面にらせん状の模様を見ることはできません。
では、この樽型形状はどこから生まれたのでしょうか?
これは想像ですが、ジム・イーストンは「フライト競技」にインスパイアされたのではないでしょうか。それは父ダグ・イーストンからの伝言だったのかもしれません。
フライト競技は飛距離を争うもので、ロングボウ、リカーブ、コンパウンドだけでなく、足で射つフットボウなどもあり、アメリカでは昔からマニアックに行われている競技です。例えば、フットボウによる最長世界記録は1971年にハリー・ドレイクによって樹立された1854メートルで、1983年に19メートル更新されています。この最長距離はクロスボウを足で引くものですが、我々と同じ手で引くリカーブボウでの記録は、ドン・ブラウンが1987年に樹立した1222メートルでWAも公認しています。
この競技はCFRPやFRPが生まれる前から行われていますが、例えばこの動画で興味深いのは、自分のドローレングスより非常に短い矢を使うことです。これは昔からの方法で、フットボウも同じです。
今でこそカーボンやアルミシャフトが使われますが、昔は木製の矢を使っていました。その矢は100ポンド近い高ポンドで使用するため、折れないことが大前提です。そのうえで、頑丈で硬く、そして軽く細くする必要があります。ただし、何本も必要とはしません。杉の木を丁寧に削って、1本の完璧なシャフトを作ります。
その時誰からともなく、短く、両端を細く、中央部分の太い矢を作ることを考えつきました。そうすれば、折れずに、軽く、空気抵抗が少なく、重心位置を後ろに、そしてシャフトの長さに対して極端にスパインを硬くすることができるのです。これはCFRPやアルミのシャフトを使う現在も継承されています。
このフライト競技の樽型シャフトが、ヒントになったのではないでしょうか。単に重いアルミのようなカーボンシャフトではなく、肉厚の薄い、軽いアルミを使って、スパインの硬い矢を作ろうとしたのです。
A/Cがアーチャーに受け入れられず、1989年にはオールカーボンシャフトBeman に敗北したEASTONは、新商品「ACE」に起死回生を託します。しかし、後発メーカーの常として追いかける身としては、価格だけでなく付加価値として、オールカーボンにはない特徴とセールストークが不可欠でした。
ポイント側のタタミに刺さる位置にカーボンクロスを余分に巻付け耐久性をアピールし、シャフトのノック側を切ることでスパインを調整でき、複雑すぎる多種多様なポイントやノックを組み合わせ、そして「樽型」と呼ばれるシャフトの中央付近を太くした形状もそのひとつでした。
しかし、ACEがアーチャーに受け入れられると、カーボンクロスもセンターマークも、多くのポイントもなくなりました。残ったのは「アルミ/カーボン」と「樽型形状」だけですが、樽型が空気抵抗が小さいなどと思うアーチャーはいないでしょう。樽型は、細く軽いシャフトでも硬いシャフトを作れる方法なのです。それはこの後の「X10」の断面荷重で生きてきます。
これこそが、樽型のメリットであり、速く、軽く、安いオールカーボンシャフトとの差別化なのです。