フルメタルジャケットの大きな謎
「Fullmetal Jacket」。スタンリー・キューブリック監督の、ベトナム戦争を描いた1987年の名作です。
フルメタルジャケットの意味ですが「完全被甲弾」などと訳されます。ライフルの弾丸の先は鉛でできているのですが、それを真鍮メッキなどで完全に覆った弾頭のことを指します。言葉通りのフルメタルジャケットです。
戦争時には人間に当たった時に変形せず貫通力を高めると言われますが、実際にはメッキがないと身体の中に鉛が飛び散るため殺傷力が高く、ダメージや苦しみが大きいので、ハーグ条約でも戦争ではフルメタルジャケットを使用することが原則決められています。
そこでアーチェリーの「フルメタルジャケット」です。最近日本では余り見かけませんが、EASTON社にあってはめずらしいシャフトです。弾丸同様に外観は普通のアルミシャフトです。ところが中身はカーボンシャフトとの説明です。A/C(アルミ/カーボン)シャフトがアルミをコアとして、それをカーボンで被っているのとは反対に、このフルメタルジャケットは、カーボンをアルミが被っているのです。
A/Cもそうですが、こんなシャフトを作っているのは、アルミ専門メーカーのEASTONしかありません。だからかもしれませんが、アメリカでは結構売れています。どこで売れているかと言うと、ハンティングで、熊や鹿などの動物を射ちます。獲物に刺さった時、A/Cを含めたカーボンシャフトでは、骨などに当たると体内でシャフトが砕け散り、抜くのも調理するのも大変です。また、当たればいいのですが、地面や木を射ってしまった時には、シャフトが壊れることもあります。そんな時、表面がメタルの方が壊れにくく、カーボンが飛び散りにくいというわけです。
A/Cシャフトは、アルミをコア(芯)にして作ります。コアを残すか、残さないかは別にして、作り方としては理にかなっています。金属の芯に柔らかいカーボンシートを巻き付けて、後で焼き固めます。例えれば、「竹輪」です。最後に竹を抜いたちくわが、オールカーボンシャフトで、竹付きちくわがACEやX10です。
ところが「フルメタルジャケット」の製法は、個人的にちょっと想像ができません。もちろんEASTONは、どちらのシャフトの製造方法も公表していません。外側は普通のアルミシャフトです。竹の中に練り物を塗れるのか。詰めると穴がありません。どのようにして作っているか、分かりますか?
そこで、Victoryアローを作っているのは、アメリカのAldila社ですが、その親会社は日本の「三菱ケミカル(株)」です。ゴルフシャフト事業では、材料開発から成形まで一貫管理する、世界唯一のシャフトメーカーです。そんな関係で、これは別の耐久性について調べた時のデータです。シャフト同士が的面上で接触した時の、割れの状態を調べてもらった時のデータですが、その中に「フルメタルジャケット」も混ざっていました。
普通では見ることのできない画像ですが、「X線CT」を使った、通常の断面組織観察での横断面です。
ACEは「シートラッピング製法」のため、カーボンシートが複数枚積層させてあるのが分かります。
「表面にクラックがあるサンプルで観察しました。クラック近傍にカーボン層を貫く微細なクラックが存在していました。しかし、写真からは内側のアルミコアとの間に剥離があるとは断言できませんでした。」「着弾時にアルミとカーボン層間で大きな応力が生じていると思います。仮に層間において欠陥が生じた場合は伝播して大きく広がると推察されます。」とのことでした。
それに対して、フルメタルジャケットです。
「内側がカーボン、外側がアルミコアの構造です。剥離らしき箇所は確認できませんでした。内側のカーボンは偏肉しており、良い状態とは言いにくい成形状態です。製法は推定となりますが、アルミチューブにカーボンシャフトを挿入しているのではないかと考えます。その際両者の間に接着剤が介在しなければなりませんが。」
ということで、製法等はEASTONに聞くしかないのですが、画像から想像できるのは、フルメタルジャケットは精度や品質において、決して良いシャフトとは思えません。そこで気付いたのですが、EASTONのカタログにフルメタルジャケットだけが「直進性」の範囲はあっても、「重さのバラツキ」の範囲が記載されていません。外側は普通のアルミシャフトなので、結構真っ直ぐですが、重さが分かりません。画像から推測される製法通りということでしょう。
ところで今回、ACEではクラックの先に「剥離」は観察できませんでしたが、このインドア用の「2212」のアルミシャフトを見てください。これは標的面で矢同士が接触したものです。
大口径シャフトなので、アルミの厚さが薄いのは理解したうえで、この凹がポイントの分厚いアルミのスリーブまでへこませているのです。アルミシャフトの場合、このようなダメージは「へこみ」といった変形で発見できます。ところが、カーボンシャフトやアルミとカーボンのコンポジットの場合は、そうもいきません。
そのため、EASTONもシャフトを曲げたり、ひねったりすることで「安全」を確認するようにカタログに載せています。へこみやクラックがあれば、音がするか、一気に割れるということです。
ただし、厄介なのは「剥離」です。剥離は安全より「的中」に影響します。ACEやX10の場合は、表面がカーボンなのでアルミシャフト以上にダメージを受け、そのダメージは内側の薄いアルミコアをへこませます。ところが表面のカーボンはアルミのようにへこむことなく、復元するため剥離を発見するのが簡単ではないのです。
その点、フルメタルジャケットは、表面がアルミのため、へこみを注意すればいいでしょう。ただし、へこみが内側のカーボンとの剥離にまで及んでいれば、アルミシャフト以上に「的中」に影響を及ぼします。
では、なぜそんなフルメタルジャケットは、売れるのか。
ハンティングの場合、決められた距離からの繰り返しの的中精度を求めるのではありません。何本ものシャフトに均一な精度は望まないのです。追いつめて、待ち構えて、分からない距離から、1本の矢を射つだけです。同じ条件で2本目を射つことがないから、文句が出ないのかもしれません。謎はすべて「フルメタルジャケット」に包まれています。
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