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夏の始まり。(超短編小説#3)
体を起こすとすでに開け放たれた窓から、夏の蒸し暑い香りが入りこんでいた。
隣に寝ていた陽子の姿はなく、かけていたタオルケットも彼女がいたことを忘れさせるくらい、ベッドに力なく寝そべっていた。
昨日は花火を観に行った。
海上から観える花火を近くで観るために、開放された港にシートを広げて花火が打ち上がるのを待った。
風がなかったせいで、花火は曇った空に隠され、どんっ!という大きな音とは裏腹に赤や青に光る空しか観えなかった。
目の前の浴衣を着た若者たちは、始まって10分もせずに立ち上がって帰ってしまった。
それでも陽子は
『たまにはこんな花火もいいよね。』
と笑って、シートに足を伸ばしながら出店で買ったビールを飲んでいた。
帰ってきてからいつものように体を重ね、時間も確認せず2人とも寝てしまった。
『隆くーん。起きたー?』
ロフトから見下ろすと、陽子がテーブルにお皿を並べている。
『ごめん寝すぎた。』
『おやすみだからいいんじゃない?簡単なものでごめんね。いただきまーす。』
11:30に食べる朝ごはんは冷たいうどんだった。
オリーブオイルで炒められたズッキーニと茄子がうどんに乗っかっていて、それが美味しかった。
『今日は暑そうだね。買い物何時ごろ行こっか?』
『何時がいいかなー。』
箸にうどんをひっかけながら、起きたときよりも暑そうな景色を網戸越しに見る。
背中には陽子のうどんをすする音が聞こえた。
『このズッキーニと茄子おいしいね。』
『美味しいでしょ?このズッキーニ、スーパーで100円だったんだ。』
麦茶を飲みながら、笑って答える陽子と目が合った。
新しい季節がやってきて、目の前の陽子は変わらず笑っている。
暑い夏は嫌いだけど、きっとこの夏も暑い夏になるのだろう。
そしてこの夏も暑い夏になってほしい。
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